月曜日、朝から雨が降っていた。
ありきたりだが、自分の気持ちを表しているのか、亡くなった娘が悲しんでくれているのか、そんなことを考えてしまった。
あまりにも突然の出来事で、まったく気持ちの整理がつかず、リモートワークで側で仕事が出来ることが唯一の救いだった。
思い返せば、金曜にキャットタワーに登ったり、夜には自分の足元で寝てくれたり、ソファーの下に潜ったりと、自分の死期を悟って好きな場所をひと通り訪れ、最期のお別れをしたのかもしれない。
何より、「妻の誕生日は頑張って持ちこたえてくれ」という勝手なお願いを、苦しい身体ながら聞いてくれたような気がしてならず、昼過ぎまでは嗚咽が止まらなかった。
こうして考えると、ペットとはいえ既に家族の一員であり、家族を失ったのだ。
生きていく上で、誰しもが死と向き合っていかなければならないが、今すぐには受け入れるのが難しい。
もう1頭の愛猫や、自分や妻の親・家族、妻、(絶対考えたくはないが)息子、死と向き合うことはこの先も必ずある。
その時に後悔しないよう、これからの接し方を見直す・正すことを強く意識した。