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明日のわたしへ

昨日のわたしが今日のわたし、明日のわたしとは限らない。だから、わたしは明日のわたしに記録を送る。
⭐︎「白い狼のため息」の過去ページをこちらに移しました。

コムスタカー外国人と共に生きる会からのお願いです。


 2024年2月2日死産した子の遺体を遺棄したとして 2月6日死体遺棄容疑で福岡県警に逮捕、2月27日に同罪で福岡地検の検察官に起訴されたベトナム人技能実習生グエットさんは、現在も博多警察署に拘留され続けています。刑事裁判は、3月中旬に裁判官・検察官・弁護士の三者の進行協議が行われ、次回4月22日の進行協議まで検察官が証拠の開示を弁護側に提供することになっており、4月22日進行協議で5月以降に予定される第1回期日が決まる予定です、4月上旬に保釈の申請をしましたが、裁判所は、証拠隠滅の恐れと逃亡のそれがあるという検察官の反対意見を採用して、保釈申請を却下しました。これに対して準抗告中です。
 

【署名のお願い】孤立死産したベトナム人技能実習生グエットさんの無罪判決を求めます!

事件の概要
 グエットさんはベトナムの貧しい家庭の出身で、技能実習生として日本で働き家族の生活を支えるために150万円の借金をして2023年7月に来日しました。母国であるベトナムの送り出し機関より来日前から「妊娠したら帰国しなければならない。」と言われていました。2023年12月頃、体の異変に気がつき、妊娠が判明。現在の交際相手の子どもではなく、来日前に交際していた相手の子どもでした。日本の受け入れ先である監理団体からも「妊娠したら仕事ができなくなるから帰国しなければいけない。」と繰り返し言われていたので、借金を残したまま帰国させられるのが怖く、自分を頼りにしている家族にも、交際相手にも、誰にも妊娠について相談できずにいました。

 2024年2月2日、グエットさんは普段通り出勤しましたが、腹痛で仕事ができずに、午前10時頃に退社します。自転車で帰宅途中、腹痛が酷くなって動けなくなったところに、通りかかった方が声をかけて下さり、家に連れて行ってあげると言われました。来日して半年ほどでほとんど日本語ができないグエットさんは、自宅までの経路を説明できなかったので、説明のしやすい交際相手の自宅まで連れて行ってもらいました。

 交際相手の家に着くと破水したのでトイレに行き、そのまま出産。生まれてきた赤ちゃんを抱きかかえても、顔は真っ青で泣きもせず、反応もせず、息もしていませんでした。グエットさんは失った命に対しての罪悪感や後悔など様々な感情が入り混じり、申し訳ない気持ちでいっぱいで我が子の顔を正視することができませんでした。赤ちゃんをそのままの状態にしておくことはできず、疲労困憊の中、大量の出血に見舞われながら、何度か気を失いながら、赤ちゃんを入れるものを部屋中探し回り、ようやく見つけたのがスーパーのビニール袋でした。赤ちゃんをビニール袋に入れ、持ち手は結ばずに抱きかかえて時々顔を見て泣きながらごめんなさいと謝りました。しかし、体力は限界にきていて、抱きかかえ続けるのがきつく、またベトナムでは遺体を床の上に置くことはタブーとされていることから、しゃがみこんでいたすぐ側にあったゴミ箱のゴミの上に置きました。彼が間もなく帰宅することも考え、現在の交際相手の自宅で前の交際相手との子どもを死産してしまったことを申し訳なく思い、彼に子どもの遺体を見せたくない気持ちもありました。

 夕方、交際相手が帰宅し、血まみれで倒れている彼女の状態を発見し、近くのクリニックへ連れて行き、そこから救急車で別の病院に搬送されました。この病院から警察に通報がなされ、その後、入院中に警察により事情聴取がされました。そして、死産から4日後の2月6日に死体遺棄の容疑で逮捕され、2月27日起訴されました。


私たちの考え
 グエットさんの孤立出産(死産)の背景には、「妊娠がわかったら、帰国しなければならない。」と言われていたことがあります。多額の借金を残し帰国させられることが怖く、そのため周りの誰にも相談できずに孤立出産に追い込まれたものです。また出産後大量の出血で何度か気を失ったこともあり、精神的にも肉体的にも過酷な状態の中でどうしたらよいかわからなったのです。したがって、赤ちゃんの遺体をビニール袋に入れ、死産した部屋のごみ箱に死産から8時間ほど部屋に置いていたことをもって「死体遺棄」として有罪となることはあってはなりません。

 現在日本では約40万人もの技能実習生を受け入れており、その多くは我々日本人の暮らしを支える労働力として活躍しています。しかし一方で彼らは職業選択や居住移転の自由など基本的人権が制限されており、国内外から「現代の奴隷制度」と批判されています。

