ここがヘンだよ、パチンコ業界

ここがヘンだよ、パチンコ業界

パチンコ・パチスロの参加人口の減少。業界は抜本的な対策を示すことができないでいる。自己否定につながるから。それはパチンコ業界がもっとも不得手とすること。ならば外野からやいのやいの言ってやろうじゃないの、というブログです。

Amebaでブログを始めよう!

新宿に行く機会があったので、4月24日にグランドオープンした新宿コマ劇場跡のマルハンを覗いてみた。オープン一週間の平日ではあるが、マルハンの新規店ともなれば満席に近いくらいだろうし、当然のことながらマルハン側も高い家賃を払うんだから、それくらいの計算を立てているだろう…が、入ってみて驚いた。午後二時くらいで、パチンコ客は3割くらいの客付ではなかったか。ウルトラマンなどシマに一人も客がいないなんてシマもあった。


釘を覗けばすっかり平常営業釘ではあったが、それでも「マルハンのグランドオープン」と言う看板があれば、いくらなんでももう少し集客があっておかしくない。なにしろ新宿なのである。


原因はいくつか考えられる。まず入り口がわかりづらいこと。劇場の裏側に当たるため目につきづらいのだ。劇場イメージを守るためにも、装飾は東宝側から制限されていることも考えられる。マルハンのロゴもあまり目立たない。東宝ビルの向かい側のマルハン旧店舗の方がまだ客がついていたことを考えれば、一因になっていることは間違いないだろう。


二つ目は、ライバル会社エスパスの牙城を突き崩すだけの決め手に欠けたこと。新宿はエスパスの本拠地だけあって、やはり強い。エスパスといえば、店はつぎはぎで、ほんとチープなのだが、パチンコのジジババ客にはあの環境が落ち着くのではないか。マルハン東宝は確かに洗練されているのだが、それがエスパスに巣食っているパチンコ客にはかえってマイナスに作用することも考えられる。


三つめは、これがもっとも大きいのだろうが、やはりパチンコ客の減少は、昨年来滝から落ちる水のごとくのスピードで進行しているのだ。


ところで、パチスロに客はついていた。8割程度は稼働していた。こちらはおそらくマルハンの想定する数値ではないだろうか。


店を出ると、マルハンの店員が、ハッピなどをまとい、手にはプラカードを持ちながら四人編成で歌舞伎町を練り歩いていた。即席のチンドン屋といったところだろうか。

最近よく目にするようになった「グランドリニューアル」つうワード。リニューアルして期待感を売っておきながら「なんだよ、ちっとも変ってねーじゃねーか」と客にそっぽ向かれたので、もっとスゴそうに言わないと、そうだ「グランド」をつければ新規開店みたいじゃないか。


狼少年という説話を教えてあげたい。


さて、グランドリニューアルという表現も消費しつくして、その次に来るのはどんな表現だろうか。スペシャルグランドリニューアルとか、いやほんとにやりそうで怖い。

パチンコのオカルトというのは、自分の負けの責任を他人に転嫁しなくては納得できない「遠隔信者」と裏表の関係で、打つ前や打っているときはオカルト思考で「そろそろ当たるんじゃないか」と考え、たまにそれがハマッて勝った時には「やっぱり」と有頂天になり、ハズレて負けた時には「この店はおかしい、遠隔だ」と、なる。


そういった客は、むかしから一定数、それも極めて多い割合でパチンコ屋に生息している。たとえば二台並んだパチンコ台の一方の釘をガバ空きしていても、自分のオカルトによればと逆の台に座ってしまうような層で、いくらでも貢いでくれるのだから、たまに悪態つくくらいのことを除けば、パチンコ屋にとってはほんと特別な上客である。


平日の昼間っから毎日打っているような客の大半はそんな層で、今日のパチンコ産業があるのはそんな人たちが街金から借りたり、家族や友人から借りて踏み倒したりしつつ、田んぼを売り払ったり、それでも突っ込み続けてくれたおかげだろう。


