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ここがヘンだよ、パチンコ業界

パチンコ・パチスロの参加人口の減少。業界は抜本的な対策を示すことができないでいる。自己否定につながるから。それはパチンコ業界がもっとも不得手とすること。ならば外野からやいのやいの言ってやろうじゃないの、というブログです。

パチンコ業界は閉鎖的。よく言われることだし、実際に仕事をすると閉鎖的ゆえにこういう体質になるのだろうなと思わされるような事態に直面することも少なくない。


その根本にあるのは、同族経営だ。これはパチンコ業界に限らないが、ワンマン企業と付き合ったときには、その常識外れの対応に辟易することは少なくない。そこで働く社員からしてみれば、そこで生き残っていくには合理的な見解や常識よりも、ワンマン経営者のひとことが重要になるからだ。みんな上を向いて仕事をする。外注からすれば、そんなの常識で考えろよと思うが、通じない。その結果シワ寄せを全部被ることになる。パチンコ企業の多くもその枠内にある。


いや、それでもメーカーでは上場しているところもあるし、昔に比べれば開かれてきているのではないかという指摘もあろう。しかし上場企業だって、たとえばいま大塚家具の父娘ゲンカが世間を騒がせて(野次馬的に楽しませて)いるが、千差万別。もちろん上場にあたっての一定の基準は必要だが、それさえ整えておけば、実態は個人商店のまま、なんてケースだってちっとも問題ないのである。


パチンコ企業の上場についていえば、資金調達という目的よりも(なにしろメーカーなんてかつては資金調達する必要もないくらいガッポガッポ儲かったんだから)、むしろ経営者の自己満足にあったのではないかと想像する。経済人としてのパスポートを入手するというような感覚か。パチンコメーカーの経営者レベルでも、おそらく過去に「パチンコ屋が」のような差別的な扱いをされた経験を持っている。そういったコンプレックスを払拭する方法のひとつが上場だったのではあるまいか。いや、もちろんそれだけが理由ではないだろうが。


これは上場に限らず、パチンコ関係の会社が格闘技イベントやゴルフなど、さまざまなタニマチ的な活動を見るにつけ、感じることだ。


話がそれた。パチンコ業界の閉鎖性について。同族経営の会社においてのタブーは問題提起である。それはつまり経営陣のやり方・実績を否定することにつながるから。だから前例踏襲になるし、新たな冒険に踏み出せない。それがたとえ合理的であろうと関係なく。


そういった体質では、もちろん残る人材は上を向きながら仕事をする人間だけになる。また業界外でスキルを磨いたような人間がそこに入り込んで力を発揮することも難しくなる。その結果、そうした価値観は守られ、継続されていく。


こうしたナンセンスが許されるのは、それでも儲けが出ていたからでもある。合理性とか考えずに金をジャブジャブ使ってみたり、中抜きをする会社を親族に任せてカネを一族に回すような仕組みもある。


ただし、今後こうした体制のまま生き残っていけるのかといえば疑問だ。パチンコ業界は冬の時代に足を踏み入れているのだから。



ここんところ、さかんに政治から発せされるパチンコ税について。まあいますぐということはないだろうけども、これだけさかんにジャブを繰り出してくるということは、世間の話題にしたいという意図があることは間違いない。マスコミが食いついてくれば万々歳、地ならしがすめば手を突っ込んでくるのではないか。


とはいっても、そのときに立ちはだかるのは、賭博法の問題。なにしろ換金できないことになっているのだから、税金を取りようがないではないか。ゴルフ場利用税のように遊ぶ際に掛ける方法もないではないだろうが、それでは利用者負担があまりに大きくなりすぎるので、さすがに反対されるだろう。


そんなこんなで年末(だったか?)に出てきたのが、換金所での換金時に税金をふんだくるという乱暴な方法だが、これをやるとなると、まあ確かに賭博法とは無関係という体裁でできなくもないかもしれないが、現在の運営会社にどう委託するのかとか、管理するにはなんらかの権限ある法人が必要になるから、そうなると天下りを焼け太りさせることになるし、など問題は山積みで、こちらもそう簡単には進みそうにない。


もうひとつ言えば、こういったジャブを繰り出しているのはあくまでも政治側で、監督官庁の警察庁の意向がそこに含まれているとは考えづらい。もし監督官庁も同じ舟に乗っているなら派手なアドバルーンなど上げずに、もっと内々に物事を進めるだろうから。官僚はそういうものでしょう。