 特に妊娠や出産という大切なライフイベントでもその自由が認められず、「妊娠がわかったら、帰国しなければならない」と言われている現状は深刻です。更に、この問題は女性の労働権及びリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)を奪うだけでなく、出産や子育ての責任を女性一人に背負わせる日本社会のジェンダー不平等も露呈しています。

 グエットさんが有罪とされることで、技能実習生だけでなく孤立出産し死産した全ての女性が刑事罰の対象にされかねません。そのようなことは絶対にあってはなりません。私たちはグエットさんを無罪とすることを求めます。そして、彼女や同じような境遇に置かれた他の人々に対する社会福祉的支援と保護を強く訴えます。

 今すぐこの請願書に署名してください。

 私たちは同時に以下の5団体による紙ベースでの署名活動も立ち上げています。Change.orgでの署名と紙ベース署名とを合わせて裁判所に提出いたします。重複を避けるために、署名はこのChange.orgか紙ベースのどちらか一方でお願いします。
 
 無罪を求める署名(紙)https://tinyurl.com/mrx45yx4

  ネット署名QRコード

      ↓


署名集約先:ベトナム人技能実習生グエットさんの裁判を支援する会

〒812‐0017
福岡市博多区美野島2‐5‐31 美野島司牧センター気付
電話 090-7450‐9805(井上)
FAX 092‐821-7292
Eメール inoueym21@yahoo.co.jp
 
呼びかけ団体(2024年3月24日現在)
〇アジアに生きる会・ふくおか
〇コムスタカ-外国人と共に生きる会
〇外国人技能実習生権利ネット・北九州
〇社会福音ネットワーク・福岡
〇美野島司牧センター

~グエットさん裁判支援のための寄付のお願い~
グエットさんの支援のため、裁判費用(弁護士費用や実費等)、保釈金、釈放後の就労生活支援等が必要となります。
そのための支援金の寄付を募ります。是非ご賛同いただき下記の口座への送金をお願いします。
 郵便振替 外国人技能実習生権利ネット・北九州 01750-8-84519

 

 

参加しました。「福岡3・30パレスチナ土地の日全国一斉行動」

 3月30日、久しぶりによく晴れた土曜日。告知した通り、この日はパレスチナ「土地の日」ということで、国内各地でパレスチナに連帯するパフォーマンスが行われました。福岡でも、天神PARCO前と旧天神コアビル前で、スタンディングと、この2地点をプラカードやパレスチナ旗を持って横断歩道を行ったり来たりしました。福岡は、このような形で、土地を奪われ、殺されたパレスチナの人々を悼み連帯の意思表示をしました。

 土曜日の天神は相変わらずものすごい人出でしたが、ほとんどの人がこのような行動に関心を持たないように感じました。日本政府がイスラエル支持であり、メディアもSNSで見かけるほど、パレスチナ解放を求める市民の動きを取り上げていないことが影響していますね。この国のメディアはかつての戦争で戦争翼賛会となっていたことを全く反省していません。また同じことを繰り返すのでしょうか。

 参加者が行ったり来たりするので、人数がちゃんと数えられなかったのですが、50人くらいだったかなぁ。久しぶりに会った人から「この前の市民救援会総会に行けなくてすみません」と言われて、「あ、わたしはもう救援会はやめてるんですよ、、」と言わなければならず、ちょっとモヤりましたが、割と古い知り合いに声をかけられました。若い人が多かったな。戦争反対というのは、取り組みやすいのかもしれない。この日のパフォーマンスを提案したのも若い人で、マイクを持って、行動説明や現場の指揮をしていました。行動開始前に、差別や嫌がらせへの注意があるのも最近の若い人たちの行動の特徴ですね。わたしが若かった頃とは違って人権感覚が身についてきていると感じます。行ったり来たりのパフォーマンスは面白かったです。特に、最後は、コア前とパルコ前から交互に大移動しました。プラカードや旗を持って、横断歩道を往復するのって、結構いいかも。 

画像 パルコ前広場。フードを被った人がマイクアピール。前にカメラで撮影する人。右側に赤い涙が点々と描かれた白地の幕。十数人の人たちが、それぞれプラカードやパレスチナ旗を持って立っています。

