最近とても日本語が恋しいようで、時間がある時は色んなブログを読ませてもらっています女の子

みなさん文章の書き方や言葉の使い方が上手で、うらやましいですキラキラ




メルボルンにいた時から、日本語の本が読みたくなってしまい、

メルボルンでは日本語の本を専門に扱っているお店がなかったので、

ずっとあきらめていましたorz

以前メルボルンに日本語の本が買えるお店があったそうなのですが、なくなってしまい、

残念なことに私がメルボルンに住んでいる間には見つかりませんでした。

日本日本に帰国するかたや荷物の整理のために本を安く売っている掲示板を見つけたりもしたのですが、

仕事の関係でメルボルンにちょうどいなかったりして、

買うことができませんでした泣





ちょうど1ヶ月前、日本からオーストラリアに戻ってくる際、

母に頼んで読み終わった、赤川次郎のミステリー小説の本をもらってきました。

私がまだ日本にいた時、本が大好きだった母とよく違う本を買って、

読み終わったら交換し合っていたのを覚えていますフネサザエさん


私が日本語の本が読みたいからと言って、母に本をもらうのを頼んだときも、

好きなだけ持っていっていいよ。

と言ってくれ、単行本を4冊もらってきてしまいました本





ですがその4冊の単行本・・・。





すべて日本からオーストラリアに帰ってくる道中で読んでしまった・・・




んです汗





なにせ時間のかかる、日本からここ田舎までの旅路なので(片道約31時間)、

寝る・食べる・話す、のほかにできることと言えば、

読書

だけだったので、あっという間に終わってしまい、

ミステリー小説なので2度読みするのもな・・・。


シドニーにはブックオフ(だったかな?)の本屋さんで、日本語の本が買えるそうなのですが、

なにせここは田舎初夏の田舎

英語の本屋を探すのも難しい所で、日本語なんて贅沢ができるわけもなく・・汗



インターネットで注文できたりするんじゃないはてなマーク

というJamesの助言もあり、必死こいて探しています。笑




ということで、他に頼るのはインターネットパソコン

NHKのラジオなどもインターネットで聞くことができるので、

料理をしながらや時間のある時に聞くようにしていますラジオ。






日本語が恋しい他にも、私自身が日本語を勉強するのに役に立っていますえんぴつ

いくらこちらでの生活が英語100%であっても、

私が日本人であるということに変わりはないので、

日本に帰った時に自分が恥ずかしい思いをしないためにも、

少しでも日本語に触れるようにしていますはた





私が日本語を勉強していれば、Jamesにも少しは役立つかなはてなマーク

と少し期待していますキラキラ


今日は何も急ぐ予定もないので、

なかなか進まない月曜日提出の宿題えんぴつをやりつつ、

YouTubeで Australia's Got Talent 2010 を見ていますパソコン
(っていうか私、勉強しろよ!!


テレビでもJamesと一緒に毎週見ているのですが、みんな色んな才能があってすごいなわたしと驚かされます。


それが歌であったり、ダンスであったりオーストラリア

誰が1番って決めるのは難しいのがすごくよくわかりますキラキラ


イギリスにいたときも見ていたのですが、世界中には本当に色んな才能を持った人たちがいるんだな花束と感心させられます。

おかげで宿題が全くはかどりません汗

見るんじゃなかった・・と思いつつも、見てしまう私。



それぞれのパフォーマンスだけでなく、

どうやって人をほめるか?

というのも学べて、すごく勉強になりますサザエさん


よかったら、YouTubeで検索してみてくださいねパソコン




さて、今日の夕飯は何にしよう・・エプロン

ピザでも作ろうかなピザ


その前に宿題終わらせないとねえんぴつ
昨日辛いものを食べ過ぎて、

朝からお腹が痛いアホな私たちです男の子女の子






今日もオーストラリア1年目 ファーム編ヒツジをお送りしますえんぴつ


以前のお話はこちらからどうぞクリック






ベトナムでの最後の仕事を終えメルボルンに帰り、

メルボルンでの最後の夜は友だちとクラブへ行き飲んだくれビール

危うく次の日の飛行機を逃しそうでした飛行機



Jamesが田舎の空港まで1時間半かけて迎えに来てくれ、ファームまで送ってくれましたくるま3



初めてのファームでの仕事野菜

どんな仕事をするのか、期待と不安でいっぱいでした女の子

ファームに送ってくれる車の中で、Jamesが何かあったらすぐに携帯・家・会社の電話にかけてね電話すぐに迎えに来るから!!