パチンコメーカーもそういう人たちに感謝の気持ちをささげているのか、子供だましの演出やギミックを作り、「押せ」とか「引っ張れ」とか派手にかましておいてプスンと何度も経験させて、「どう今日もドキドキできたでしょ」と、感謝の押し売りをするのに余念がない。


そりゃあねえ、普通の客はいなくなりますよ。ほんと単純な話。いまのパチンコはつまらないを通り越して、ただただくだらない、の。オカルトバカ客の顔を真っ赤にさせて「もっとカネを入れてね、なんならどこかから借りてきてでも」。どんな台のコンセプトも、これ。


各業界団体が集って業界の今後を話し合う、ようなことは今になっていろいろ始めようとしているようだけど、そんなところであーでもないこーでもないというよりも、まず「くだらない」ことを認めるべきでしょう。そこからでないと始まらない。

マルホンに続いて奥村も倒産と。負債総額は70億円もまだまだ膨らむ可能性もなどとある。パチンコ台の液晶開発を請け負った制作会社、部品調達会社など、倒産のの余波で連鎖倒産する会社も出てくるのではないか。


しかし名古屋の中堅メーカーがバタバタと逝くところをみるにつけ、残っているメーカーとは、ほんと紙一重の差だなとは思う。たとえばサンセイ。数年前まで規模や売り上げ的には奥村なんかと変わらないレベルだったはずだ。ただガロというコンテンツを一発当てたから、それを財産に生き延びられている。藤商事なんかもリングの財産が大きいだろう。いっぽう奥村やマルホンはそういったキラーコンテンツを生み出すことができなかった。


ところで、パチンコ産業の縮小は今年想像以上に進むかもしれない。というか内部的にはかなり進行しているのかもと予想する。2006年のレジャー白書のレジャー別将来の参加人口予想では、2015年1270万人だった。予想は見事にはずれた。昨年度のレジャー白書ではその数字を優に下回る970万人になっているのだ。10年前といえばパチスロの5号機移行期で、業界が相当縮小した時期である。その当時の予想からしても、現在のパチンコ業界の縮小率は予想できなかったということだ。それほどの落ち込みなのである。


この急激な業界の縮小は……数年前に似たケースがあった。貸金業である。法外な金利を取って荒稼ぎをして、そのカネの力を背景にして我が世の春を謳歌していた貸金業界。いまでは単独で生き残っているところなど皆無。ほとんどが銀行系に組み入れられてしまっている。パチンコ業界も、いま同じような道程にいる。


どちらの業界も転落の軌跡が似ているのは、当然と言えば当然だ。国(高級官僚と政治家)がそうした設計図を描いたのだから。いや、これはそうした情報があるわけではないが、常識から考えても、ここ数年の流れから考えてもそうした力が働いていることは想像に難くない。たとえば、4号機時代、霞が関にほど近い秋葉原で開店前に数千人並ぶようなことがあった。三千人とも言われていたか。それは街の一角をジャックしてしまうような事態だ。道交法のうえでも問題があるだろう。そうした事態がたびたび起きたら……そうした情報は所轄から伝わり、警察庁にまで届いたはずだ。いや、もしかしたらそこをハイヤーで通ったキャリアが直接目にして、これはなんだ? となった可能性もある。調べてみれば、一日数十万円も勝つ可能性があり、年収数百万円の稼ぎも難しくなく、無職の若者を生む要因ともなっているなどとなれば、労働という国の根幹にかかわる問題になるではないか。すぐに生安の担当者が呼び出され規制となった、というのが個人的に想像する絵だ。


話がそれた。貸金業との類似に戻そう。


まず前提として、どちらも法のスキマをついて勃興してしまった業界ということがある。放置すれば個人ひいては社会の安全性を脅かしかねない。それでいてカネがあるし、法律違反をしているわけではないから簡単には手を出せない。雇用の問題もあるだろう。