マイクアピールの人の左奥には横断幕がみえます。遠景で文字は読み取れない。

赤い涙の幕の前で福岡パレスチナの会代表がマイクアピール。

立っている人の手に持ったパレスチナ旗が風になびいています。左に「パレスチナ旗を着ているような子どもの絵。FREE PALESTINE」のプラカードを持つ人。

プラカード「白い鳥のまわりに子どもたちの絵。パレスチナに自由を!すべての子どもたちに未来を」

プラカード「即時停戦 CEASE FIRE NOW」

地面に置かれたプラカードが5枚。「イスラエルに制裁を! SANCTION ISRAEL」「DON'T STOP TALKING ABOUT GAZA」など。

横断幕、プラカードを持って立っている人たち。

パルコ前から旧コア前まで横断をし始めた人たちの後ろ姿。

旧コア前、左側。壁の前、たくさんの人たちがプラカードや横断幕を持って立っています。

旧コア前、上の画像の続き。

旧コア前、スタンディングの右側。

バス停近くの木の前に横断幕を張り、簡易ステージに。ギター弾き語り。

また、パルコ前から旧コア前へ渡っていく人たち。通りすがりの人たちは全然きにしていない。

旧コア前からも、こちら側に歩いてきています。

旧コア前、こちら側から撮った画像。

向こうから歩き始めました。

次々に、パルコ側に到着します。

次々に、パルコ側に到着します。

昨日作ったプラカードです。「だれもころすな!」と赤字で書いて、まわりをギザギザで囲み、さらに周囲を泣く子どもたちの顔で埋めました。


死刑確定者にもっと自由に絵を描かせて下さい。

 福岡拘置所の死刑確定者が起こした色鉛筆訴訟は1審2審とも棄却された。しかし、その後、法務省は色鉛筆使用を復活させたと聞いて、🐺は喜んだが、24色ではなく12色しか認められず、やはり、絵を描くことができなくなっているという記事。
 死刑確定者は、死刑によって罪を償うことが定められている。最も過酷な刑罰だ。「そのとき」への不安、恐怖に襲われながら過ごさなければならない。そんな中でも自分と向き合い、罪と向き合ってほしいと🐺は思う。そのために、死刑確定者であっても、もっと自由に絵を描いたりできるほうが、絶対いい。死刑確定者にもっと自由に絵を描かせてほしい。

 この投稿は、「明日のわたしへ」と「白い狼は犬の見張り番」、二つのブログに同じものを投稿しています。🐺

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色鉛筆を禁じられた「絵画で償う死刑囚」、再び使えるように 色数の半減には不満、表現追い求め
一宮俊介 2024年03月28日 18時44分

法務省が今年1月に訓令を改正し、死刑囚が色鉛筆を再び使えるようになったことが分かった。
被害者への償いとして絵を描いてきたある死刑囚の支援者は今回の動きを歓迎するが、本人に満足した様子はないという。その理由とはーー。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

2020年に「色鉛筆」利用不可に

受刑者が服役する刑務所と、死刑囚や裁判中の被告人らが収容される拘置所では、使用できる物品が法務省の訓令によって細かく定められている。

法務省は2020年、この訓令を改正し、拘置所で鉛筆削りや色鉛筆が使えなくなった。

大きな影響を受けたのが、福岡拘置所に収容されている奥本章寛(あきひろ)死刑囚(36)だった。

絵をやめ精神的に落ち込み

奥本死刑囚は宮崎市内で2010年に家族3人を殺害した事件で死刑判決を受けた。

その後、独学で絵を描くようになり、それをカレンダーなどにして販売し収益の一部を遺族に送ってきた。

しかし、代理人を務める黒原智宏弁護士によると、筆圧の強弱や重ね塗りによって多様な色の表現ができる色鉛筆が使えなくなったことで、奥本死刑囚は絵を描くことをやめ、精神的に落ち込んだ状態になった。

法務省は色鉛筆の代わりにカラーシャープペンシルを使えるようにしたが、すぐに芯が折れるため使い物にならなかったという。

2021年に国を提訴

奥本死刑囚は、拘置所で色鉛筆を使えなくしたことは表現の自由の侵害だとして、2021年に国を相手に訓令の取り消しを求めて東京地裁に提訴した。

奥本死刑囚の訴えは一審、二審とも退けられたが、法務省は2024年1月、再び訓令を改正し、色鉛筆の使用を復活させた。

法務省によると、全国の刑事施設で取り扱っているカラーシャープペンシルのメーカーが生産を終えるという話があったため、鉛筆削りを使わなくても良いタイプの色鉛筆を使えるようにしたという。

ダーマトグラフでは理想の色出せず

黒原弁護士によると、奥本死刑囚が実際に使えるようになったのは「ダーマトグラフ」という、周りのひもをはがしながら使用する色鉛筆だという。

ただ、以前は24色の色鉛筆が使えていたが、今回の訓令改正後は12色のダーマトグラフしか使えず、思い通りの色合いを出せないため、絵を描くことを再開できていないという。

黒原弁護士は「色鉛筆が使えるようになったことは一歩前進で歓迎していますが、描くことは表現なので、本人が使いたいものが与えられるべきです。元通りにしてほしい」と話している。

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