書きたかった出来事はほぼ残せました。大雑把ですがテーマ「まとめ」にまとめてあります。すべて読む場合はテーマ「昔話」へ。

 

 

 

ここに書いた多くの偶然と夢の出来事に当時の私はその時々で恐怖したり、あっさり受け入れたり、抵抗したりと、落ち着いてはいられなかった。不可思議なことが起きてばかりで不安だったのだ。頭がおかしくなっているんじゃないかと。

 

でもこうして1年5か月かけてブログに綴りながら振り返ったことで点を線で繋ぐことができたように思う。

 

つい先日にあった出来事だ。大変お世話になったジムのインストラクターが退職されるので最後にご挨拶をした。この彼ともまた少し不思議な偶然があって(私の職場で遭遇するなど)親しみを覚えていたのだが、別れ際に握手をしてくれた。彼とは職場の同僚並みに顔を合わせていただけに離れがたく、また彼も手を離さないのでしばらく見つめ合ってしまったんだけれど、すると私の頭の中であの時の思い出がフラッシュバックのごとく甦って、彼の瞳にAさんが重なって見えてしまった。

 

その帰り道、私は独り歩きながら周りの目も気にせず泣いた。

 

気に入っているとか好感が持てるとかその程度の好意でも、純粋に彼は私を好きになってくれていて別れが惜しいというのが握手を通して伝わってきた。そして何年も前に、楽屋口で握手をしてくれたAさんもきっと同じように温かい気持ちで思ってくれていたのだろうと今さらながら直感したからだ。

 

今まで現実的とは思えないこんな直感(または感受性)を怖れて、相手の気持ちも受け入れられなければ自分の価値も受け入れられない幼稚さに閉ざされた私に偶然はドアを叩き続けていた。

 

人を好きになること、感情が共鳴すること、そういうことは相手が何者であろうとも起こり得る。

 

 

私は自分を許すことをやっと理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこのライブの直後に無理矢理見合いをさせられてから地元を離れ、家族や友人にも引っ越し先を知らせず田舎でしばらく住み込みで働く。

 

勤務先の仲間や新しくできた友人らにもこのような体験をしたと話すことはしなかった。“芸能人”と関わりを持っていると言うだけで色んな偏見を持たれたり、嫉妬を買うことがトラウマになっていたからだ。

 

睡眠障害にもなっていた(夢を見始めると起きてしまう)

 

ずっと自分を、奇跡的な体験をしたことさえ、責めていた。Aさんを失って私が悲しむなんておかしいとも思っていた。

 

偶然の連なりを私自身が作りだしたとわかってはいたけれど(いわゆる“引き寄せ”的な)そのエネルギーの使い方は正しかったのだろうかと周りを眺めて抱いた失望感は私の感情を悉く虚無に追いやっていった。

 

確かに幸せだったけれど、正直ツラかった思い出。

 

不思議な体験だった。

 

 

ボーカル不在の最後のライブ当日、昼間のことはよく憶えていない。きっといつも通り支度をして、夕暮れには新木場コーストへ。

 

Rさんは遅れて来るという連絡だったので先に会場に入った。客席は物凄い人数で埋め尽くされていて許容量限界まで詰め込まれていると感じた。心理的に人混みがつらくてストレスでどうにかなりそうだった。少しでも空いている客席後方で私はRさんを待った。

 

そして遂に開演、と同時にRさんから電話。

 

ロビーに来てくれと言うので人混みを押し分けて進みだすと電話口で信じられない言葉を聞かされた「ゲストで入れるから」

 

防音扉を締めると1曲目がかすかに聞こえる程度。スタッフもまばらで寂しいロビーの招待客受付にRさんがいた。「もう始まっているから急ごう」と渡されたGUESTのシールをズボンの太腿の所に貼りつけると2階席に通された。

 

関係者席も超満員だった。でも段差の少ないアリーナとは違いステージの見晴らしは特別だった。ただ天井が近いせいか熱気が物凄く、Rさんはライブ中にたまりかねてロビーに戻ってしまっていた。