と言ってくれたのがとても嬉しかったですWハート



ファームに着き、オーナーのAnnaにや他に働いている人たちに会い、Jamesは田舎へと戻っていきましたくるま3

私がファームに来たときには、カナダ人のクリスとフランス人のカップル、ユアンとジュリアがそこのファームで働いていましたカナダフランス

ユアンとジュリアはオーストラリアを旅していて、このファームに1週間だけ滞在し、

私が着いた次の日にはファームを出る日だったのですが、

Annaそして3人ともとても優しかったです。



$Life is good in Australia
ファームからの眺め。





クリスは本当にお兄さんのような存在で、私より2ヶ月早くこのファームで働き始めていて、

私と同じようにワーホリのセカンドビザを取るためにここで働いていました。

(おもしろクリスとのお話はこちらからどうぞクリック


実質、彼が私のボスですべての仕事の内容を教えてくれました野菜



私の働いていたファームでは主に、ハーブを育てていて、とてもハーブに詳しくなりましたサザエさん



毎週のように新しい人がファームにやってきて、そのほとんどの人がオーストラリア中を旅していて、

その途中に立ち寄り1週間、2週間ファームで働き次の目的地へ行くという感じでした。



クリスは私が来た時点ですでに2ヶ月ここで働いていたので、

セカンドビザのために3ヶ月間ファームでの仕事をクリアするためには、あと1ヶ月ここで働くことになっていました。


オーナーのAnnaはファームの他にもとても忙しく仕事をされていたこともあり、

Anna以外でこのファームに最も長くいる人が自動的にそのファームのボスになるという仕組みになっていました。
(毎朝、仕事の前にボスがAnnaから今日するすべての仕事について聞き、それをみんなに伝えるというふうになっていました。)




クリスの3ヶ月間のファーム生活も終わりに近づいた頃、

彼がふと私に、次はAnneがボスだね。僕の後しかっかりね!!

と言い、

そうだ!!クリスのあとにボスになるのは私じゃん!!


と急にここでの生活が不安になったのを覚えています。笑



というのも、今まで全然にきしていなかったけど、

ボスになるということは、他の人たちに次はこれをして、次はあれをしてというの伝え、

何か問題があればみんな1度私の所に情報がきて、

それでも解決できなければボスがAnnaの所で指示をあおぐというふうになっていました。





ということは、



英語が話せなければできない・・。


ということ。


しかも、ファームに来る人はほとんどの人が英語を母国語としない人たち。



ということは、さらにボスの英語力が必要になってくる・・・。





そういえば全然気にしてなかったけど、

クリスはカナダ人カナダ

英語を話す地域のカナダから来たクリスは、英語のネイティブスピーカーでしたorz





クリスがファームを離れるまでの約10日間。。。

そこからクリスの地獄の英会話レッスンが始まるのでした・・・汗

これがあるから、今の私の英語があると言っても過言ではありません。





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今日もオーストラリアの田舎からお届けしていますカンガルー

ここ数日は晴れ間も戻ってきて、洗濯物もよく乾くし嬉しいかぎりですウッドストック






さて今日もオーストラリア1年目の続きをお送りしますえんぴつ


以前のお話はこちらからどうぞクリック








メルボルンを満喫し、ワーキングホリデービザでオーストラリアにいられるのもあと3ヶ月ちょっととなり、

もう1年延長するか、もしくは残りの3ヶ月で帰るか選択する時がきましたオーストラリア



もしもう1年延長するのであれば、指定の地域のファームヒツジでの3ヶ月以上の労働が必要になるので、

すぐにファームを探しそこで働き始めなくてはいけません。


オーストラリアに来たばかりの時は、2年目(セカンドワーキングホリデー)のビザを取ることは全く考えていませんでしたが、

今までの9ヶ月を振り返ってみて、



まだまだオーストラリアでやりたいことがある!!



と思い、すぐにファームを探し始めましたチューリップオレンジ


ワーホリビザでは6ヶ月以上同じ場所で働くことは禁止されているので、

4月から働き始めた私は、どちらにせよオペアの仕事を6ヶ月で辞めなくてはいけなかったのですが、

子どもがとてもなついてくれていた分、辞める話をする時はとても悲しかったです泣



まだ恋人ハート同士ではありませんでしたが、

Jamesとも色んなことを話し合い、Jamesがシドニーから現在の田舎に引っ越していたこともあり、

少しでもJamesの住んでいる田舎の近くでファームを探すことにしましたぶーぶー


私がまだメルボルンにいた時、Jamesはシドニーにカンガルー

その間にJamesがメルボルンに遊びにきてくれていたりしました。

今度Jamesとの出会いと恋人になるまでのお話も書いてみますねえんぴつ





運良く、Jamesの住んでいる田舎から車で1時間半の所にあるファームで働くことになりましたうり坊

オーストラリアにあるすべてのファームで、2年目のワーキングホリデービザ用のサティフィケイトを出してくれるわけではないので、

私はとてもラッキーだったと思いますキラキラ

ちなみに私はファームを探す際、WWOOFという制度を利用しました。




ファームで仕事を始める数日前まで、仕事でベトナムに2週間行かなくてはいけなかったので、

ファームに移動する前にメルボルンにいられたのが、

たったの2日間だけだったのが残念でした汗






オペアパパと子どもとは、ベトナムでさよならバイバイをし1人で飛行機に乗り飛行機


その時のフライトが私の人生で1番ひどいものであったのは確かですorz

上下、左右に激しく揺れる飛行機飛行機

完全にそれに酔ってしまった私汗


8時間後、オーストラリアに着いた時はなんとも言えない達成感でいっぱいでした。笑




さて次回は私自身を大きく変えてくれたファームでのお話ですヒツジ

ファームでの経験はこれからの私にとって、かけがえのない経験となりました花束



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そういえば忘れていましたが、この子もかなり大きくなりましたサゲサゲ↓

