たまに現実世界で魔法が使える話とか

現実世界で狼男や吸血鬼が出る話とか

現実世界にファンタジー要素を入れた作品があるので

現実世界にゴーレムが作れる人がいたら面白そう

と思い作りました

 

 

 

# ゴーレムメイカー

僕は平凡な高校生だ。
成績は下から数えた方が早く、クラスでも目立たない存在。
運動も苦手で、何人かの同級生からは
冷やかしやからかいの対象にされている。

でも、僕には誰にも言えない秘密がある。

ゴーレムが作れるのだ。

土でも石でも、水でも金属でも。触れた物質から、
意のままに動く人型の造形物を生み出せる。
大きさも自由自在。
手のひらサイズから数十メートルまで。
一度、調子に乗って数キロメートル級を作ろうとしたら、
頭が割れるような激痛に襲われて倒れた。
それ以来、大きくても数十メートルまでに留めている。

ゴーレムたちは僕の命令を完璧に実行する。
材質に応じた防御力と、人間離れした腕力を持ち、
自分の身体の一部を弾丸のように射出することもできる。

でも、僕はこの能力を誰にも話していない。
親にも、友達にも。

目立ちたくないから。
異能者だとバレたら、今の生活が壊れる気がするから。

だから密かに楽しんでいた。
夜中、自分の部屋で粘土から
小さなゴーレムを何体も作って遊ぶ。
休日には人気のない山奥へ行き、
木々の影からシャドウゴーレムを生み出して、
まるで映画のワンシーンのような光景を眺める。

それだけで十分だった。

---

帰り道、
横断歩道の手前で信号待ちをしていた時のことだ。

突然、小さな子供が母親の手を振りほどいて
車道へ飛び出した。
ボールが転がって行ったのを追いかけたらしい。

猛スピードで迫る軽トラック。
ブレーキ音。母親の悲鳴。

僕の身体は反射的に動いていた。

足元のマンホールに手を触れる。
一瞬で高さ三メートルほどの
アイアンゴーレムが車道に出現し、
子供を抱え上げて歩道へ戻す。

直後、軽トラックがゴーレムに激突。
フロント部分が大きく潰れ、急停止する。

子供は無傷だった。

騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり始める。
僕はすぐにゴーレムを消して、人混みに紛れた。
運転手は呆然としながらも怪我はないようだった。
警察が来る前に、僕はその場を離れた。

後日のニュースでは
「急ブレーキをかけた際に電柱に衝突した自損事故」
として処理されていた。
誰もゴーレムの存在には気づいていない。

---

それから数週間後、
今度は川沿いの道を歩いていた時だ。

「助けてー!」

子供の声。
川面を見ると、小学生くらいの男の子が
必死に手を振っている。
流れに足を取られたのか、
どんどん下流へ流されていく。

周囲に人はいない。

迷っている暇はなかった。

川の水に指先を浸す。
透明な水のゴーレムが川の中に立ち上がり、
子供を優しくすくい上げて岸辺まで運ぶ。

子供は咳き込みながらも無事だった。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

僕は何も言わず、ただ頷いて立ち去った。

---

そして、あの日。

下校中、商店街を歩いていると、
前方のビルから黒煙が上がっていた。
火災だ。消防車のサイレンが近づいてくる。

野次馬に混じって様子を見ていると、
誰かが叫んだ。

「まだ中に人がいる! 三階に!」

窓から必死に手を振る人影。
煙で顔ははっきり見えないが、女性のようだ。

その時、近くにいた男性がスマホの写真を見せながら
消防隊員に何か話していた。
画面がちらりと見えた。

藤崎さんだ。

僕が半年前から密かに想いを寄せている、
クラスメイトの藤崎美咲さん。

彼女は地元でも有名な資産家の一人娘で、
清楚で上品なお嬢様だ。
でも気取ったところは一切なく、
誰にでも分け隔てなく優しい。
クラスの人気者で、男女問わず慕われている。

僕なんかとは住む世界が違う。

でも、忘れられない日がある。

半年前、
いつものように数人のクラスメイトに
絡まれていた時のことだ。

「ノロマ」「役立たず」と罵られ、
ついには顔を殴られた。
鼻血が出て、僕は廊下にうずくまった。

周りの生徒たちは見て見ぬふり。
当然だ。関わりたくないだろう。

その時、白いハンカチが目の前に差し出された。

「大丈夫? 保健室、行こう」

藤崎さんだった。

優しい声で、
まるで汚れた僕を嫌がる素振りも見せずに。

「あ、いや、大丈夫です」

僕は慌てて立ち上がった。
ハンカチを受け取ることさえ躊躇ったが、
彼女は無理やり僕の手に握らせた。

「血が出てるよ。ちゃんと止めないと」

それだけ言って、
彼女は僕を保健室まで連れて行ってくれた。

後日、洗濯して返そうとしたハンカチを、
彼女は「もういいよ」と笑顔で断った。

あの日から、彼女のことが頭から離れなくなった。

不思議なことに、あの出来事以降、
表立った虐めは減った。
藤崎さんの影響力だろう。
クラスの誰もが彼女を尊重している。
彼女が気にかけた人間を、
露骨に虐めることはしなくなった。

それでも、陰口や冷たい視線は消えない。
からかいも続いている。
でも、少なくとも暴力は減った。

それも全て、彼女のおかげだ。

でも、話しかける勇気なんてない。
僕みたいな人間が彼女に近づいたら、
迷惑をかけるだけだ。
彼女の優しさに甘えるわけにはいかない。

心臓が跳ね上がった。

「消防が来るまで待て」という理性の声が聞こえる。
でも身体は勝手に動いていた。

建物の影に隠れ、近くの工事現場の鉄骨に触れる。
高さ五メートルほどの耐火金属製ゴーレムを生み出す。
建物の裏側から送り込み、
三階の窓を破って侵入させた。

煙の中、ゴーレムは藤崎さんを見つけて抱きかかえる。
窓から飛び降り、地上に降り立つと同時に消防隊が到着。

僕はすぐにゴーレムを消した。

藤崎さんは煙を吸って咳き込んでいたが、
命に別状はなさそうだった。
救急隊員に囲まれる彼女を、
僕は遠くから見守るだけだった。

---

翌日の学校。

藤崎さんは包帯を巻いた手で登校してきた。
教室中が彼女の無事を喜んでいる。

僕は自分の席で、
いつものように一人で窓の外を眺めていた。

「昨日はすごかったんだよ。
鉄の巨人みたいなのが助けてくれて」

藤崎さんが友達に話しているのが聞こえる。

「それ、夢じゃない? 煙吸って」

「ううん、絶対に見た。暖かい金属の腕だった」

僕は小さく微笑んだ。

誰にも気づかれない。
誰にも感謝されない。それでいい。

学校では虐められ、成績も良くない。
友達も少ない。目立たない、平凡な高校生。

でも、僕にもできることがある。

人を助けられる。

それだけで、十分だった。

廊下から藤崎さんの笑い声が聞こえる。
話しかける勇気なんて、僕にはない。

でも、彼女が笑っていてくれるなら。

それだけで、僕は満たされていた。

窓の外、秋の空は高く青かった。

 

B版です

A版は暗い結末でしたが

B版は明るい結末になりました

 

途中までA版とほぼ変わらないので

A版読んだしって方は

四章くらいから読むと楽かもしれません

 

 

# 妖精の指輪

## 一

森の奥で魔石を拾い集めていた時、
俺は甲高い悲鳴を聞いた。

C級冒険者のクロウド・フェリス。
それが俺の名だ。
二十五歳、独身。
パーティーを組まず、
常に一人で依頼をこなしている。

理由は単純だ。人が嫌いだから。
いや、正確には信用できないと言うべきか。
裏切られるくらいなら、
最初から一人でいた方がマシだ。

村の連中は俺を変人扱いする。
まあ、好きにすればいい。

悲鳴の方へ駆けつけると、
三人組の冒険者パーティーが
小さな妖精を追い回していた。
光る羽を持つ、手のひらサイズの生き物。
妖精が討伐対象になったという話は聞いたことがない。
つまり、こいつらは面白半分に虐めているだけだ。

「やめろ」

俺は腰の剣を抜かずに、左手を前に突き出した。

「水よ、流れとなれ——《ウォーターストリーム》」

詠唱と共に放たれた水流が三人を直撃し、
地面に叩きつける。

「な、何しやがる!」

「邪魔すんな!」

怒鳴り声が飛んでくるが、無視する。
もう一度魔法を放つ構えを見せると、
三人は悪態をつきながら森を出て行った。

妖精は俺の肩に止まって、
鈴を転がすような声で言った。

「ありがとう、人間さん。お礼がしたいの。
私と一緒にエルフの国まで来てくれる?」

エルフの国。
伝説の中にしか存在しないと思っていた場所だ。

「……行ってやってもいい」

俺は素っ気なく答えた。

## 二

妖精に導かれて辿り着いたのは、
深い霧に包まれた谷間だった。
霧を抜けると、
そこには信じられない光景が広がっていた。

巨大な樹々が空を覆い、
その幹や枝に建てられた無数の家屋。
透明な橋が空中を結び、
美しい建築物が森と一体化している。

そして、そこに暮らすエルフたちの美しさ。
男も女も、
まるで彫刻のように整った顔立ちをしていた。

「人間の勇者をお連れしました!」

妖精の声に、エルフたちが集まってくる。
人間のはずの俺を、彼らは笑顔で迎えてくれた。
困惑する俺の前に、一人の女性が現れた。

エルフの女王、リリアナ。

長い銀髪、透き通るような白い肌、優しげな翠の瞳。
彼女を見た瞬間、俺は呼吸を忘れた。
心臓が激しく鳴り、頭が真っ白になる。

これが、恋なのか。

二十五年間、
一度も経験したことのない感情だった。

宴が開かれ、エルフたちは俺を歓迎してくれた。
女王自らが隣に座り、話しかけてくれる。
人と話すのが苦手な俺でも、
不思議と彼女とは言葉が続いた。

だが、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

「そろそろお帰りにならないと」

女王の言葉に、胸が締め付けられる。

「……ああ、そうだな」

立ち上がろうとした俺の手を、女王が優しく握った。

「また来てくださいね。でも……」

彼女は少し寂しそうに微笑んだ。

「エルフと人間では、寿命が違いすぎます。
私たちは数百年を生きますが、あなたは……
だから、あまり深く関わらない方が、
お互いのためかもしれません」

その言葉の意味は分かっていた。
だが、認めたくなかった。

別れ際、女王は俺に小さな指輪を手渡した。

「これは特別な指輪です。大切にしてください」

## 三

村に戻っても、女王の顔が頭から離れなかった。

翌日、俺は妖精と出会った森へ向かった。
指輪を見つめ、心の中で願う。

「もう一度、エルフの国へ」

次の瞬間、
景色が歪み、気づけばあの美しい国に立っていた。

「クロウド!」

女王は驚きと喜びの表情で俺を迎えてくれた。

その日から、俺の生活は変わった。
朝起きて、森で指輪に願い、エルフの国へ。
女王と一日を過ごし、夕方に村へ戻る。
そしてまた翌日、同じことを繰り返す。

最初は楽しかった。女王といるだけで幸せだった。

だが、時が経つにつれ、
ある不満が心に芽生え始めた。

女王は優しく、親しげに接してくれる。
だが、それ以上の関係にはならない。
手を握ることはあっても、抱きしめることはない。
頬にキスすることはあっても、
唇を重ねることはない。

