ここがヘンだよ、パチンコ業界 -4ページ目

ここがヘンだよ、パチンコ業界

パチンコ・パチスロの参加人口の減少。業界は抜本的な対策を示すことができないでいる。自己否定につながるから。それはパチンコ業界がもっとも不得手とすること。ならば外野からやいのやいの言ってやろうじゃないの、というブログです。

何年ぶりかにパチンコを一日打ってみた。いや近くに新装開店の店があり、のぞいてみたら釘がガバ開きだったもので。等価22回程度。1/300の機種で、最終的には600回転、1200、600当たらずヤメというツキのなさで負けたのだが(苦笑)。


久々にパチンコを打つと、やはりストレスを感じる。というか退屈でしかたない。煽りに関しては、保留玉が常時2個以上点灯しているような状況だったのでそれほどうるさく感じなかったが、勘弁してもらいたかったのがリーチ。リーチは基本的な構造として、期待できる方向への分岐と、その逆、つまり期待できない方への分岐があるが、後者へのフローが問題だ。


たとえばこうだ。強い前兆を伴わないでリーチになる。この時点で、打ち手は、はいはいハズレのフローねと思う。なのに、図柄がいったん停止した後に、なにやら復活系の煽りが入り、またハズレで選択されるカスリーチに発展し、それを延々と見せられる……。カスリーチでは赤文字や、ちょっと強めのカットインが選択されることもあるが、期待度的にみれば0.2%が0.25%に上がる程度、つまり誤差の範囲程度ものでしかない。


こんなフローを作って誰が喜ぶのか。わかりやすい例として海物語に当てはめてみれば、一度リーチがハズレたら、マリンちゃんが出てきて「もう一回」と言って図柄が再変動してまたハズレて、今度はサムが出てきて「もう一回」と言って再変動したあげくハズレ、のようなものだ。


ハズレの分岐を選択したら素直にハズレを見せればいいじゃないか。そんな当たり前のことをメーカーはなぜ恐れるのだろうか。いや、もちろん多少引っ張る時間を作らなくては、ホールでの低回転率に対応できないことは理解できる。しかし、引き延ばし策としてもあまりにお粗末ではあるまいか。いや、回転数対策というよりは、むしろ開発者が「作り込み」をアピールしたいがためにこうした不要なものをゴチャゴチャと入れ込んでいるというのが実情ではあるまいか。そんなもの「作り込み」でも何でもないのだが、なぜそんなこともわからないのだろうと考えると、そこにも「煽ればよし」という業界に通底する病理を見てしまうのである。


演出を見せたいならばせめて2%=1/50程度の期待度を割り振る必要があるのではないか。その程度をカスリーチの底として設定するべきだ。演出中の赤文字などで期待度が1/5程度まで上がるなら、たまに当たるというレベルになるわけで、打ち手も演出に付き合うという気持ちになれるだろう。


それ以下のものは、不要な演出に引っ張らずに素直にノーマルリーチでハズせばよろしい。

いまでこそ表向きはイベント禁止になったが、それでも収録に名を借りた「来店イベント」をするところは後を絶たない。雑誌が主宰するようなイベントも同様。まあ、そんなことをするホールの十中八九はボッタクリで、ふだん客が飛びまくっていて、自分の店の看板で集客できないからそんなことをするわけだが。


そもそも商売と言うのは「看板」を大切にしなくてはならないもの。そのへんはマルハンなどはわかっているから、少なくともいまでもグランドオープンや7の日などは集客できている。しかしバカな店はそうした発想が一切ない。


なぜかといえば、おそらくはイベントで儲かった成功体験があるから。あれはほんと詐欺みたいなもので、「○○イベント」と謳えば集客できた。もちろんたまには「本物」をまぜるが、店側の打ち出しを担保するような機関もないわけで実質言いたい放題、だまし放題だった。そこに「努力」なんてまったく必要なかった。


そうしたイベントの多くは、自称コンサルも多く関わっていた。コンサルと言えばふつうは経営学程度は収めているものだが、それらのコンサルは元パチンコ店店長程度の経験がウリで、経営などの経験もなく、「それでもウチで考案した○○イベントを開きましょう。その際はこの程度の設定を入れれば大丈夫。儲かります」そんな程度で商売になっていたのだから、まったくもって驚くほかない。現在「代理店」と称して収録系イベントを仕掛けているのもそ彼らだろうが。