$Life is good in Australia




我が家にやって来てから、もう2ヶ月ネコ


食べて、寝てを繰り返していればそりゃあ大きくなりますよねスポンジ・ボブ



$Life is good in Australia

平和な我が家でこれからも、どんどん大きくなってねキラキラ









さて、オーストラリア1年目 メルボルン編の続きをお送りしますねえんぴつ

以前のお話はこちらからクリック



前回書いたようなお仕事の内容で、毎日があっという間にすぎていったメルボルンでの生活オーストラリア

今思えば、楽しかった思い出が多かったように感じますが、

1度心の奥底から辞めたいと思うことがありました。


オペアパパの仕事の関係で、去年の6月から7月までアメリカに行くことになった時のことでしたアメリカ

オペアパパは仕事の関係で、オーストラリアに残り私と子どもだけアメリカに住むパパの弟の家族の所に滞在することになりました。

それが不幸の始まりでした汗


オペアパパは子どもが小さい時に奥さんとは離婚されていて(その人は今もオーストラリアに住んでいます)、

さまざまな理由から前の奥さんのことを信用していませんでした。

なので、彼女が子どもに会いたいと言ってもあまりいい気持ちはしていないようで、

子どもに会わせたくない、というのが本当の気持ちでした。


オペアパパが以前の奥さんを嫌うように、

オペアパパのお父さん・お母さんも彼女のことを毛嫌いしていました。
(オペアパパの両親はベトナム人ですがシドニーに住んでいます。)



そのオペアパパのお母さんは私のことを嫌っているようでした。

理由は、

子どもが私に懐いているから。


というのも、子どもはオペアパパのお母さん(子どもにとってはおばあちゃん)のことが、

大嫌い

だったので、余計に私に懐いていることが気に入らなかったようでした。



そりゃあ、自分の孫が血のつながった自分でなく赤の他人のオペアなんかに懐いていたら、

いい気はしないかもしれません。





オペアパパはいつも私に、

彼女(オペアパパのお母さん)のことは気にしなくていいから。

と言ってくれていましたが・・・。


普段はオペアパパの両親はシドニーに、

私たちはメルボルンに住んでいたので、会う機会は2、3回でしたが、

今回はその両親もアメリカには来ていました。



私はそれを知りませんでした。

そして、私と子どもはアメリカ滞在中、

その両親と1つ屋根の下に1ヶ月近く住まなくてはいけなかったのです。




オペアパパのいないアメリカでの生活。

そのアメリカ滞在中、毎日そのオペアパパのお母さんにいびられました。

・子どもが人見知りして挨拶ができない。(おばあちゃんとは話をしたくない。)

・私のそばから離れられない。(おばあちゃんと一緒にはいたくない。)

・1人でご飯が食べられない。(おばあちゃんの隣には座っておばあちゃんと一緒にご飯は食べたくない。)

私がいないところでは、おばあちゃんが自分の面倒を見るのではと悟った子どもは、

私から離れたくない。


すべて子どもがおばあちゃん苦手!!からきていることを、

すべて私が毎日世話をしている中で、甘やかしているからだ!!

とせめられました。


もちろんアメリカにはいつもの私たちのオーストラリアでの生活を見ているオペアパパはいません。

ということは、私の代わりに反論してくれる人は1人もいませんでした。




おばあちゃんは、子どもを甘やかすことは絶対にダメだと思っていたようですが、

おばあちゃんの子どもに対する姿勢は、

しつけというよりはすべてのことにダメと言っているようにしか聞こえませんでした。




アメリカ滞在中、一緒に生活し毎日顔を合わせなくてはいけなく、

子どものおばあちゃん嫌いがますます進むにつれ、

彼女の私に対する態度も陰湿さを増していきました汗




私は毎日、とにかく早くオーストラリアに帰りたいと思っていました。


実はいつ帰れるのかは、教えてもらっていなかったのです。

3週間ぐらいだよ、と言われていたもののはっきりした日時も何もなく、

ただ耐えるだけでした。



何日に帰れるとわかった日の夜、嬉しくて一晩中泣いたのを今でも覚えています。





今思えば、もっとあんなにひどいことを言われた時、

反論すればよかった、私はなぜ何も言い返したりしなかったのだろう、

と思うことがありますが、

その時の私に相手を言いくるめられるだけの度胸と英語力がなかったと思っています。




その時の経験があってこそ、

頑張って英語勉強してやろう!!と思ったのも事実ですサザエさん






こんな暗い記事になってしまいましたが、

次回はメルボルンから離れてオレンジという町のファームで働いた時のお話ですヒツジ



オーストラリアでのすべての経験が、

私をどんどん強くしてくれているのは確かです。笑

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