一定の距離が、決して縮まらない。

「寿命の違い」という言葉が、
いつも二人の間に横たわっていた。

そんなある日、俺は女王の侍女に声をかけていた。

エリナという名の、若いエルフの娘だ。
女王ほどではないが、
やはり人間離れした美しさを持っている。

「侍女なら、女王よりも立場が低い。
なら、もっと気軽に付き合えるんじゃないか」

そんな浅はかな考えだった。

俺は彼女を森の奥へ誘い出し、
手を握り、無理やり抱き寄せた。

「や、やめてください! 離して!」

エリナが抵抗する。だが俺は——

「クロウド!!」

背後から響いた声に、全身が凍りついた。

振り返ると、そこには女王が立っていた。
その顔には、
これまで一度も見たことのない
激しい怒りが浮かんでいた。

「私を、裏切ったのですね」

「ち、違う、これは——」

「もう、何も言わないでください」

女王の声は冷たく、悲しげだった。

「あなたをエルフの国から永久に追放します。
二度と、この国に足を踏み入れることを許しません」

指輪が熱を帯び、光り輝く。
次の瞬間、俺の体は強制的に森へと転移させられた。

もう一度指輪に願っても、何も起こらない。
指輪はただの金属の輪に戻っていた。

## 四

村へ戻った時、俺は違和感に気づいた。

見慣れた村の景色が、どこか違う。
建物が新しくなっている。
知らない店が並んでいる。

村人に声をかけても、誰も俺を知らない。

「クロウド・フェリス? 
そんな冒険者は聞いたことがないな」

ギルドに行くと、受付嬢に冷たく言われた。

「あなたの登録は見当たりません。
数十年前に失踪扱いで削除されていますね」

数十年……?

自宅だった場所に行くと、
まったく別の家族が住んでいた。

「ここは三十年前に買った家だよ。
前の持ち主? さあ、死んだって聞いたけど」

全てを理解した。

エルフの国では、時間の流れが違っていたのだ。
俺がわずか数ヶ月と思っていた時間は、
人間の世界では数十年だった。

両親も友人も、もういない。
冒険者としての資格も、家も、何もかも失った。

俺の居場所は、どこにもなくなっていた。

夕暮れの森で、俺は無力な指輪を握りしめた。

そして——

指輪が、再び光り始めた。

## 五

気づくと、俺は森の中に立っていた。

手には魔石が数個。
そして目の前では——三人組の冒険者パーティーが、
小さな妖精を追い回していた。

「……戻った?」

理解が追いつかない。
だが、これは間違いなく、あの日だ。
全てが始まった日。

今度こそ、完璧にやろう。
侍女には手を出さない。
女王との距離を無理に縮めようとしない。
誠実に、正直に向き合えばいい。

俺は妖精を助け、エルフの国へ向かった。

女王との再会。宴の席。変わらぬ美しさ。

今度は焦らない。
一歩ずつ、慎重に関係を築いていく。

だが、数ヶ月が過ぎた頃、俺は気づいた。

どれだけ誠実に振る舞っても、
女王との距離は一定以上縮まらない。
それどころか、
彼女の表情には以前よりも深い悲しみが宿っている。

「クロウド」

ある日、女王が静かに言った。

「あなたは、とても良い方です。
だからこそ、これ以上は……」

「寿命の違いか。また、その話か」

俺は苛立ちを隠せなかった。

「違います」

女王は首を振った。

「あなたが変わろうとすればするほど、
あなた自身が苦しんでいるのが見えるのです。
無理をして、自分を偽って……
それは、あなたらしくない」

その言葉に、俺は何も言い返せなかった。

確かに、完璧に振る舞おうとすることが、
重荷になっていた。

結局、俺は再び村へ戻り
——そして、数十年後の世界で目を覚ました。

## 六

三度目。

今度は最初から女王との恋愛を諦め、
友人として接しようとした。
だが、それでも心は彼女を求め続け、
いつしか苦しさに耐えられなくなった。

四度目。

エルフの国に長く滞在しすぎないよう、
訪問の頻度を減らした。
だが、女王は俺が来なくなったことを寂しがり、
また頻繁に来るよう懇願した。
そして俺はまた通い詰め——破滅した。

五度目。

最初から時間の流れの違いを女王に説明しようとした。
だが、彼女は既にそれを知っていた。
知った上で、それでも俺を歓迎してくれていた。
そのことが、かえって俺を苦しめた。

六度目、七度目、八度目——

何度繰り返しても、結末は変わらなかった。

侍女に手を出して追放されるか、
女王との関係に苦しんで自ら離れるか、
または時間の流れに気づかずただ破滅するか。

どのルートを選んでも、
最終的には何もかも失った状態で、
数十年後の村に一人取り残される。

## 七

十二度目のループ。

俺はもう、疲れ果てていた。

森で妖精を助けた後、
エルフの国への誘いを断ろうとした。

「ごめん。俺は行けない」

「どうして?」

妖精が不思議そうに首を傾げる。

「行っても、どうせ……」

言葉が続かない。
何度も繰り返した記憶が、重く心にのしかかる。

「ねえ、人間さん」

妖精が俺の頬に止まって、小さな声で言った。

「もしかして、あなた、覚えているの? 
何度も繰り返していること」

「……お前、知ってたのか」

「ごめんなさい。あの指輪はね、
持ち主が後悔したとき、
もう一度やり直せるようにって
作られたものなの。でも……」

妖精は悲しそうに羽を震わせた。

「どんなにやり直しても、完璧な結末なんてないの。
どの選択にも、必ず代償がある。
それが、生きるということだから」

俺は膝から崩れ落ちた。

「じゃあ、俺はどうすればいいんだ……」

「もう、やり直さないこと」

妖精は優しく言った。

「間違いも、後悔も、全部背負って生きること。
それしか、ないの」

## 八

俺は妖精の誘いを受け、エルフの国へ向かった。

十三度目の、そして最後の旅。

女王との出会い。変わらぬ美しさ。
心を奪われる感覚も、もう何度目かわからない。

だが今度は、完璧を目指さない。
失敗しないよう計算もしない。

ただ、目の前の女王と、
今この瞬間を大切に過ごす。

そして、欲望に負けそうになったとき
——侍女のエリナに声をかけようとしたとき
——俺は自分を止めた。

「すまない、エリナ。
俺は……間違いを犯すところだった」

「クロウド様?」

「俺は女王を愛している。
だから、女王を裏切るようなことはしない」

そう言い切った瞬間、
何かが胸の中で解けた気がした。

女王のもとに戻り、全てを正直に話した。
自分の弱さも、欲望も、
そして彼女への想いも。

「リリアナ。俺は人を信じるのが苦手だ。
裏切られるのが怖くて、ずっと一人で生きてきた」

女王は静かに俺の話を聞いていた。

「でも、あなたと出会って、
初めて誰かを愛することを知った。
それは間違いじゃなかったと思いたい。
たとえ、いつか全てを失うとしても」

女王は微笑んだ。涙を浮かべながら。

「ありがとう、クロウド。
私も、あなたに出会えて幸せでした」

彼女は俺の手を取り、そっと自分の額に当てた。

「たとえ時が流れても、たとえ離れ離れになっても
——この想いだけは、永遠に消えないでしょう」

## 終章

村へ戻った時、やはり数十年の時が経っていた。

家も、資格も、知り合いも、
何もかも失われていた。

それでも、俺の胸には温かいものが残っていた。

後悔はある。間違いもたくさん犯した。
完璧な選択なんて、できなかった。

でも、それでいい。

俺は人を愛した。
裏切りそうになったけれど、
最後には踏みとどまった。

完璧な人生ではないが、後悔だけの人生でもない。

指輪は、もう光らない。ループは終わった。

俺は新しい町へ向かって歩き出した。
失ったものは多いけれど、得たものもある。

人を信じること。

自分の弱さを認めること。

そして、完璧じゃない自分を、
それでも前に進ませること。

空を見上げると、
妖精が微笑んでいる気がした。

「ありがとう」

俺は小さく呟いた。

そして、新しい人生を歩き始めた。

**—了—**








 

浦島太郎をモチーフにした

ファンタジーを考えてみました

同じプロットから内容を変えた

A版とB版の2つ作って

今回のはA版です

 

 

 