さて、収録イベントなんぞ、なぜやるのだろうか。これははなはだ疑問だ。パチタレと映像編集費などを考えれば30から50万円程度は必要になる。そんな予算があるなら、50万円なら設定6を10台くらい入れられるではないか。そのほうがよっぽどインパクトが残せると思うのだが。


というのが一般的な考えだろう。しかしバカなホールの店長の立場になって考えてみれば、そのカラクリはわかってくる。まず店長はオーナーから客が減っているからなんとかしろ、何かしろと常にプレッシャーをかけられる。オーナーも当然バカなので目先のことしか考えていない。店長もバカで考えるということをしないから、こういうイベントがあります、やりますとなる。実に単純な構図。


一般的な仕事においては、そういった仕掛け(イベント)をする場合、それをすることによるメリット・デメリットを洗い出して、結果を想定し(目標設定)、という手順を踏むものだが、おそらくそれすらしないのは、イベント等企画者(店長等)と決裁者(オーナー)双方に、そういう常識すらないからだろう。


客側からみれば、そういう店には近寄らないこと。いまでもイベントばかりやるような店は(昔の特定日のみとかは別として)、時間がかかっても客に還元することで信用を得ていくということすらできず、目先の儲けに汲々している店というレッテルをペタッと貼って、いずれ淘汰されるだろうなと生暖かく見守るのがいいのではないでしょうか。

パチンコにのめり込んでしまうような人間は基本的には稼ぎが少ない人のほうが圧倒的に多い。まあ、これは統計を取ってもそうなると思うが、パチンコ屋に入り浸った経験がある人なら「体感」としても感じ取れることだろう。社会性が欠如しているような人が多いし、オカルト・被害妄想などなんでもござれで、論理立てた思考など皆無なのであるからして、いわゆるブルーカラーに分類される人が多いのである。工業団地のすぐそばにはたいてい大型店舗があるのは、そこに需要があると店側もわかっているからである。


彼らの平均収入はどれくらいになるのだろうか。全労働者の平均所得は450万円くらいだったか。となるとせいぜい300万円くらいではないだろうか。月で割ると手取りで20万円くらいのものだろう。ここから生活費も必要になるわけで、残った額でパチンコといっても、現在のパチンコの4円レートについていけるかといえば、ついていけるわけがない。


なにしろいま新台ともなれば一日15000円くらい平気で抜き倒しているのだから。毎週土日打てば一ヶ月で10万円以上負けられる。それでは生活は成り立たない。


猿でもできるレベルの計算だと思うが、実はこの部分については業界は軽視してきた。それでも成り立っていたのは、サラ金からのカネが流れ込んでいたからだ。総量規制によって、その蛇口が締められたこととパチンコ客の減少は関係があるとみるのが妥当だろう。とくに主婦への貸し付けが難しくなったことは、平日の日中の稼働に大きく影響しているはずだ。


主婦の話ついでに。海物語は以前、そうした主婦でパチンコにのめりこむようなタイプの人を捕まえていた。もう十年以上前にもなると思うが、そうしたロングランを続ける機種の一日あたりのホールの粗利は3000円程度と言われていた。これならば、多少のめり込んだところで傷は浅くて済む。毎日のように通ってもなんとかやりくりできるレベルだろう。


まあこれには実はからくりがあって、当時は等価が主流ではなく、換金差額があったため長時間打つ人は有利になり、その分を短時間打つ客が負担していたということでもあるのだが。


さて、ホールはいつまで15000円の粗利を続けるつもりなのだろうか。そんな金額を客が負担できるはずもないことは、全国的に客が低貸しに流れていることからも明らかである。一日に負担できる金額はせいぜい5000円といったところだろう。それをモデルに経営できるようなビジネスモデルに転換しない限り、客は増えるはずもない。


これはパチスロも同様である。同じく新台ともなればベタピンで一日15000円程度抜き倒すようなケースが当然のようになっている。ジャグラーなどの逃げ場があるのでまだ救われているが、このままではパチンコの二の舞になるだろう。

パチンコ打つ人ならわかると思うが、現金投資をしているときの不安感というのはとてつもないものがある。なにしろ一時間二万円にもなるのだ。スロットはさらに額がかさむ。それでいて出玉は「ちょろ」がベースである。パチンコなら1000発程度か。スロットは150枚ほどがベースだ。どちらも、そこから上積みできればいいが……。たいていの場合はせいぜいその3倍程度で終わってしまう。つまり一万円程度のバックが期待できると。


