伊地智さんのこと | 「書く」を仕事に

「書く」を仕事に

オモロくてキビしくて愛しい、ライター生活。
取材・文/有留もと子
お問合せ/moco_moco_moco@hotmail.com

ライターの有留です。

いつもお世話になっております。

 

映画プロデューサーの伊地智啓さんが亡くなりました。

伊地智さんは、『太陽を盗んだ男』や『セーラー服と機関銃』、

『あぶない刑事』など数々の名作を手掛けています。

 

伊地智さんと私のお付き合いは、長いような短いような……。

私の中でいつもどこかに引っかかっているのが

「伊地智さん」という存在でした。

 

伊地智さんの訃報を知り、何か書こうと思ったけれど

上手く書けません。

どうしても苦い挫折と向き合わなければいけないからです。

 
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 
 

私が新卒で就職したのは映画や映像番組の制作会社で、

伊地智さんはその社長だった。

 

会社は俳優部と制作部に分かれていて、

制作部の社員はプロデューサーか

アシスタントプロデューサー、そしてデスクの

いずれかになる。

 

私はアシスタントプロデューサーという

位置づけだった。

 

映画のプロデューサーは

たくさんのことを求められている。

 

面白い企画や原作を見つけてくる能力。

俳優や脚本家の才能を見極める能力。

脚本を判断し、より良く直していく能力。

お金を集めてくる能力。

 

そして、「あの人が言うなら仕方がない」

と言わせるような、人間的な強い魅力。

 

伊地智さんはすべてを備えていたんだと思う。

 

「思う」と書いたのは、伊地智さんと直接関わって
いた頃の私は、あまりにも未熟で
彼の仕事ぶりについて
なにもわかっていなかったからだ。
 
当時の自分を振り返ってみると、
わりと真面目に仕事をしていたつもりだし
頑張っていたつもりだったけれど、
アシスタントプロデューサーとして
できることがあまりに少なかった。
 
そしてやりたいことしかやりたくないという
思いも強すぎた。
 
何をやりたかったのかというと、
文章を書くことだ。
その頃から私には、物書きになって生きていくという
目標があった。
 
社交的ではないし、先手を読んで動けない私は
よく上司や先輩から怒られ、
現場にもなかなかなじめずにいた。
 
そんな私に伊地智さんが命じたのは
企画書を書くことだった。
 
 
ある日、社長室に行ったら伊地智さんは不在で
デスクの上に中井英夫の『虚無への供物』
が置いてあった。
私はその本を読んでいて、膨大だし難解だから
ドラマ化なんかできるわけがないと思った。
 
なので、
「その本はやめた方がいいと思います」
と書いたメモを本の上に置いた。
 
その後伊地智さんが戻ってきて
すぐに社長室から
「有留!」
という怒声が聞こえてきた。
 
まわりの社員がびっくりしていた。
私もあわてて社長室に行ったら
伊地智さんが私のメモを手にして言った。
 
「何だ、これは。俺がやろうとしているんだ。
文句があるならお前が企画書を書け」。
 
文句があるならお前が企画書を書け……?
私はやめた方がいいと言っているのに……?
謎のロジックだけど、社長の命令に従わないわけにはいかない。
 
先輩から「企画書は短くシンプルに」
と言われていたのに、
私がプロットを書くとどうしても長くなってしまう。
 
「面白ければ、プロデューサーは最後まで読んでくれるはず」
と言う私に、伊地智さんは
「いいじゃないか、お前の好きに書け」
と言ってくれた。
 
そしてできたのが
NHK-BS2で放映された
『薔薇の殺意~虚無への供物』
というドラマの企画書だった。
 
ドラマが完成したとき、伊地智さんが言った。
 
「お前の名前をクレジットに入れてやることができなかった。
すまない」。
 
そんなのいいです、と私は答えた。
 
 
その後も何度か伊地智さんと企画書を作った。
そのたびに
「好きに書け」
と言ってくれた。
 
物書きになりたいと思っていた私に
その思いを活かせる仕事を与えてくれて、
さらに私が物書きになれると思ってくれたのは
伊地智さんだけだった。
 
私は伊地智さんの会社を辞めた後、
念願だったライターになり、雑誌の仕事をいただくようになった。
 
でもどこかで、シナリオライターとして伊地智さんと
仕事をしたいという気持ちがあった。
 
それはなぜかというと、
私の言いたい放題を伊地智さんに受け止めてもらいながら
企画書を書いた経験がすごく楽しかったからだ。
 
そして「脚本」として、堂々とクレジットされたいと思ったからだ。
 
だけどそれはもう、叶うことはない。
 
 
他にもいろいろ書きたいような気がするけれど、
今は言葉にならない。
 
伊地智さん、ありがとうございました。
私の可能性を信じてくれて。
そしてお疲れさまでした!
 
合掌。
 
 
 
 
伊地智さんが貴重な経験を語りつくした一冊。