# 妖精の指輪

## 一

森の奥で魔石を拾い集めていた時、

俺は甲高い悲鳴を聞いた。

C級冒険者のクロウド・フェリス。

それが俺の名だ。

二十五歳、独身。

パーティーを組まず、常に一人で依頼をこなしている。

理由は単純だ。人が嫌いだから。

いや、正確には信用できないと言うべきか。

裏切られるくらいなら、最初から一人でいた方がマシだ。

村の連中は俺を変人扱いする。まあ、好きにすればいい。

悲鳴の方へ駆けつけると、三人組の冒険者パーティーが

小さな妖精を追い回していた。

光る羽を持つ、手のひらサイズの生き物。

妖精が討伐対象になったという話は聞いたことがない。

つまり、こいつらは面白半分に虐めているだけだ。

「やめろ」

俺は腰の剣を抜かずに、左手を前に突き出した。

「水よ、流れとなれ——《ウォーターストリーム》」

詠唱と共に放たれた水流が三人を直撃し、

地面に叩きつける。

「な、何しやがる!」

「邪魔すんな!」

怒鳴り声が飛んでくるが、無視する。

もう一度魔法を放つ構えを見せると、

三人は悪態をつきながら森を出て行った。

妖精は俺の肩に止まって、鈴を転がすような声で言った。

「ありがとう、人間さん。お礼がしたいの。

私と一緒にエルフの国まで来てくれる?」

エルフの国。

伝説の中にしか存在しないと思っていた場所だ。

「……行ってやってもいい」

俺は素っ気なく答えた。

## 二

妖精に導かれて辿り着いたのは、

深い霧に包まれた谷間だった。

霧を抜けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

巨大な樹々が空を覆い、

その幹や枝に建てられた無数の家屋。

透明な橋が空中を結び、

美しい建築物が森と一体化している。

そして、そこに暮らすエルフたちの美しさ。

男も女も、まるで彫刻のように整った顔立ちをしていた。

「人間の勇者をお連れしました!」

妖精の声に、エルフたちが集まってくる。

人間のはずの俺を、彼らは笑顔で迎えてくれた。

困惑する俺の前に、一人の女性が現れた。

エルフの女王、リリアナ。

長い銀髪、透き通るような白い肌、優しげな翠の瞳。

彼女を見た瞬間、俺は呼吸を忘れた。

心臓が激しく鳴り、頭が真っ白になる。

これが、恋なのか。

二十五年間、一度も経験したことのない感情だった。

宴が開かれ、エルフたちは俺を歓迎してくれた。

女王自らが隣に座り、話しかけてくれる。

人と話すのが苦手な俺でも、

不思議と彼女とは言葉が続いた。

だが、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

「そろそろお帰りにならないと」

女王の言葉に、胸が締め付けられる。

「……ああ、そうだな」

立ち上がろうとした俺の手を、女王が優しく握った。

「また来てくださいね。でも……」

彼女は少し寂しそうに微笑んだ。

「エルフと人間では、寿命が違いすぎます。

私たちは数百年を生きますが、あなたは……

だから、あまり深く関わらない方が、

お互いのためかもしれません」

その言葉の意味は分かっていた。

だが、認めたくなかった。

別れ際、女王は俺に小さな指輪を手渡した。

「これは特別な指輪です。大切にしてください」

## 三

村に戻っても、女王の顔が頭から離れなかった。

翌日、俺は妖精と出会った森へ向かった。

指輪を見つめ、心の中で願う。

「もう一度、エルフの国へ」

次の瞬間、景色が歪み、

気づけばあの美しい国に立っていた。

「クロウド!」

女王は驚きと喜びの表情で俺を迎えてくれた。

その日から、俺の生活は変わった。

朝起きて、森で指輪に願い、エルフの国へ。

女王と一日を過ごし、夕方に村へ戻る。

そしてまた翌日、同じことを繰り返す。

最初は楽しかった。女王といるだけで幸せだった。

だが、時が経つにつれ、ある不満が心に芽生え始めた。

女王は優しく、親しげに接してくれる。

だが、それ以上の関係にはならない。

手を握ることはあっても、抱きしめることはない。

頬にキスすることはあっても、唇を重ねることはない。

一定の距離が、決して縮まらない。

「寿命の違い」という言葉が、

いつも二人の間に横たわっていた。

そんなある日、俺は女王の侍女に声をかけていた。

エリナという名の、若いエルフの娘だ。

女王ほどではないが、

やはり人間離れした美しさを持っている。

「侍女なら、女王よりも立場が低い。

なら、もっと気軽に付き合えるんじゃないか」

そんな浅はかな考えだった。

俺は彼女を森の奥へ誘い出し、

手を握り、無理やり抱き寄せた。

「や、やめてください! 離して!」

エリナが抵抗する。だが俺は——

「クロウド!!」

背後から響いた声に、全身が凍りついた。

振り返ると、そこには女王が立っていた。

その顔には、

これまで一度も見たことのない

激しい怒りが浮かんでいた。

「私を、裏切ったのですね」

「ち、違う、これは——」

「もう、何も言わないでください」

女王の声は冷たく、悲しげだった。

「あなたをエルフの国から永久に追放します。

二度と、この国に足を踏み入れることを許しません」

指輪が熱を帯び、光り輝く。

次の瞬間、俺の体は強制的に森へと転移させられた。

もう一度指輪に願っても、何も起こらない。

指輪はただの金属の輪に戻っていた。

## 四

村へ戻った時、俺は違和感に気づいた。

見慣れた村の景色が、どこか違う。

建物が新しくなっている。

知らない店が並んでいる。

村人に声をかけても、誰も俺を知らない。

「クロウド・フェリス? 

そんな冒険者は聞いたことがないな」

ギルドに行くと、受付嬢に冷たく言われた。

「あなたの登録は見当たりません。

数十年前に失踪扱いで削除されていますね」

数十年……?

自宅だった場所に行くと、まったく別の家族が住んでいた。

「ここは三十年前に買った家だよ。

前の持ち主? さあ、死んだって聞いたけど」

全てを理解した。

エルフの国では、時間の流れが違っていたのだ。

俺がわずか数ヶ月と思っていた時間は、

人間の世界では数十年だった。

両親も友人も、もういない。

冒険者としての資格も、家も、何もかも失った。

俺の居場所は、どこにもなくなっていた。

夕暮れの森で、俺は無力な指輪を握りしめた。

人を信用しなかった男の末路。

一度だけ心を開いた相手を、

自分の愚かさで裏切った男の末路。

これが、俺の受けるべき罰なのだろう。

空を見上げると、妖精の姿が見えた気がした。

だが、それもすぐに消えた。

俺はただ一人、薄暗い森の中に立ち尽くしていた。

**—了—**

昨年末 近所のコンビニが閉店して

「今度はサンドウィッチ店を開くから

また来て下さいね」

と言われていたけど全く開店せず

最近 そこがジムになったので

こんな話を思いつきました 苦笑

 

 

# 居場所

シャッターを下ろす音が、やけに大きく響いた。

三十年間、
この住宅街で営んできたコンビニが、今日で最後だ。
別に感傷的になっているわけじゃない。
ただ、このガラガラという音を聞くのも、
これが最後なんだと思うと、少しだけ胸が詰まった。

「お疲れ様でした」

常連の老夫婦が、最後に花束を持ってきてくれた。
母は涙ぐんでいたが、俺は適当に礼を言って受け取った。

確かに便利な場所ではあったが、
少し歩けばスーパーも大手コンビニもある。
24時間営業でもない我が家のコンビニが
生き残れる時代じゃなくなったのだ。

問題は、閉店後だった。

「サンドウィッチ専門店を開きたいの」

母がそう言い出したのは、最後の客が帰った直後だった。

「コンビニの頃から、
うちの手作りサンドウィッチは好評だったでしょう?
お惣菜も。

あれを本格的にやりたいのよ」

確かに母の作るサンドウィッチは評判だった。
常連客の中には、それ目当てで来る人もいた。

「でも私は、ジムを開きたいの」

妻の由香里が割って入った。

「ジム?トレーナーも必要だし、機材も高いだろう」

俺が口を挟むと、三人の視線が同時に俺に突き刺さった。

母と妻、そして隅でスマホをいじっていた
娘の美咲までもが、冷たい目で俺を見ている。

「お父さんに聞いてないし」

美咲が面倒くさそうに言った。
大学二年生になった娘は、
最近ますます俺を疎ましく思っているようだった。

「そうよ、あんたはどうせ何もしないんだから黙ってて」
母の辛辣な言葉。

俺は口を閉じた。いつものことだ。
この家で俺の意見など、どうせ聞いてもらえない。

「主婦友がたくさん来てくれるから大丈夫。
みんな運動不足で悩んでるもの」

由香里は自信満々だった。確かに彼女には人脈がある。
PTAでも町内会でも中心的な存在だ。

「私はおばあちゃんの方がいいと思う。
おばあちゃんのサンドウィッチ、
本当に美味しいもん」

美咲が母に味方した。
娘は祖母っ子で、いつも母の肩を持つ。

「サンドウィッチ店の方が堅実じゃないか?」
俺がそう言うと、また三人の視線。

「お父さん、うるさい」
美咲が露骨に嫌な顔をした。

「あんたには関係ないでしょ」
母の一言で議論は終わった。

それから数週間、家の中は戦場と化した。
母と妻の言い合いが毎日続いた。
美咲は両者の間を行ったり来たりして、
どちらかというと母寄りの立場を取っていた。
俺はただ黙って見ているしかなかった。
どちらの味方をしても、三人全員から睨まれる。