 

そんな中でも私は感動していた。ファンなのか関係者なのかわからない曖昧な所にいたけれど「ライブへは来なさい」夢の中のA氏の言葉を思い出し、最後にして本当に特別な贈り物と“答え”のようなものを貰ってしまったと思いながらライブを観た。

 

終演後、関係者の挨拶会場で私はB氏に「今日のことは絶対に忘れないよ」と伝えた。

 

 

 

会場を後にして私とRさんは近くの居酒屋で一杯呑んだ。

 

「今日はAの奥さんから招待されていて、俺の奥さんも来るはずだったんだけど熱が出ちゃって。だからウーちゃんを招待枠で入れてあげることができたんだ」「そうだったんですね」私はRさんの奥さんの体調を心配しつつお礼を言った。最後の最後で特別な体験をさせてもらえたこと、そもそもストーカー扱いしないで最初から私を受け入れてくれたこと、なにもかも有難いことだった。

 

ところで私はこの時には気づいていなかった。この夜から数日して夢のことに気づく。

 

Rさんの名前には木の実の字がある。夢で渡された菓子折りはその木の実の和菓子だったのだ。

 

6月上旬、私は兄と両親に温泉宿へ連れて行かれた。しかし宿ではひたすら私の見合いへの説得が行われた。恐らくそれが目的だったようである。兄は抵抗する私に手を上げようとしたが私が睨むとひるんだ。どこまで愚かな家族なんだろうと私は心底呆れたし、この出来事で心が限界を迎えてライブ4日前、また自殺の準備に取り掛かった。

 

首を吊るのに体から水分を抜かなければいけないのだが、その疲労感からひと眠りするとまた夢を見た。

 

その部屋の隅には茶室の入り口のようなサイズ感の四角い暗い穴が開いていた。そこから目を離すと正面にA氏がニコニコして立っていた。彼はその壁の穴を扉をしめるように塞ぐと明るくこう言った「まだ死ぬな」 そして私の額に“おでこコツン”をする。目をつむると額を通して光が体に流れ込んできた。「ライブには来なさい」

 

目を覚ますと泣いていた。

 

…絶対行きたくない。君の居ないライブなんて嫌だ。なのになんで来いなんて言うの。そんなの行くしかないじゃん…

 

でも1人で行くのは心理的に不可能だった。そこで私はバーのオーナーでA氏とご親友のRさんにメールをした「今度の最後のライブ、一緒に行きませんか」 するとすぐ返信があり、当日会場で待ち合わせをすることになった。

 

私は自殺計画を取りやめてライブの準備を始めた。気に入っていたバンドTシャツを洗濯して干した。その間もずっと泣きべそをかいていた。

 

年を越し17年、私の家庭事情はグチャグチャで兄弟家族からもはや仕事すらままならないほど生活を邪魔されていた。おまけに両親は望んでいない見合い話を強引に進める始末。そのため私は田舎の住み込みバイトに就くことを考え始め、長く勤めていたバイトはこの年の5月にとうとう辞めた。

 

バンドは17年3月にボーカル不在のまま最後のライブを6月中旬にすると発表。正直、行くつもりはもうなかったが気が変わって後悔もしたくなかったのでチケットは取っておいた。

 

そのライブの2か月くらい前、実家の自室を身辺整理みたく片付け、家族が私に猛烈に依存している状態から逃げる準備を進めながらライブへ行こうか迷っていた中、私はまた夢を見た。

 

A氏の奥様が現れて「今まで本当にありがとう。どうぞ受け取って」そう言って菓子折りを私に手渡す。それは木の実の和菓子だった。でも、私が何をしたっていうんだろう。感謝されることなんて何もやってないのに。私は頭がおかしくなって生きる価値もないのに…。ぜんぜん嬉しくなかったし、どことなく後ろめたさもあった。そんなことよりA氏に会いたかった。そんな夢だった。