ここがヘンだよ、パチンコ業界 -6ページ目

ここがヘンだよ、パチンコ業界

パチンコ・パチスロの参加人口の減少。業界は抜本的な対策を示すことができないでいる。自己否定につながるから。それはパチンコ業界がもっとも不得手とすること。ならば外野からやいのやいの言ってやろうじゃないの、というブログです。

パチンコメーカーでとくに顕著なのだが、ユーザーがヤメづらいことが長所だと思っているバカがいまだにいる。最近で言えば、スロットでファフナー。煽って煽ってはいサヨナラ。確かにホールに取ってみれば千円余計に投資してくれるかもしれない。でも、ユーザーからしてみたらどうだろう。前兆らしき演出で引っ張られて余計に千円投資させられて、なんちゃってね、と打ち切られたら次に打ちたいと思うだろうか。


ユーザー心理を甘く考えているのは、これはメーカーもホールも同じ。ふざけるなと言いたい。たとえばルパン。2R通常らしきあたりを引いて、でも「真なんとかチャンス」に格上げされて……「真」というのは、日本語では「本当の」という意味。それでいてガセありとか、フツーの人の感覚ではありえないというか、これを問題視しない時点で、業界として問題として提起しない時点で相当なズレがある。


メーカーも、ホールももう少し言葉を大事にするべきだと思う。「Chance」しかり。鉄拳チャンスは本当にチャンスなんだから、じゃないけど、チャンスはチャンスにしましょうよ。そういう一つ一つ丁寧に応対することを考えるタイミングになっていると思う。適当に抜かしていれば客が集まるような時代はとうに過ぎているのだから。

山手線の中吊り広告で見たのだが、京楽(OKブランド)の新機種ウルトラバトル列伝、またヤクモノが派手になっとるのか。「君はウルトラバーを」のようなコピーが付されていた。この流れ、どうなんだろうねえ。誰が求めているのだろう。遊技者はそんなもの求めているのだろうか。


そもそもデジタルパチンコは単純明快な遊びである。存在するのは当たりかハズレのみ。単純にいえば玉が始動口に入った瞬間に拾った数値が「当たり」だったら「おめでとう」で、それ以外だったら「残念でした」となる。ただ、それだけじゃあまりに味気ないので、当たるかもよという期待感を持たせるために「リーチ」という存在を付与している。


それがデジパチの基本的な設計。でも近頃のパチンコは、当たるかもよではなく、リーチになるかもよという程度で煽りをかまして、さらには本来の道筋であるはずの「リーチ」がかかりそうでかからないとさらに期待できるかもよ(疑似連)という仕組みを組み込んでいる。そんな演出がなぜできたのだろうか。いまのパチンコの諸悪の原因ともいえるのだが。


(疑似)連続演出は、そもそもは液晶上ハズレたと思わせて、でも実は演出上は1つの保留玉の権利が続いていているんだよ、という演出だった。これは存在価値があった。ハズレと思わせておいて、実は保留玉を見たときに、あれっという違和感があって、それが悦びに代わるというプロセスがあったから。まあ疑似連の悪口とナンセンスをいえばキリがなくなるので、これはまた機会をあらためて。


話をもどそう。ヤクモノである。GAROの首ニョキは笑わせてもらったが、あんなのつける必要があるのだろうか、というのが一般的な感覚だと思うのだが、これがメーカーの開発になると大真面目につけたがる、のだ。なぜか。はっきり言えば、企画書に打ち出しやすいからである。


■バカ企画書がパチンコがつまらなくなった諸悪の原因

「他と違うこと」、もっといえば「他よりスゴい」こと。パチンコメーカーには、それを何よりも優先するような価値観がある。これまでも、液晶のサイズが大きくなった。LEDをいくつつけた、役物が大きくなった、そんなアホな競争、アピールばかりだった(笑)。ゲームとしての完成度なんか二の次、三の次。最近でこそ見る機会が減ったが、一時期はどのメーカーもバカみたいに「業界初」を謳っていた。どーでもいいことに被せるものだから、ほんとギャグとしか思えなかった。たとえば、ゆで卵を売ったとして割りやすいようにヒビを入れておいて「業界初」と、そんなレベルである。


また話がそれてしまった。ゲームとしての完成度を企画書に書くのは、これは難しい。常にバランスの問題になるからだ。しかも、それを理解するほうにもクリエイティブ性が求められる。いっぽう、バカヤクモノはどうかといえば、スゴいヤクモノつけましたハハハハハ、と書くだけで通じる。企画書を判断する側にもクリエイティブ性など必要ない。これがパチンコが間違った方向に突っ走る構造的な問題である。ヤクモノについては、以前は一個から二個になりました、三個になりました、というバカな競争をしていたが、個数じゃなくて、その迫力をいま競っているわけだ。


その企画書には、そのヤクモノを採用することによって、どのようにユーザーに響くのか、そういう推測、答えは書いてないだろう。「大仰にやること=すべて正解」こんな公式があるのだから。そのへんについても、稿を改めて書いてみようと思う。


さてヤクモノ。そのうち大当りの瞬間に椅子がクイズタイムショックになったり、頭上のクス玉が割れたり、そんな方向に行きかねない。本来のゲーム性とは無関係のインフレ、さて、どこまで行くのやら。