となると、具体的な形にするのはまだまだ難しいか。着地点も見えづらいしなあ。なんか小手先で適当にやるのではなく、風営法の枠から外して、パチンコ法を作ってしまったほうがいいと思うのだが、でもそうなると賭博法の絡みで行政訴訟も起こされそうだし……なんて煮詰まり方をしているのだろうか。


カジノ法案が動いてからかな。どさくさにまぎれてパチンコ関係の何らかの法案も潜り込ませたりするのか。

駅ではパチンコ店のポスターをよく見かける。たいていは、色使いから何から何まで極めて下品だ(笑)。原色系の色を複数使っているし、見た目ガチャついてみえて落ち着かない。というのが一般の感覚だと思うのだが……。


実はパチンコ以外にも似たような色遣いをしている分野がある。小学生低学年男児向け漫画誌や、同じような年齢層をターゲットにしたメディアだ。男性の本能に訴えかけるような部分があるということか、いや単にパチンコファンの知識レベルがその程度ということか……。


ところで、ケバケバしい装飾を良しとするのは、おそらくはパチンコ雑誌が作り出した「文化」だ。いまはよく知らないが、昔はページ内の見出しまでフォトショップを使って立体処理を施していた。普通に考えれば、まったく不必要な処理なのだが……。


そうしたことをするようになった理由は、おそらく二つほどある。パチンコ雑誌はそもそも業界の鬼っ子的な扱いで、メーカー側も資料を提供することなどなかった。編集側の視点に立てば、そのためどうしても紙面に画像が少なくなり、文字ばかりでさあ困った、となったはずだ。その解決策として、文字の読みづらさなど二の次、三の次で、誌面にベッタリと無用な写真背景を敷くようになる。となると、そもそものベースが強いので、その強さに負けないだけの見出しの処理が必要ななった、ということではないか。ちなみに本文やキャプションは背景写真を半調処理して白ヌキで乗せることになる。


もうひとつの理由は、パチンコ雑誌の黎明期はDTP普及期にあたることだ。たとえば白夜書房のパチンコ必勝ガイドが使っていたデザイン会社はもともと製版屋でフォトショップ処理がお手の物だったということもある。また双葉社のパチンコ攻略マガジンにしても、編集プロダクションの主宰は元々デザイナーだった。


さて、のちになってパチンコ・パチスロメーカーが商品カタログを作ろうとしたときに、またパチンコホールがチラシを作ろうとしたときに参考にしたのは、そうした雑誌だった。

メーカーのカタログなどは、いまでは大手広告代理店なども入り込んでいるので、多少ソフィスケートされつつあるものの、それでも頑なにフォトショップを使いまくるようなメーカーもまだまだ存在する。盛って盛って、光彩処理で光らせて光らせて……その公式は実はパチンコ台の作り方と同じであり、そこにもまたパチンコ雑誌の影響を感じてしまう。

ユニバーサルはマギカやバジリスク絆など、ここんところ良作を発表し続けている。どちらも設置からずいぶんと時間が経つのにずっと客付を保っている。丁寧に作りこまれているからだろう。


ところで良台とクソ台をわける最大のポイントはどこかといえば、これはスロを例にとれば少なくともクソ台のポイントだけは簡単にあげることができる。レア役を引くたびに、ドキャン、バギャン、ドンガラガッシャーンと派手にカットインさせて、爆音鳴らす、つーのは例外なくクソ台。それに当てはめれば、もういまのパチンコはすべてクソ台になるわけで、基本的に若い層から見向きもされないのは当然ではある。


一時期の山佐なんか、たかだかクソ役のリプレイの告知でキーンなんていう耳障りな高音を採用していたり、ほんとにバランスがどうかしていた。平和やオリンピアもそういう時期があった。赤文字やチャンスの頻発、そして不必要なリールロック。その手の演出に共通しているのは「煽っときゃいいだろ」という極めて安易で、そして客をバカにした考え方だ。