そんなある日のことだった。

「これ、何?」

仕事から帰ると、由香里が俺のスマホを握りしめていた。

画面には、愛人の亜紀とのメッセージが表示されている。

心臓が止まりそうになった。

「十年以上も?十年以上も私を騙してたの?」

由香里の声は震えていた。
怒りというより、絶望に近い響きがあった。

「由香里、これは...」

「言い訳しないで。全部読んだから」

母が台所から出てきた。美咲も自室から降りてきた。
状況を察したらしく、二人とも険しい顔をしている。

「お父さん、最低」
美咲が吐き捨てるように言った。

娘にそんな目で見られるのは、
母や妻に睨まれるより辛かった。

「あんた、最低ね」

母の言葉が、胸に刺さった。

その夜、由香里は一つの取引を持ちかけてきた。

「離婚はしない。美咲のこともあるし。
でも条件がある。ジムを開くことに賛成して。
あなたからお義母さんを説得して」

「それは...」

「嫌なら離婚よ。慰謝料もたっぷり請求するわ。
美咲の親権も私が取る」

選択の余地はなかった。

翌日、俺は母を説得した。
母は激怒したが、最終的には折れた。
息子の浮気という弱みを握られた母に、
反論する力はなかった。

「あんたのせいよ。
あんたのせいで、私の夢が消えたのよ」

母はそう言って、俺を睨んだ。

「おばあちゃん、かわいそう...」

美咲が母の肩を抱いた。
俺を見る目は、もう完全に軽蔑の色を帯びていた。

「お父さんのせいでこんなことになって。
もう顔も見たくない」

娘の言葉が、一番堪えた。

ジムの準備が始まった。
由香里は生き生きとしていた。
主婦友たちを集めて、オープン前から会員を募り始めた。

母は協力はするが、
由香里とは必要最低限の会話しかしなくなった。
美咲は母を慰めながら、時々ジムの手伝いもしていた。

俺の居場所は、ますます無くなっていった。

家では母から白い目で見られ、
妻からは存在しないかのように扱われる。
娘は俺と目を合わせようともしない。
食事の時も、三人は俺を無視して話し続ける。

「美咲、醤油取って」

俺が声をかけても、娘は聞こえないふりをした。

「聞こえてる?」

「自分で取れば?」

冷たく言い放って、美咲はスマホをいじり続けた。

「まぁ、いいか」

俺は小さく呟いた。

スマホを開いて、亜紀にメッセージを送る。

『今日、会えないか?』

すぐに返信が来た。

『いいよ。待ってる』

俺は上着を羽織って、家を出ようとした。

玄関に手をかけた時、美咲の声が背中に刺さった。

「あ、お父さん」

振り返ると、
娘が階段の上から冷たい目で俺を見下ろしていた。

「私、来年卒業したら結婚するかもしれないから」

「え?」

「彼氏いるの。もう三年付き合ってる。
でも式には来なくていいから」

美咲は淡々と言った。
まるで天気の話でもするかのように。

「美咲...」

「お父さんみたいな人に祝福されたくないし。
来られても恥ずかしいだけ」

娘の言葉が、胸を貫いた。

「お母さんとおばあちゃんだけいればいい。
お父さんは関係ないから」

美咲はそう言い残して、自室に戻っていった。

俺は玄関で立ち尽くした。

誰も俺の行き先を聞かなかった。
聞く気もないのだろう。
居間からは母と妻が何か話す声が聞こえる。
俺がいなくても、この家は回っていく。

娘の結婚式にも呼ばれない。

家族との未来は、もう何も残されていないのだ。

夜の街を歩きながら、俺は思った。

結局、俺にはここしかない。
家にも、コンビニにも、家族との未来にも、
もう俺の居場所はないのだ。

亜紀のマンションに着くと、
彼女はいつものように笑顔で迎えてくれた。

「お疲れ様。大変だったでしょう?」

亜紀は俺の表情を見て、すぐに何かを察したようだった。

「あがって。温かいお茶、入れるね」

部屋に入ると、いつもの落ち着いた空間が広がっていた。

柔らかい照明、心地よい音楽。
家とは違う、穏やかな空気。

「はい、どうぞ」

亜紀が淹れてくれた紅茶を受け取る。
温かいカップが、冷えた手のひらに心地よかった。

「何かあった?話したくなければいいけど」

亜紀は俺の隣に座って、優しく聞いてくれた。
責めるでもなく、詮索するでもなく、
ただ寄り添ってくれる。

「娘に、結婚式に来るなって言われた」

ぽつりと言葉が漏れた。

「そう...辛かったね」

亜紀は静かに俺の手を握ってくれた。
その温もりが、じんわりと胸に広がっていく。

「でも、私はここにいるよ。いつでも」

その言葉が、崩れかけていた何かを支えてくれた。

家では誰も俺を見てくれない。
母も妻も娘も、俺の存在を拒絶している。
未来も過去も、何もかも否定されている。

でも、ここには俺を受け入れてくれる人がいる。

「ありがとう」
俺は小さく呟いた。

亜紀は何も言わずに、ただ優しく微笑んでいた。

ここだけが、俺の居場所なんだ。

家族には未来も過去も否定された。
でも、ここには今がある。
俺を必要としてくれる人がいる。

「疲れたでしょう。休もう?」

亜紀が立ち上がり、俺の手を取った。

寝室に入ると、柔らかな布団の匂いがした。
亜紀は俺の上着を脱がせてくれて、
そっと布団に案内してくれた。

服を脱ぎ、肌を重ねる。

亜紀の柔らかな肌の温もりが、直接伝わってくる。
家では決して感じることのできない、
心からの安らぎ。

「ここにいていいんだよ」
亜紀が囁くように言った。

俺は彼女を抱きしめた。
誰にも否定されない、穏やかな時間。
温もりが、凍えた心を溶かしていく。

外では新しいジムの工事が始まろうとしている。

母と妻と娘は、俺がいなくても前に進んでいく。

でも、もういい。

ここには俺を受け入れてくれる人がいる。
俺の居場所がある。

亜紀の肌の温もりに包まれながら、
俺は久しぶりに心から安らいだ。

この瞬間だけは、幸せだった。

俺には、もうここしかなかった。


 

 

食べ物のお話を作りたいと思った時に

揚げドーナツの記事が目に入り

以前 食べて美味しかった

ちくわサラダを思い出し

ドーナツの中身がポテサラだったら

美味しそうかも?と思い作りました

 

 

# 揚げドーナツの奇跡

油の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
僕は今日も、ドーナツを揚げている。

子供の頃から、ドーナツが何よりも好きだった。
母が作ってくれた素朴な輪っか型のドーナツ。
駅前の小さな店で買ってもらったグレーズドドーナツ。
どれもが、僕にとっては宝物のような記憶だ。

「いつか、自分の店を持ちたい」

その夢を叶えるために、
僕は二十代の大半を海外で過ごした。
ドイツでは伝統的なベルリーナーの作り方を、
イギリスでは紅茶に合うドーナツの研究を、
アメリカでは多様なフレーバーの展開方法を学んだ。
帰国後も日本全国を巡り、
地方の揚げ菓子から着想を得た。

三十二歳の春、
都心の小さな路地に
念願の「ドーナツ・リング」を開店した。

こだわりの材料、海外で学んだ技術、
そして何より愛情を込めて作るドーナツは、
口コミで徐々に広がり、
週末には行列ができるほどになった。
テレビの取材も来た。
雑誌にも載った。

「やっと、夢が叶った」

そう思えた時期があった。

しかし、幸せは長くは続かなかった。

大手チェーン店が次々と新商品を投入し始めた。
一個百円。
コンビニも参入してきた。
三個で二百円。
僕の店のドーナツは一個二百八十円から三百五十円。
味には自信があった。
でも、価格では勝てなかった。

客足は日に日に遠のいた。
週末の行列は消え、
平日の店内には僕一人だけという日も増えた。
固定費は容赦なく毎月出ていく。
貯金は底をつきかけていた。

「もう、無理かもしれない」

閉店後、売れ残ったドーナツを前に、
僕は深いため息をついた。
明日、不動産屋に連絡しよう。
そう決めていた。

扉のベルが鳴った。

「まだ、やってる?」

振り向くと、常連客の佐藤さんが立っていた。
三十代半ばの女性で、
開店当初から週に一度は必ず来てくれる、
数少ない常連の一人だ。

「佐藤さん……閉店時間、過ぎちゃってて」

僕の声は、かすれていた。

「ごめんね、残業で遅くなっちゃって。
でも、どうしてもここのドーナツが食べたくて」

「ありがとうございます」

言葉が続かなかった。
彼女の優しさが、かえって胸に突き刺さる。

「今日の分、お好きなものを……あの、佐藤さん」

「うん?」

「実は……来週で、店を閉めることにしました」

佐藤さんの表情が凍りついた。

「え……」

「申し訳ありません。もう、続けられなくて」

僕は搾り出すように言った。

「大手には価格で勝てない。
味には自信があったんです。
でも、それだけじゃダメでした。
夢だった店なのに、こんな形で終わるなんて」

声が震えた。情けなかった。
でも、もう隠せなかった。

佐藤さんは何も言わず、
売れ残りのドーナツを見つめていた。
その横顔が、ひどく悲しそうに見えた。

重い沈黙が流れた。

どれくらい時間が経っただろう。

「……そっか」

佐藤さんが小さく呟いた。
そして、ふっと顔を上げると、
いつもの明るい笑顔を作った。

「ねえ、最後なら、一つ提案していい?」

「提案……?」

「そう。ダメ元でさ」

彼女は窓の外を見つめながら、
少し懐かしそうに言った。

「私ね、熊本出身なんだけど。
地元に『ちくわサラダ』っていうB級グルメがあるの」

「ちくわサラダ?」

「そう。ちくわの穴にポテトサラダを詰め込んだやつ。
見た目は地味だけど、めちゃくちゃ美味しいの。
甘じょっぱい感じがクセになるんだよね」

佐藤さんは振り返って、僕の目を見た。

「ねえ、中にポテサラ入れてみたら? ドーナツに」

「……ドーナツに、ポテトサラダ?」

「そう。揚げドーナツの中に。
絶対合うと思うんだよね。甘じょっぱい感じ、
ドーナツでもいけるんじゃない?」

その夜、僕は一睡もできなかった。

ドーナツにポテトサラダ。
常識では考えられない組み合わせ。
でも、頭の中で味が勝手に組み立てられていく。
ほんのり甘い生地。ホクホクのポテトサラダ。
きゅうりのシャキシャキした食感。
マヨネーズのコク。

翌朝、僕は厨房にこもった。

何度も試作を重ねた。
生地の甘さを抑えめにする。
ポテトサラダの味付けはしっかりめに。
きゅうりとハムを加えて食感にアクセントを。
揚げ時間を調整して、
中のポテサラが温まりすぎないようにする。

五日後、ついに納得のいく一品が完成した。

「ポテドーナツ」

看板メニューとして、店頭に並べた。
価格は二百円。

最初は誰も手に取らなかった。当然だ。
ドーナツにポテトサラダなんて、
誰も想像したことがないのだから。

でも、佐藤さんが買ってくれた。
そして、その写真をSNSに投稿してくれた。

「#謎の組み合わせ #でも美味しい #ドーナツリング」

その投稿が、じわじわと拡散され始めた。

「え、マジで美味しいらしい」

「騙されたと思って食べてみて」

「新感覚すぎる」

若者たちが、物珍しさで来店するようになった。
そして、一口食べて驚く。

「うわ、マジで美味い」

「甘じょっぱいって、こういうことか」

「これ、ビールに合いそう」

口コミは口コミを呼び、
SNSでの投稿は加速度的に増えていった。
テレビ局からも再び取材の依頼が来た。
今度は情報番組だけでなく、バラエティ番組からも。

三ヶ月後、「ドーナツ・リング」の前には、
かつて以上の行列ができていた。

「ポテドーナツ三つください」

「私も」

「僕も二つ」

注文の声が途切れない。
僕は休む暇もなく、ドーナツを揚げ続けた。
でも、疲れなんて感じなかった。

夕方、行列が落ち着いた頃、佐藤さんが来店した。

「佐藤さん」

僕は彼女に深々と頭を下げた。

「本当に、ありがとうございました。
あの一言がなければ、僕はもう店を畳んでいました」

佐藤さんは柔らかく笑った。

「私は、ただ思いついたことを言っただけよ。
それを形にしたのは、あなた。
諦めなかったあなたの勝利よ」

その夜、
僕は売り切れの札を出しながら、厨房を見渡した。

ドーナツへの愛。それは変わらない。
でも、それだけでは足りなかった。
時代に合わせて変化すること。常識を疑うこと。
そして何より、支えてくれる人の声に耳を傾けること。

揚げ油の残り香の中で、
僕は明日のポテドーナツのことを考えていた。

今度は、明太マヨ味も試してみようか。

外はまだ明るい初夏の空の下、
小さなドーナツ店は、新しい物語を紡ぎ始めていた。


 

今回のお話は今まで載せた中の

フレデリック・D・マクミランが中心のお話

(彼が地球で創設したL'sコーポレーション関連も含め)

その始まりに近い程 古いお話です

今回の経緯があって第五十四弾に続いて

その結果 フレディが生まれます

 

作中ではファンタジー世界っぽいですが

国家は全て惑星国家でメンバーは

宇宙船に乗ってラングバルト帝国に来ています

ラングバルト帝国のみ複数の惑星を支配下にしている

巨大国家になりますので国力が一番大きいので

非常に偉そうです

 

でも無料で使うAIだと短編しか作れないので

その辺は省いています

長く書こうと思えば書けるけど

途中 文字数制限に引っかかり

数時間使えなくなるんですよね~ 苦笑

 

 

 

 

# 魔王Dの封印

ラングバルト帝国郊外のキノー地方に、
Dと呼ばれる魔王が住み着いたのが
いつからか誰も知らなかった。
確実なのは、数年は経っているということだけだ。

かつて豊かな農村地帯だったキノー地方は、
今や地獄と化していた。
空は常に血のように赤く染まり、
大地は腐敗した肉の臭いを放っている。
木々は黒く枯れ果て、
川は黒い血のような液体が流れていた。
住民は全て死に絶え、
その屍は魔物に喰らい尽くされるか、
魔物そのものへと変えられていた。

帝国軍は三度討伐に向かったが、全て失敗に終わった。
第一次討伐軍は全滅。
第二次討伐軍は生還者わずか十名。
第三次討伐軍は半数が死亡し、
生き残った者の多くが発狂した。
多大な損害を出した帝国は、
以降キノー地方を禁足地とした。
誰も近づけない、死の領域として。

第三皇子デイモス・ラングバルトは、野心に燃えていた。
兄たちを退け、次期皇帝になるために、
彼はD討伐を計画した。
軍隊で敵わないなら、強者のみによる
少数精鋭の部隊で挑もう。
彼は名だたる人物たちに要請した。

デイモスの親友で帝国最強剣士と名高い
アルヴェルト・ドライゼ。
帝国貴族の長男だったが家督相続をせずに冒険者となり、
その勇猛果敢な戦い方から
「鬼神」の二つ名を持つブラッドウィン・マクドミラ。