貸金業の場合は法律改正から一気に業界崩壊へと進んだが、パチンコ業界に関していえば警察庁はもう少しソフトランディングさせるような画を描いているはずだ。でなけりゃ国会で換金について問われてとぼけるようなこともないし、とっくにパチンコ業法を作って本格規制をしているはずだ。


冒頭に戻ると、いまのパチンコの凋落ぶりは警察庁の予想をも超えていると思う。では、どうしてそうなったかといえば、客の財布が持たなくなったということに尽きる。等価ばかりにして、MAXばかりにして、ホールは客から巻き上げるだけ巻き上げ、メーカーもそうしたホールの需要を是として、自ら首を絞めたと。


警察庁はおそらくほくそえんでいるだろう。業界が自滅してくれているのだから。業界が縮小すれば、手を突っ込んでも影響の波及するところは少なくなる。そのタイミングを待って、パチンコ業法を作り経営をガンジガラメにして、限りなく業界を縮小させていく。それが青写真ではないか。


自らの天下り先になっている業界を縮小させるはずない、なんていう意見は2ちゃんをはじめとしたネットでは散見できるが、キャリアにとってパチンコ業界なんて天下り先にもっとも選びたくないポストなんだから(彼らは名誉にふさわしいポストを選ぶもの)、潰すことに躊躇なんてないだろう。それよりも、国にとってはたして必要な業種なのだろうかという命題から考えれば、その答えは明白なのである。


その命題に応えるとするならば「レジャーとして必要です」以外にないのだが、ギャンブル化推進が業界の総意であるいま、それは自ら社会に不要な業種と、害悪を与える存在と宣言しているようなもので、もはや警察が描いた青写真に抗弁すらできないだろう。


奥村は破産申請したとある。数年前なら資金に窮したところで買い手もあったのではないだろうか。誰も手を上げないところが、現在パチンコ業界が置かれている厳しい状況を物語る。


パチンコ日報で「パチンコを外国人に」などという記事があったが、外国人に打たせる前にパチンコを打ったことのない日本人に打たせるほうが先だと思う。演出の意味がひとつも理解できないだろう。


そもそも数字が三つそろえば大当りという明確なルールがあるのに、リーチになってもノーチャンスやら、期待度皆無のリーチで当り数字のところでわざわざ「溜め」てスカッという嫌がらせとか、数字に対しての扱いがほんとにひどすぎる。はては、最近の機種なんか大当り告知が役物ガッシャーンだから数字が揃う瞬間さえ見られない。


数字が揃う瞬間が気持ちいいんじゃないの? たとえばリーチになれば最低でも3%程度の期待度があれば、左リールが止まって右リールが浮かび上がる瞬間にだって楽しみを見いだせるはず。そういう流れを一切分断して殺してしまっているのがいまのパチンコ。


かといって数字を一切捨てるような思い切りもない。それにトライした機械も過去にはあったが、完成度の低さで見向きもされなかった。明確なストーリーラインを作ればそれも可能かとは思うけどね。


どちらにしろ、一度演出をきちんと整理しなさいと。数字なら数字を大切にしなさいと。


それがなぜできないのかといえば、退屈恐怖症が根底にあるからだろうとは思う。それがそもそも間違い。なぜなら退屈はパチンコに必要な要素だから。通常時の退屈は妄想をかきたてる時間。で、当りになれば退屈したぶん達成感あるいは解放感を得られるもの。妄想があるから達成感も得られるわけで、本来のパチンコはその繰り返しだったはず。いまはそのバランスが崩れているのです。


退屈を怖がらなくなれば、少なくとも不要な演出は盛り込まなくて済むようになる。リーチにもならないときはそのまま見せる。演出の出方については確率に任せることだ。


それくらいやれば、たぶん初めて打つ人も、パチンコのルールを理解できるようになると思う。外国人云々の話をするのはそれからだね。