「また別の機会に」と昨日は書いた。でも、南野法務大臣が寝ぼけたことを言ってくれたので、あえて書いてみたい。
警察庁長官が性犯罪者のデータを公開することに前向きな発言をした。そのとたんに法務大臣の否定発言である。私はがっかりした。
日本では犯罪が行われた場合に、犯罪者の人権は尊重され、実名報道の自粛、矯正の実施、果ては死刑の延期まで、いろいろと優遇される。ところが、被害者の方はほとんどの場合実名で報道され、どこからも守られない。
犯罪者は何の罪もない人の人権を蹂躙し、殺人事件の場合はその人が「生きる」という基本的人権よりもさらに基本的な権利をも奪い取ったのである。性犯罪にしても犯人は被害者に恐怖という傷を与え、さらにレイプされたものというレッテルを貼り付けてしまったという、健康に生活するという基本的人権を崩壊させたのである。
確かに憲法ではすべての人に基本的人権の保障をしている。それはそれでよいのだが、では被害者よりも加害者の方が遙かに多くの人権という権利を温存されるという現実はおかしいのではないか?
今回、しかも犯罪者がいるという事実さえもプライバシーという一言で隠蔽し、一般市民が健全に生活するという、やはり基本的人権を制限せざるを得ないことを法務大臣自らが平気で発言したのである。犯罪者はぬくぬくと社会生活を行い、一般市民は隣の人は元犯罪者ではないか?と疑心暗鬼で過ごすことを余儀なくされ、犯罪被害者はその上に心の傷、体の傷を負い、肩身の狭い思いをしながら生きていくのである。これはおかしい。小学生だって理解できることである。
この世の中はやったもん勝ちである。レイプだってやったやつは相手の人権なんて考えちゃいないし、レイプにより性的な快楽を得た、つまりプラスなのである。
本来はこの裏に処罰という大きなマイナスがあるはずなのであるが、法務大臣も言うように、加害者を保護するために処罰の事実は世間に対し隠蔽され、本人は何の不自由なく生活できるのである。勝ち組なのである。
人権屋の方に聞きたい。本当にこれでいいのか?正直者が馬鹿を見る、このような世界が本当に平等な世界なのか?私には信じられない。