そして、世界最強の魔導師として
頂点に君臨し続けているダミアン・マクシミリアン。

だがダミアンはこの要請を断った。
代わりに二人の弟子を派遣すると言った。

一人は、元々ダミアンに対抗するために
生み出された人造魔導師だったが、
ダミアンに圧倒され虜になり弟子になった
マリア・マルゴー・マクミラン。通称「3M」。

もう一人は、フォークストン王国の王子で
千の術を持つと言われる技巧派の魔導師、
フランクリン・リーフ。

## 地獄への進軍

部隊の指揮を執るのはデイモス自らが行った。

五人がキノー地方に足を踏み入れた瞬間、
異臭が鼻を突いた。
腐肉と硫黄と焼け焦げた血の臭い。

「うっ……」マリアが顔をしかめた。

最初に現れたのは、元人間だった魔物の群れだった。
四つん這いになり、皮膚が裂け、
肉が露出した異形の存在たち。
彼らはかつてキノー地方の住民だった。

「哀れだな」

ブラッドウィンが呟き、巨大な戦斧を振るった。
一撃で三体の魔物が両断される。
アルヴェルトの剣が閃光のように舞い、
次々と魔物を斬り伏せていく。

だが、魔物は次から次へと現れた。

腐敗した巨大な犬のような生物。
人間の頭部を持つ蜘蛛。
翼を持つ腐肉の塊。
空から降り注ぐ酸を吐く飛竜。

「フランクリン、左翼を頼む!」
デイモスが叫ぶ。

「了解です」

フランクリンの手から雷撃が放たれ、
飛竜の群れを焼き尽くす。

マリアは両手を広げ、強大な魔力の波を放った。
周囲百メートルの魔物が一瞬で消し飛ぶ。

「さすがは3M……」
アルヴェルトが感嘆の声を上げる。

だが、進めば進むほど、魔物は強大になっていった。

五人は三日三晩、休むことなく戦い続けた。
これまで帝国軍が進軍できなかった地点を突破した時、
目の前に巨大な城塞が現れた。
骨と肉で出来た、生きた城。

城塞の門からは、より強大な魔物が現れた。

三つの頭を持つ竜。
全身が刃で覆われた巨人。
影そのものが実体化したような悪魔。

ブラッドウィンの戦斧が竜の首を一つ斬り飛ばす。
だが残りの二つの首が彼に噛みつき、鎧を砕いた。

「ぐっ!」

アルヴェルトが即座に竜を斬り伏せ、
ブラッドウィンを救出する。
マリアの治癒魔法がブラッドウィンの傷を癒す。

「ありがとう」

「礼はいい。先を急ぐぞ」

どんどん、どんどん、Dの場所に迫っていく。

そして遂に、城塞の最奥で、Dと対峙した。

## 圧倒的な絶望

Dは人型をしていた。
だがその存在感は異常だった。
ただそこにいるだけで、五人の全身が総毛立つ。

「よく来たな、小僧ども」

Dの声は重く、空気そのものを震わせた。

「かかれ!」デイモスが号令を出す。

アルヴェルトが最初に斬りかかった。
帝国最強の剣士の一撃。
だがDは指一本で剣を受け止めた。

「な……!?」

Dの反撃。
アルヴェルトの身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

ブラッドウィンが鬼神の力を解放し、全力の一撃を放つ。
Dはそれを片手で掴み、握り潰した。
戦斧が粉々に砕け散る。

「馬鹿な……!」

マリアが最大級の攻撃魔法を放つ。
巨大な魔力の奔流がDを包み込む。
だが煙が晴れた時、Dは無傷で立っていた。

「これくらいか?」

フランクリンが千の術を次々と繰り出す。
炎、氷、雷、風、光、闇。
あらゆる属性の魔法がDに降り注ぐ。

だが、Dは笑っていた。

「くすぐったいぞ」

Dが手を一振りすると、フランクリンが吹き飛ばされた。

四人が倒れ、残るはデイモスのみ。

「くそ……くそっ!」

デイモスは震えていた。
恐怖ではない。焦燥だ。
このままでは全滅する。
皇帝になるという野望も、仲間の命も、全てが失われる。

「どうした? それで終わりか?」

Dがゆっくりと近づいてくる。

その時、フランクリンが血を吐きながら立ち上がった。

「待て……方法が……ある」

「フランクリン!」

「Dを……分割するんだ。
五つに分割し、力を低下させた状態で……
それぞれの体内に封印する。それしか……ない」

マリアも立ち上がる。

「できるの? そんなこと……」

「やるしか……ない」

アルヴェルトとブラッドウィンも立ち上がった。
満身創痍だが、彼らの目には諦めはなかった。

「面白い。やってみろ」

Dは余裕の笑みを浮かべていた。

## 封印

五人は最後の力を振り絞った。

フランクリンが分割の術式を展開する。
マリアが莫大な魔力でそれを支える。
アルヴェルトとブラッドウィンがDを抑え込み、
デイモスが封印の呪文を唱える。

激しい戦闘の後、Dの身体に亀裂が走った。

一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。

Dが五分割された。

「今だ!」

五人はそれぞれ分割されたDを己の体内に取り込んだ。
封印の術式が五人の身体を光で包む。

魔王Dは封印された。

## 変化

静寂が訪れた。

五人は荒い息をついていた。

「やった……のか?」ブラッドウィンが呟く。

「ああ……どうにか封印できた」
アルヴェルトが答える。

フランクリンが提案した。

「封印したことを他の人にも分かりやすくするため、
我々は名前に『D』の文字をミドルネームとして
加えるべきだ。封印者であることの証として」

「なるほど。それがいい」
デイモスが頷いた。

こうして五人は名を変えた。

デイモス・D・ラングバルト。
アルヴェルト・D・ドライゼ。
ブラッドウィン・D・マクドミラ。
マリア・D・マルゴー・マクミラン。
フランクリン・D・リーフ。

だが、その時。

デイモスの表情が変わった。

以前とは明らかに違う、
何か冷たく、暗い笑みが浮かんでいた。

「デイモス?」
アルヴェルトが不安そうに声をかける。

「……大丈夫だ」

だが、その声音は微妙に違っていた。

フランクリンとマリアは顔を見合わせた。
嫌な予感がした。

「師匠に報告しましょう。すぐに」

二人はすぐにダミアンの元に戻った。
D封印の件を報告するために。

「師匠、Dの封印に成功しました。
ですが……デイモス殿下の様子がおかしいんです」

ダミアンは二人の報告を聞くと、静かに笑った。

「Dはわしのクローンだから
お前達からしたら弱かっただろう?」

その言葉に、フランクリンとマリアは仰天した。

世界最強の魔導師、
ダミアン・マクシミリアンのクローン。
それがDだったというのか。

ならば、あの圧倒的な力は、
ダミアンの力のほんの一部に過ぎなかったのか。

そして、五人の体内に封印されたものは何なのか。

ダミアンは何を企んでいたのか。

デイモスの中で何が起きているのか。

全ての真実は、まだ明かされていなかった。

---

**了**

 

 

第五十八弾に出てきた

ジョン・リースのその後の話です

移籍するまでにまだまだ

彼にはいろんな話があるのですが

それはまた今度という事で・・・

 

 

灯火の影

第一章

秋の夕暮れ、オットー・コーエンの邸宅の離れで、
ライアン・リースは窓の外を見つめていた。
十五歳の少年の瞳には、
年齢に似合わぬ深い陰影があった。

「ライアン、夕飯だよ」

アルの声が玄関越しに聞こえる。
オットーの一人息子は、父親譲りの優しい性格だが
、学校では標的にされやすかった。
太めの体型、吃音、そしてアニメへの情熱
——虐める側にとっては格好の餌食だった。

「今行く」

ライアンは立ち上がった。
三ヶ月前、窃盗で逮捕された自分を救ってくれた
オットーへの恩は忘れていない。
兄ジョンの消息は今も掴めないが、
ここで生活を立て直し、
いつか必ず見つけ出すと心に決めていた。
母屋に向かう途中、ライアンの携帯が震えた。
クラスメイトのマーカスからだった。

『クレイのこと、聞いた?』

クレイ・ベネット。
明るく人懐っこい少年で、
ライアンが転入してすぐに友人になった一人だ。

『何があった?』

『家出したらしい。もう三日も学校来てない』


第二章


翌日の放課後、
担任のミセス・ハートレーが教室に残っていた
ライアンとアルを呼び止めた。

「クレイのことだけど」

中年の女性教師は安堵の表情を浮かべた。

「NPO法人『灯火の家』に保護されたそうよ。
そこの代表から連絡があったの」

「灯火の家?」
アルが首を傾げた。

「家庭に問題を抱えた子供たちを
一時的に保護する施設よ。
クレイも落ち着いたら学校に戻ってくるでしょう」

しかし一週間が過ぎ、二週間が過ぎても、
クレイは登校しなかった。
ライアンは次第に胸騒ぎを覚え始めた。

「おかしいよ」

ある日の昼休み、ライアンはアルに言った。

「クレイの家、そんなに問題あったか? 
親と仲良さそうだったぞ」

「僕も変だと思ってた」
アルは声を潜めた。

「それに、灯火の家って……」

「知ってるのか?」

「ネットで見たんだ。評判が微妙なんだよ。
保護された子供が音信不通になるケースが
何件かあるって」

ライアンの表情が険しくなった。
施設育ちの自分には、
そういう「善意の仮面」の裏に何があるか、
嫌というほど分かっていた。

同じ頃、街から二十キロ離れた工業地帯の倉庫で、
一人の男がモニターを見つめていた。
ジョン・リース。二十八歳。
筋肉質な体躯に鋭い眼光を持つ男は、
画面に映し出された
灯火の家の監視映像を分析していた。

「ターゲットの動きは?」

インカムから声が響く。
L'sコーポレーション本部の作戦指揮官、
ヴィクター・ローレンスだ。

「キャロライン・ニドーは毎晩十一時に地下施設に入る。

滞在時間は平均二時間。
警備は外部に四名、内部に二名」

ジョンは淡々と報告した。

「だが問題がある」

「何だ?」

「フーラー上院議員の息がかかっている。
警察は動かない。さらに……」

ジョンは画面を切り替えた。

「昨日、新しい子供が施設に入った。
クレイ・ベネット、十五歳」

画面には、クレイの学籍写真が表示されている。

「弟の友人か」
ヴィクターの声に同情の色が滲んだ。

「厄介だな」

「ライアンが動く可能性がある」
ジョンは拳を握りしめた。

「あいつは俺と同じだ。見捨てられない」

「お前が接触するわけにはいかん。作戦が露見する」

「分かっている」

ジョンは画面を消した。
弟の顔を思い出す。三年前、作戦任務で
「戦死」したことになっている自分を、
ライアンは今も探しているはずだ。
だが、真実は告げられない。
SEALsでの最後の作戦——中東での人質救出任務は
成功したが、ジョンは重傷を負った。
公式には遺体未回収の戦死扱い。
だが実際には、L'sコーポレーションに救出され
、秘密工作員として「再誕」していた。
表向きはエイキュー警備保障の社員。
実態は、L'sコーポレーションの
最も闇の深い任務を遂行する存在。