パチンコではMAXと呼ばれる機種で平均8000発程度の期待値があったと思うが、獲得で玉を分布図にしてみれば、不幸な結果で終わる人間(笑)が大多数であることがわかる。いまのパチンコをさして「1勝9敗」の設計と揶揄されるゆえんである。


そんな設計で、大当りそのものを喜べるだろうか。いや喜べはしない。では昔はどうだったか。デジパチのそもそもの設計は、数字が揃えば出っぱなしになって「打ち止め」までというものだ。当然大当りそのものが歓迎されていた。


いわゆる「違法」な連チャン機時代においてもその思想は受け継がれていた。どんな図柄で当たろうと連荘のチャンスがあったからだ。それが変わる節目となったのはCR機だ。確変が認められることになって、そのデメリットとしてカス絵柄揃い「うれしくない大当り」というヘンテコなものができあがることになる。


さて、連チャンについて。CR機以前のものは、当時は裏ものが跋扈していた時代だから一概には言えないのだが、基本的には20%~25%程度の連チャン性を備えているものが中心だった。保留玉内でリーチがかかり、再び大当りとなるというもので、この連チャンというのはあくまでもオマケ的な存在だった。だからこそ大当り=うれしい、連チャン=ラッキーという図式が成り立ったのである。つまり連チャンはあくまでも大当りを補足する存在だったのだ。


そうなると昔なら1/240程度の確率で抽選していたわけで、少なくとも45分に一回程度は、パチンコを打つ喜びを感じられたのである。それまでに要する金額もおよそ1万円程度で。


「パチンコは遊技である」警察の屁理屈だが、それに拠るとするならば、少なくとも一時間に一回程度は喜びが必要だろう。トータルとして負けたところで、そういった喜びを味わえるならリピーターもつこうというものだ。


荒療治は必要になる。とにかく「大当り」=「うれしい」の図式が成り立つ機種が必要なのだ。ちなみにスロットではそれがある。ジャグラー、ハナハナなどのノーマル機だ。パチンコにもそういう機種が必要なのではあるまいか。

パチンコ店は全体的に減少しているけども、大手に関してはまだ出店攻勢をかけている。どんどん大型化して、中小を飲み込んでいくという構図。


最近は出店もずいぶんと傾向が変わってきて、昔はパチンコ店の空白地域を狙っていたと思うけども、いまやそんなところに出店したところで新規ファンを獲得するのは至難の業だから、それならばパチンコ店密集地帯に出店して他の店の客を根こそぎ奪ってしまえ、という乱暴な方法が少なくとも都内近郊では主流になってきている。


最近話題になった大宮地区なんかまさにそんな感じ。楽園が強いところにマルハンが出店しごっそり客を持って行ったと思ったら、楽園がさらに大型店舗で逆襲してマルハンから再び客を奪い……。


しかし、そういうやり方もそろそろ限界に近付いているのではないだろうか。客を奪ったところで、最平常営業に戻ったとたんに、さーっと潮が引くようにいなくなるのだ。なぜかといえば、地元とは無関係の開店回りの人間が相当数いるからだ。


今日ネットを見ていたら町田のマルハンの開店になんと千人もの客が集まったとか。平日ということを考えればほとんどは学生やプロもどきの若者だろう。


彼らは確実に設定を使ってくるであろうホールがあるならば、多少の移動などいとわない。まあ逆にいえば、それくらいシビアにやらなければ稼げない時代になったともいえる。ただしホールにとって無条件に歓迎できる客かと言えば、そうとも言い切れない部分もある。なにしろ地元と無関係なのだから、平常営業でカネを落としてくれるようなことはないのだ。美味しいところだけ食べ尽くしていなくなる、ホールにとってはイナゴの大群の襲来みたいなものだ。


彼らを排除する方法はもちろんある。開店時などは身分証明書などで地元と関係する人を優先して入場させればいいのだ。しかし、この方法にも問題はある。なにしろパチンコ客は激減しているのである。地元民だけで、最近の大型化している店舗、たとえば千人を集められるかと言えば、はなはだ疑問で、店側もそのリスクを危惧するから、よそ者も呼んで、賑わいだけは確保しておきたいと考えるのだ。


そして、サービス期間が過ぎれば、閑古鳥が鳴き……それが最近都心部で繰り返し見られる光景だ。いまだ地方から都内を目指して出店してくる中小企業があるが、体力のないそうした企業ともなると、イナゴ軍団からも見限られているから、最初から閑古鳥なんてことも珍しくない。


ファンの減少を考えれば、パチンコ店の拡張ももはや限界なのではあるまいか。