平和・オリはスロではここ数年で不要なアオリをやめた。山佐も同様。客から総スカンを食ったからだ。しかし、他のパチンコ系メーカーではそういう実例があるのになおスロに不必要な煽りを入れてくる。ニューギン、京楽、SANKYOしかり。煽っときゃ客は喜ぶというのは、まあ京楽がパチンコで成功して、その他のメーカーが追随した方式であることは否定しないが、スロにおいて若年層から明確なNOを突きつけられているのにその束縛から脱せずに、それでいて若年層のパチンコ離れが……などとほざいているのは、おかしいにもほどがある。まあ、かつてきた道を否定するのはパチンコ業界がもっとも苦手としていることだから仕方ないか。


さて、マギカやバジリスク絆。これを企画書にした場合、どのように説明できるだろうか。マギカであれば、コアなファン層を獲得している高評価のアニメ、そしてシステムのベースに、ゲーム数方式の一種の完成形ともいえる「番長」を持ってきたことであろうか。でも、どちらも「スゴい」とは無縁だ。個人的にはそれほど打ち込んだわけではないし、1000枚以上出したこともないが(笑)、演出もゲーム性も極めてシンプルだし、これをパッと見で評価するのは難しいだろう。でもロングランを考えれば、完成度が高いという以外ない。


ひるがえってクソ台(笑)。こちらは煽りと同様、カタログなどの打ち出しには「スゴい」が占められる。いわく、スゴい特化ゾーン、爆発力。やはりベースには煽りが客を呼ぶという安易な考え方がある。


ただし、これはメーカーのせいだけとも言い切れない部分もある。それはホール側もそういう思想にとらわれているからだ。だからカタログには「スゴい」部分が並ぶ。業界で共有する間違った価値観といってもいいだろう。派手なだけの機種がこれだけ客を飛ばすのを目の当たりにしているのだから、ホール側もいい加減学べよといいたいところだが……。ホール側のそういう価値観はまた稿を改めて。

MAX機と呼ばれるパチンコ台に自主規制が入るという情報もちらほら。ギャンブル性を低くしなくちゃ未来はないからね。これは正解だと思う。


ところで、パチンコを打ちたいという動機はどうやって生まれるのか。といえば、これは成功体験をまた味わいたい、それに尽きる。いまの機械なら、ボタンを叩いた瞬間に役物がケタタマシく鳴るのがたまらなくてねえ……とでもなるのか。昔の機械、たとえばハネモノなら羽からVゾーンに向かう玉の軌道が脳裏に焼き付いて、それが呼び水になったものだが。


ところで、その成功体験をいまのパチンコで味わうのは非常に難しい。「大当り」は喜べるような代物ではないからだ。MAX機を例に上げれば、まず約1/400の関門が立ちはだかる。このうち20%は「通常」と呼ばれるカスのような出玉をはき出すだけ。4Rならば500玉前後か。約2000円分である。その分を差し引いて考えれば実質の大当りは1/500に近くなる。


で、だ。いまのパチンコで一時間に回せる回転数は300に満たない。一時間250回とすれば実に二時間に一度しか大当りを獲得できないのだ。そこに達するまでに要する費用は……いまのホールでは千円15回程度の調整だから3万円以上にもなる。


3万円も突っ込んでようやく得た大当り。それはしかしレースへの参戦券のようなもの。その時点では一瞬喜びもあろうが、それはすぐに不安感に代わる。なにしろ3万円突っ込んでいるのである。単発で終われば大損となる。連荘してくれなければ困る。頼むから連荘してくれ。それがプレイヤーの心境となる。これは言い換えればスリルともいえるのだが、スリルは解消されてこそ楽しめるものだし、MAX機のスリルは金額からいえば、競馬の大穴に有り金突っ込んで味わうレベルのものと言えるのではあるまいか。


パチンコ、この場合はデジパチでもいいが、そのスリルは本来はリーチでの一喜一憂にあった。この程度なら千円でそれを味わうことができたのだ。


さて、そうして味わったスリルが解消されるのは……。客はどの程度の出玉を得られれば満足感を得られるのだろうか。1万発? 2万発? 強いスリルにはそれなりの対価が必要になるわけで、その対価が高くなればなるほど客は成功体験を味わうことができずに、不満だけを募らせて終わることになる。


大半の人はだから成功体験を味わえない。いまパチンコである程度の客がつくのは、過去に実績を残したシリーズ機である。それは過去の成功体験が客を引き付けている証左である。シリーズ機以外では、その成功体験を味わうことは難しく、よってどんな大型版権であろうともすぐに客離れを起こすのである。