「ライアンを遠くから見守れ」
ヴィクターが命じた。

「だが介入は最小限に。奴に気づかれるな」

「了解」

ジョンはウィンドブレーカーを羽織り、倉庫を出た。
夜の街に溶け込みながら、彼は弟の行動を監視し続ける。
それが、今の自分にできる唯一のことだった。


第三章


聞き込みを始めたのは、その日の放課後だった。
図書室で本を読んでいた生徒、
廊下で掃除をしていた生徒、
部活帰りの上級生。
ライアンとアルは地道に話を聞いて回った。
そして、バスケ部のデヴィンから重要な証言を得た。

「そういえば、クレイがいなくなる二日前、
ウォルター・ジャクソンと揉めてたな」

「ウォルター?」

「ああ。廊下でクレイが何か言って、
ウォルターがいきなりキレてた。
『お前には関係ない』とか叫んでたよ」

ウォルター・ジャクソン。
IQ190、六ヶ国語を操るマルチリンガルの天才。
だが同時に、学校で最も近寄りがたい存在でもあった。
感情の起伏が激しく、些細なことで爆発する。
過去七度の逮捕歴があると噂されていたが、
いずれも証拠不十分で釈放されていた。

「ウォルターも、以前灯火の家にいたらしいぞ」
アルがスマホの画面を見せた。

「地元のニュース記事に名前が出てる。
三年前、両親が事故死した後、一時保護されてたって」

ライアンは深く息を吐いた。
パズルのピースが、ゆっくりと繋がり始めていた。

学校の屋上から、
ジョンは双眼鏡でライアンを観察していた。

弟は成長した。三年前の痩せた少年は、
今や引き締まった体つきになっている。
そして何より、目が変わった。
施設での苦労が、あの目を作ったのだろう。

「ターゲットは動き出した」
ジョンはインカムに囁いた。

「ウォルター・ジャクソンに接触する模様」

「ジャクソンは灯火の家の元被験者だ」
ヴィクターが応じた。

「重要な証人になりうる。
だが、精神的に不安定だ。暴発する可能性がある」

「監視を継続する」

ジョンは双眼鏡を降ろした。
弟よ、お前は俺が想像した以上に強くなった。
だが、この戦いは危険すぎる。
頼む、無茶をするな——


第四章


ウォルターを見つけたのは、学校裏の駐車場だった。
十六歳の少年は車のボンネットに座り、
分厚い数学の専門書を読んでいた。
銀縁の眼鏡の奥の目は鋭く、
近づくライアンとアルに気づくと、本を閉じた。

「何の用だ」

「クレイのことを聞きたい」
ライアンは単刀直入に切り出した。

「いなくなる前、お前と口論してたらしいな」

ウォルターの表情が凍りついた。
「それが?」

「灯火の家のことで、何か知ってるんじゃないか」

瞬間、ウォルターは立ち上がり、
ライアンの胸ぐらを掴んだ。
その力は意外なほど強かった。

「二度とその名前を口にするな」
低い声が震えていた。

「お前らには関係ない。クレイも、俺も、誰も——」

「やめろ!」
アルが叫んだ。

ウォルターはライアンを突き飛ばし、
駐車場を走り去った。
地面に倒れながら、ライアンは確信した。
ウォルターは何かを知っている。
そして、それは恐れるに値する何かだ。

駐車場の影から、ジョンはその一部始終を見ていた。
ウォルターの反応は予想通りだった。
だが、ライアンは諦めないだろう。

「ジャクソンが暴発した」
ジョンは報告した。

「だが、弟は引き下がらない」

「予想通りだ」
ヴィクターは言った。

「ジョン、お前の判断に任せる。必要なら介入しろ。
だが正体は明かすな」

「了解」

ジョンは腰のホルスターを確認した。
グロック19。SEALs時代から愛用している相棒だ。
弟よ、お前が危険に近づくなら、俺が影から守る。
それが、今の俺にできる贖罪だ。


第五章


その夜、
ライアンはオットーの書斎を訪ねた。
弁護士は机の上の書類から目を上げ、
穏やかに微笑んだ。

「どうした? 珍しいな、お前から訪ねてくるなんて」

「灯火の家について、知ってることを教えてほしい」

オットーの表情が変わった。
眼鏡を外し、ゆっくりと息を吐く。

「なぜそれを?」

「友達が保護された。でも戻ってこない」

しばらくの沈黙の後、オットーは重い口を開いた。

「L'sコーポレーションは、
以前その施設を調査したことがある」
彼は言った。

「表向きは健全なNPO法人だ。
だが……内部告発があった。
保護された子供たちが、
適切な同意なしに『心理実験』の対象にされていると」

ライアンの背筋に冷たいものが走った。

「実験?」

「知能開発プログラムと称して、
薬物投与や極度のストレステストが
行われていた可能性がある。
だが証拠は掴めなかった。
施設側は完璧に記録を管理していて、
子供たちも口を閉ざした」

オットーは険しい顔でライアンを見た。

「ウォルター・ジャクソンは、
その生き残りの一人だと考えられている」

「なら、クレイは——」

「今すぐ警察に行くべきだ」
オットーは立ち上がった。

「もし本当にクレイがまだそこにいるなら、
一刻も早く」
だがその時、ライアンの携帯が鳴った。
画面には見知らぬ番号。出ると、
掠れた声が聞こえた。

「ライアン……助けて」

クレイだった。

「どこにいる!」

「分からない……建物の中
……窓がない……痛い、頭が……」

通話は途切れた。

L'sコーポレーション本部の地下作戦室で、
ヴィクター・ローレンスは通信記録を確認していた。
「クレイ・ベネットからライアン・リースへの
発信を確認。位置情報は灯火の家地下施設」

「予想通りだ」
ヴィクターは呟いた。

「ジョン、状況は?」

「コーエン邸で待機中。弟が動き出す」
ジョンの声が返ってきた。

「お前の任務は変わらない。影から支援しろ。
そして……」
ヴィクターは画面に映る施設の見取り図を見つめた。

「必要なら、キャロライン・ニドーを排除しろ」

「了解」

ジョンは暗視ゴーグルを装着した。
長い夜が始まる。


第六章


オットーは即座に警察に連絡を入れた。
だが、返ってきた答えは予想外のものだった。

「申し訳ありません、コーエン弁護士」
電話口の刑事は気まずそうに言った。

「灯火の家への捜査は、上層部から止められています」

「何だと?」
オットーの声が鋭くなった。

「子供の命がかかっているんだぞ」

「分かっています。ですが……
トーマス・フーラー上院議員から
直接圧力がかかっているんです。
灯火の家はフーラー議員が支援している施設で、
バートン大統領とも近い関係にある。
我々の手には負えません」

通話が終わると、オットーは拳で机を叩いた。

「政治の闇か」
彼は苦々しく呟いた。

「じゃあ、クレイは見捨てるのか?」
ライアンが立ち上がった。

「警察が動かないなら、俺が行く」

「待て、ライアン」

「待てない! あいつは俺を友達だと思ってくれた。
施設育ちの、前科持ちの俺を」

ライアンの目には決意の炎が灯っていた。

「見捨てられない」

オットーは長い沈黙の後、深くため息をついた。

「……分かった。だが一人では行かせない。
私も同行する」

「僕も行く」

部屋の入口にアルが立っていた。
盗み聞きしていたらしい。

「クレイは僕の友達でもあるから」

「お前まで……」

オットーは頭を抱えたが、二人の目を見て観念した。

「いいだろう。
だが、これは完全に法を逸脱した行為だ。
何があっても、私が責任を取る」


第七章

準備に二時間を要した。
オットーはL'sコーポレーションの
私設調査員に連絡を取り、
灯火の家の詳細な見取り図を入手した。
元軍人の警備員、マーカス・グレイも
同行を申し出た。

「旦那には世話になってる」
筋骨隆々とした黒人男性は言った。

「子供を救うためなら、喜んで」

そしてもう一人、予想外の人物が現れた。
ウォルター・ジャクソンだった。

「お前……」
ライアンは驚いた。

「俺も行く」
ウォルターは無表情のまま言った。

「あの地獄を知ってるのは俺だけだ。
建物の構造、警備の配置、全部頭に入ってる」

「なぜ協力する?」

「……クレイは、俺に優しくしてくれた」
ウォルターは視線を逸らした。

「馬鹿だと思った。俺みたいなやつに関わるなんて。
でも……あいつは本気だった」

ライアンは頷いた。
「分かった。一緒に行こう」

深夜二時、
一行は灯火の家に向かった。

別の車で、ジョン・リースも
同じ目的地へ向かっていた。
黒いSUVの中で、彼は装備を確認する。
サプレッサー付きのグロック19、予備マガジン三つ、
戦術ナイフ、暗視ゴーグル、そして小型爆薬。

「全ユニット、配置につけ」
ヴィクターの声が響く。

「ジョン、お前は単独行動だ。
弟たちが施設に侵入したら、影から支援しろ。
敵対者は無力化してよし。
だが、弟には姿を見せるな」

「了解」

ジョンは車を降り、森の中を走った。
SEALs時代に叩き込まれた
隠密行動技術が体に染み付いている。
音もなく、影のように。
施設の外周に到着すると、
既にオットーたちの車が見えた。
弟よ、お前は勇敢だ。
だが、この戦場は俺が用意する。
ジョンは施設の屋上へと移動を開始した。


第八章


施設は郊外の森の中にあった。
三階建ての白い建物は、
外から見れば確かに慈善施設に見える。
だが、ウォルターによれば
地下に秘密の実験室があるという。

「正面には警備員が二人。裏口にも一人」
ウォルターは暗闇の中で囁いた。

「地下への入口は東側の非常階段から。
俺がいた時と変わっていなければ」

マーカスが警備員を無力化しようと
動き出した瞬間——

パシュッ。

消音器の音。正面の警備員が膝から崩れ落ちた。
麻酔弾だ。続けてもう一人も倒れる。

「何が……?」

マーカスが警戒した。
だが、誰も姿を見せない。

「気にするな」
オットーは言った。

「味方だ」

ライアンは周囲を見回したが、
射手の姿は見えなかった。
だが、妙な安心感があった。
まるで、誰かが自分たちを守ってくれているような——

一行は建物に侵入した。
廊下は不気味なほど静かだった。
時折、どこかから子供のすすり泣く声が聞こえる。

「急ごう」

オットーが先を促した。
地下への階段を降りようとした時、
内部の警備員二人が現れた。

「侵入者だ!」

だが、彼らが銃を抜く前に——
パシュッ、パシュッ。
二人とも倒れた。今度もまた、見えない射手だ。

「一体誰が……」
アルが震えた声で言った。

「分からない」

ライアンは階段を降り始めた。

「でも、俺たちを助けてくれてる」

屋上から、
ジョンはスコープ越しに弟たちを見守っていた。
狙撃ポジションは完璧だ。
施設内部のほぼ全域をカバーできる。

「ターゲット、地下へ移動」
ジョンは報告した。

「継続しろ」
ヴィクターが応じた。

「キャロライン・ニドーの位置は?」

「地下実験室。もう一人、身元不明の男と一緒だ」

「その男を優先して排除しろ。
キャロラインは生け捕りが望ましい」

「了解」

ジョンはライフルを置き、
施設内部への侵入を開始した。
換気ダクトから内部へ。
SEALsの訓練が活きる。

弟よ、もう少しだ。
お前の戦いを、俺が完遂させる。


第九章


地下への階段を降りると、薬品の匂いが鼻を突いた。
白い壁、蛍光灯、そして並ぶドア。
まるで病院のようだが、どこか歪んでいる。

「この奥だ」

ウォルターが導く。
最奥の部屋の前で、一行は立ち止まった。
ドアには鍵がかかっていたが、
マーカスが工具で開錠する。
そして、ドアを開けた瞬間——
ライアンは息を呑んだ。
薄暗い部屋の中央に、クレイが拘束台に横たわっていた。

頭部には電極が取り付けられ、点滴が腕に刺さっている。

目は閉じられ、顔色は青白い。

「クレイ!」

ライアンは駆け寄り、拘束を外し始めた。
だが、その時——

「侵入者よ! 警備を呼んで!」

女性の声が響いた。
振り返ると、白衣を着た中年女性が立っていた。
灯火の家の代表、キャロライン・ニドーだ。
その隣には、黒いスーツの男がいた。
男の手には拳銃がある。

「動くな!」
男が叫んだ。

マーカスが反応しようとした瞬間——
天井のパネルが外れ、一つの影が落下した。
ジョン・リースだった。
彼は空中で体を捻り、スーツの男の手首を蹴り飛ばした。

銃が床に転がる。
着地と同時に男の顎に肘打ちを叩き込み、
一瞬で無力化した。

「誰だ、お前は!」
キャロラインが叫んだ。

ジョンは答えず、彼女に向かって走った。
キャロラインは悲鳴を上げて逃げ出す。

「待て!」

マーカスが追いかけようとしたが、
ジョンが手を上げて制した。

「追うな」
低く、命令口調の声。

「子供を優先しろ」

そして、ジョンはキャロラインを追って走り去った。
ライアンは呆然とその背中を見つめた。
覆面をしていて顔は見えない。
だが、あの動き、あの声——
どこかで聞いたような——

「ライアン!」
オットーが叫んだ。

「クレイを!」

我に返り、ライアンはクレイを抱き上げた。
少年の体は恐ろしく軽く、呼吸は浅い。

「救急車を!」

一行は急いで建物を脱出した。
外に出ると、既に警備員が数人駆けつけていたが、
全員が既に倒されていた。
そして、森の奥で銃声が響いた。

ジョンはキャロラインを追い詰めていた。
女は必死に走ったが、元SEALsの追跡から
逃れることはできない。
森の奥、崖の手前で、彼女は立ち止まった。

「来ないで!」
キャロラインは叫んだ。

「私には後ろ盾がある! フーラー議員が、
バートン大統領が守ってくれる!」

「もう終わりだ」
ジョンは銃を構えた。

「お前の罪は消えない」

「あなたは誰? どこの工作員?」

ジョンは答えなかった。
ただ、引き金を引こうとした——
その時、キャロラインが懐から何かを取り出した。
発煙筒だ。
紫色の煙が立ち上る。
そして、森の中からヘリコプターの音が近づいてきた。

「逃がすか!」

ジョンは発砲したが、煙幕で視界が遮られる。
ヘリコプターが降下し、ロープが降りてきた。
キャロラインはそれに掴まり、引き上げられていく。

「くそっ!」

ジョンは連射したが、
ヘリコプターは既に高度を上げていた。
そして、闇の中へ消えていった。

「ヴィクター、ターゲットを取り逃がした」ジ
ョンは歯噛みした。

「ヘリで逃走。事前に脱出計画があったようだ」

「構わない」

ヴィクターは冷静だった。

「子供の救出が優先だ。そして……お前の正体は?」

「バレていない」

「よし。撤収しろ」

ジョンは森を駆け抜け、隠しておいたSUVに戻った。
エンジンをかけ、病院へ向かう。
弟よ、お前の友人は助かった。
だが、戦いはまだ終わらない。
キャロラインは逃げた。
そして、この陰謀の黒幕はまだ闇の中だ。


第十章


病院の救急外来は慌ただしかった。
クレイは即座にICUに運ばれた。医師の診断は深刻だった。

「未承認の薬物が大量に投与されています」
若い女性医師は眉をひそめた。

「脳に深刻なダメージがある可能性が高い。
今は意識不明の重体です」

ライアンは壁に拳を叩きつけた。
アルは顔を覆って泣いていた。

「間に合わなかった……」

「いや」
ウォルターが静かに言った。

「もし今夜行かなければ、クレイは確実に死んでいた。
お前らのおかげで、まだ希望はある」

オットーは携帯を取り出した。

「警察には、もう一度圧力をかける。
L'sコーポレーションの総力を挙げて、
フーラー議員の後ろ盾を崩す。
バートン大統領といえども、
児童虐待の証拠の前には無力だ」

「キャロラインは逃げた」
ライアンは言った。

「ヘリで」

「L'sが追跡している」
オットーは言った。

「必ず見つけ出す」

その時、病院のテレビが速報を流した。
『緊急ニュースです。
トーマス・フーラー上院議員が、
児童保護施設への資金提供について疑惑が浮上し、
議会で追及を受けています』

オットーは苦笑した。

「L'sの上層部が動いたようだな。
証拠を議会にリークしたんだ」

画面には、記者に囲まれて
血相を変えるフーラー議員の姿が映し出されていた。

病院の駐車場で、
ジョンは車の中からその様子を見ていた。
弟は無事だ。友人を救った。
だが、代償は大きい。
クレイは意識不明。
そして、キャロラインは逃走した。

「ジョン」
インカムからヴィクターの声。

「お疲れだ。よくや再試行熊続けるった」

「キャロラインの追跡は?」

「衛星で監視している。
ヘリはカナダ国境付近で着陸した。
だが、その後の足取りは掴めていない。
おそらく偽造パスポートで国外逃亡を図るだろう」

ジョンは舌打ちした。

「黒幕は?」

「フーラー議員の背後関係を洗っている。
灯火の家への資金の流れを辿れば、
真の黒幕に辿り着くはずだ」

ヴィクターは少し間を置いた。

「それより、弟は大丈夫か?」

「……ああ」
ジョンは病院の窓を見上げた。

おそらくあの階にライアンがいる。

「怪我はない。精神的にも……強くなった」

「お前に似てきたな」

「それが心配だ」
ジョンは呟いた。

「あいつには、俺みたいな人間になってほしくない」

「だが、もう遅いかもしれないぞ。
今夜、お前の弟は一線を越えた。
法を破り、人を救うために戦った。それは——」

「俺と同じ道だ」

ジョンは拳を握りしめた。

「くそ……」

「自分を責めるな。お前がいなければ、
今夜の作戦は失敗していた。それに……」
ヴィクターの声が優しくなった。

「弟を見守ることができたじゃないか。
それで十分だろう」

ジョンは答えなかった。
ただ、病院の明かりを見つめ続けた。

三日後、
クレイはまだ意識を取り戻していなかった。
ICUのガラス越しに、
ライアンは友人の姿を見つめていた。
生命維持装置に繋がれたクレイは、
まるで眠っているようだった。

「必ず目を覚ますさ」

オットーがライアンの肩に手を置いた。

「医師は回復の可能性があると言っている」

「あの夜、助けてくれた人は誰だったんだろう」
ライアンは呟いた。

「あの動き……まるで軍人みたいだった」

オットーは一瞬、表情を曇らせた。

「L'sコーポレーションには、表に出ない部門がある」

彼は慎重に言葉を選んだ。

「私も詳しくは知らない。
だが、今回のような事態に対処する専門家たちがいる」

「その人たちが、俺たちを助けてくれたのか?」

「おそらくな」
オットーは頷いた。

「だが、彼らのことを詮索するのはやめておけ。
それが彼らへの礼儀だ」

ライアンは納得できない表情だったが、
それ以上は聞かなかった。
その夜、ライアンは病院の屋上にいた。

「ここにいたのか」

振り返ると、ウォルターが立っていた。

「クレイのことを考えてた」
ライアンは言った。

「俺がもっと早く動いていれば……」

「後悔は無意味だ」

ウォルターは隣に立った。

「お前は最善を尽くした。
それ以上は誰にも求められない」

「お前はどうなんだ? あの施設で何をされた?」

ウォルターは長い沈黙の後、口を開いた。

「覚えていることは少ない。薬のせいで記憶が曖昧だ。
だが……痛みは覚えている。恐怖も」

彼は拳を握りしめた。

「彼らは俺を『天才』にしようとした。
IQを上げる薬、記憶力を強化する電気刺激、
睡眠を削っての学習プログラム。
俺のIQ190は……人工的に作られたものだ」

ライアンは息を呑んだ。

「それが、お前の七度の逮捕の理由か?」

「薬の副作用で、感情のコントロールができなくなる。
些細なことで爆発する。暴力衝動が抑えられない」

ウォルターは自嘲的に笑った。
「天才の代償だ」

「でも、今夜お前は来てくれた。
クレイを助けるために」

「……俺にもまだ、
人間らしい部分が残ってるってことかな」

二人は夜空を見上げた。

「まだ終わってない」
ライアンは言った。

「クレイは生きてる。
そして、キャロラインはまだ逃げてる」

「追うのか?」

「ああ」

ライアンの目に決意の光が灯った。

「あいつが野放しなら、また同じことが起きる。
次は止められないかもしれない」

ウォルターは初めて、かすかに笑った。

「なら、手を貸そう。
俺のIQを使う時が来たようだ」

その時、ライアンの携帯に着信があった。
見知らぬ番号だ。

「もしもし?」

「……ライアン」

声は低く、抑揚がない。
だが、その瞬間、ライアンの心臓が跳ね上がった。
この声を、俺は知っている——

「誰だ?」

「今は名乗れない。だが……お前を守っている」

声は続けた。

「キャロライン・ニドーは国外に逃亡した。
だが、必ず捕まえる。
それまで、お前は普通の生活を続けろ。
危険に近づくな」

「待て! お前は誰だ! あの夜、助けてくれたのは——」

「いつか、必ず会える。
その日まで……強く生きろ、ライアン」

通話が切れた。
ライアンは震える手で携帯を握りしめた。
あの声——
兄さん?
まさか——



第十一章

一週間後、
L'sコーポレーション本部の地下作戦室で、
ヴィクター・ローレンスは報告書を読んでいた。

「灯火の家の残存職員は全員逮捕。
保護された子供たちは七名。
全員が回復に向かっている。
ただし、クレイ・ベネットのみ、
依然として意識不明」

「キャロライン・ニドーは?」
ジョンが尋ねた。

「ロンドン経由でスイスに入国したことまでは掴んだ。
だが、その後の足取りは消えている。
おそらく整形手術を受けて顔を変えるだろう」

ヴィクターは画面を切り替えた。

「問題はこちらだ」

画面には、一人の男の写真が映し出された。
五十代半ば、銀髪、鋭い目つき。

「ヴィンセント・ハロウェイ。
元CIA高官、現在は民間軍事会社
『アイアンヴェール』のCEO。
フーラー議員の資金源を辿ったところ、
この男に行き着いた」

「アイアンヴェール……」
ジョンは眉をひそめた。

「中東で問題を起こしてる連中か」

「ああ。表向きは合法的な軍事請負会社だが、
裏では武器密売、人身売買、そして——」

ヴィクターは次の画面を表示した。

「人体実験も行っている」

画面には、世界中の「消えた子供たち」の
リストが表示されていた。
その数、三百人以上。

「灯火の家は、氷山の一角に過ぎない」
ヴィクターは重い口調で言った。

「ハロウェイは世界中に同様の施設を持っている。
彼の目的は、薬物と訓練によって
『超人』を作り出すこと。
高いIQ、強化された身体能力、
感情を持たない完璧な兵士——」

「狂ってる」
ジョンは吐き捨てた。

「だが、需要がある。独裁国家、テロ組織、
そして一部の民主国家さえも、
彼の『商品』を欲している」

ヴィクターはジョンを見た。

「お前の次の任務は、
このハロウェイの組織を壊滅させることだ」

「了解」
ジョンは即答した。

「だが、弟は?」

「引き続き監視を続けろ。
ハロウェイがライアンの存在を知れば、
キャロラインを捕まえるための餌として
狙う可能性がある」

ジョンの目が険しくなった。

「それはさせない」

「分かっている」

ヴィクターは微笑んだ。

「だからこそ、お前に任せる」

第十二章


二週間後、
クレイが目を覚ました。
医師も驚く奇跡的な回復だった。
記憶障害や運動機能の低下もなく、
ほぼ完全に元の状態に戻っていた。

「ライアン……」

病室のベッドで、クレイは弱々しく笑った。

「助けてくれたんだって?」

「当たり前だろ」

ライアンは友人の手を握った。

「お前は俺の友達だ」

「覚えてること、話せるか?」

オットーが優しく尋ねた。
クレイは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。

「家出なんかしてない。
学校の帰り道、車に乗った男に声をかけられた。
『道を教えてほしい』って。
近づいたら、後ろから誰かに羽交い締めにされて
……気づいたら、あの施設にいた」

「それから?」

「白い部屋に閉じ込められた。
毎日、注射と……変な機械を頭に取り付けられた。
痛かった。すごく痛くて、叫んだけど、
誰も助けてくれなくて……」

クレイの目に涙が浮かんだ。

「ある女の人が、いつも来てた。
『あなたは選ばれた子よ』って言ってた」

「キャロライン・ニドーだ」
ウォルターが言った。

クレイは頷いた。

「でも、ある時……違う人が来た。
男の人。すごく怖い目をしてた。
その人が女の人に言ってた。
『バートン大統領のご子息のために、
最高の素材を用意しろ』って」

一同は凍りついた。

「バートン大統領の……息子?」
オットーが聞き返した。

「うん。その人は『アメリカの未来のために、
完璧な補佐官が必要だ。
この子供たちから最も優秀な者を選び、
大統領の息子に仕えさせる』って言ってた」

ライアンとオットーは顔を見合わせた。
これは、想像以上に深い闇だ——

その夜、
ジョンはヴィクターからの緊急召集を受けた。

「クレイ・ベネットの証言を聞いたか?」

「ああ。バートン大統領が関与しているのか?」

「大統領自身かどうかは不明だ。
だが、息子のエドワード・バートンは
確実に絡んでいる」

ヴィクターは画面に若い男の写真を表示した。

「二十五歳、ハーバード大卒、
現在は父親の政治キャンペーンを手伝っている。
次期大統領候補とも目されている」

「そいつが、子供を『素材』として見ていたのか?」

「おそらくな。エドワード・バートンは
幼少期から極度の競争心を持ち、
『完璧』への執着がある。
おそらく、自分を支える『完璧な側近』を
人工的に作り出そうとしたんだろう」

ジョンは拳を握りしめた。

「これは、もはや単なる犯罪組織の話じゃない。
アメリカの政治の中枢が腐っている」

「だからこそ、慎重に動く必要がある。
証拠を集め、一気に叩く。それまでは——」

その時、警報が鳴り響いた。

「何事だ?」

「侵入者です!」
オペレーターが叫んだ。

「エイキュー警備保障の本社ビル、
地下三階で爆発! 武装集団が侵入しています!」

ヴィクターとジョンは走り出した。
廊下で銃声が響く。
黒い戦闘服を着た兵士たちが、
L'sコーポレーションの警備員と交戦していた。

「アイアンヴェールの連中だ!」

ジョンはグロックを抜いた。

「目的は?」

「データベースだ! 灯火の家の証拠を消しに来た!」

ジョンは戦闘態勢に入った。
SEALsのスイッチが入る。
敵は六人。全員が軍事訓練を受けたプロだ。
だが、ジョン・リースはそれ以上だ。
最初の敵に二発。
胸部に命中し、倒れる。
次の敵が反撃してきたが、
ジョンは柱に隠れて回避。
カウンターで頭部を撃ち抜く。
三人目、四人目が同時に襲ってきた。
ジョンは床を転がり、二人の間を抜ける。
振り返りざまに両方に発砲。二人とも倒れた。
残り二人が撤退を始めた。

「逃がすか!」

ジョンは追跡した。
だが、敵は煙幕を投げ、視界を遮る。
煙が晴れた時、彼らの姿は消えていた。

終章

翌日、ライアンは学校でニュースを見た。

『L'sコーポレーション傘下の
エイキュー警備保障本社が武装集団に襲撃されました。
幸い、死者はなく、警備員数名が負傷したのみ——』

「また、何か起きてる……」
ライアンは呟いた。

アルが隣で不安そうに言った。

「父さんの会社だよね。大丈夫かな」

「オットーさんは無事だって連絡があった」
ライアンは言った。

「でも、これは……」

偶然じゃない。
灯火の家、キャロラインの逃亡、
そして今回の襲撃——
全てが繋がっている。
そして、あの夜、俺を救ってくれた謎の男——
ライアンは携帯を見た。
あの着信記録は残っていない。
まるで、最初からなかったかのように。
でも、俺は聞いた。
あの声を。
兄さん……お前は生きてるのか?

その夜、
ジョンは病院の駐車場から、ICUの窓を見上げていた。
クレイは回復した。ライアンも無事だ。
だが、戦いはまだ続く。
アイアンヴェール、ヴィンセント・ハロウェイ、
そしてエドワード・バートン——
この陰謀の全貌を暴き、
全員を裁くまで、俺は戻れない。

「ジョン」
インカムからヴィクターの声。

「次の任務だ。ハロウェイの極東拠点が
フィリピンにある。そこを叩く」

「いつ出発する?」

「明日の朝。準備をしろ」

ジョンはエンジンをかけた。
弟よ、すまない。
もう少しだけ、待っていてくれ。
この闇を晴らしたら——
必ず、お前の前に帰る。
そして、全てを話そう。
俺が生きていること。
お前を、ずっと見守っていたこと。
そして——
お前を、誇りに思っているということを。
車は夜の街に消えていった。
星々は冷たく輝いている。
だが、その下で戦う者たちの心には、
消えない炎が燃えていた。
クレイは目を覚ました。
キャロラインはまだ逃げている。
ハロウェイはまだ暗躍している。
そして、ライアンはまだ、兄の生存を知らない。
だが——
この物語は、まだ終わらない。
真実は、必ず明らかになる。
正義は、必ず勝つ。
そして、兄弟は、必ず再会する。
その日が来るまで——
<続く>

エピローグ
三ヶ月後、ライアンは高校を卒業した。
クレイは完全に回復し、
以前の明るさを取り戻していた。
ウォルターも、少しずつだが
人との関わり方を学んでいた。
アルは、もう虐めに遭うことはなかった
——ライアンとウォルターという
最強の味方がいるのだから。
オットーは、ライアンに大学進学を勧めた。

「お前には才能がある。
法律を学べば、立派な弁護士になれる」

だが、ライアンは首を横に振った。

「俺には、やることがある」

彼は窓の外を見た。

「まだ終わってない。
キャロラインも、黒幕も、捕まってない。
そして……兄さんを探さなきゃいけない」

オットーは深くため息をついた。
「お前は、本当にジョンに似ている」

「え?」

「いや、何でもない」

オットーは微笑んだ。

「分かった。だが、無茶はするな。
お前が死んだら、私が悲しむ」

「約束する」

その夜、ライアンの携帯に再び着信があった。
例の、声だ。

「……ライアン」

「兄さんか?」
ライアンは思わず叫んだ。

「ジョン兄さんなのか?」

長い沈黙。
そして——

「……ああ。俺だ」

ライアンの目から涙が溢れた。

「生きてたのか……どこにいる? 今すぐ会いたい——」

「まだだ」
ジョンの声は優しかった。

「まだ、戻れない。だが……必ず帰る。
全てが終わったら」

「全てって……何をしてるんだ?」

「お前を守るために戦っている。
そして、この世界を少しでも良くするために」
ジョンは言った。

「ライアン、お前は強くなった。俺が誇れる弟だ」

「兄さん……」

「もう少しだけ、待っていてくれ。
そして——強く生きろ。
どんな困難も、乗り越えられる。
お前なら、できる」

「兄さん!」

通話が切れた。
ライアンは携帯を握りしめ、夜空を見上げた。
兄さんは生きている。
そして、どこかで戦っている。
なら、俺も——
俺も戦おう。
この世界の闇と。
そして、いつか——
兄さんと、肩を並べて。
ライアンの目に、新たな決意の炎が灯った。
これは、終わりではない。
新たな始まりだ。

<完>

 

ヒーローものです

でヒーローと言ったら

やはりカブトムシと自分は思います

舞台は米国ですが

アメリカン・ヒーローではなく

がっつり日本風ヒーローです

いつか以前載せた日本の仮面ヒーローと

日米対決させてみたいですね

 

 

# 裏切りとカブトムシ

ジョン・リースは陸軍特殊部隊で
優秀な成績を収めていた。
射撃、格闘、戦術
——どれをとっても一流だった。
だが、上層部は彼を評価しなかった。
理由は些細なものだ。
規律を破る、命令に口答えする、型破りすぎる。
そんな日々が続き、
ジョンの心には徐々に腐敗が広がっていった。

そんな時、かつての教官
クレイ・ブラックバーンが現れた。

「お前の才能を腐らせるには惜しい」

ブラックバーンはジョンを
CIAの特別任務部隊に勧誘した。
その部隊の任務は、秘密裏にアメリカを裏切った
軍人や元軍人を暗殺すること。
法の外で、闇の中で、静かに処理する
——それが彼らの仕事だった。

ジョンにとって、それは天職だった。

---

ある日、緊急招集がかかった。

「新たな裏切り者が出た」

ブリーフィングルームの
スクリーンに二人の男の顔が映し出された。

一人目は元海兵隊武装偵察部隊の狙撃兵、
ボブ・マクレーン。
冷静沈着で、1500メートル先の標的を
一撃で仕留める腕を持つ。

二人目は元特殊部隊出身のフランク・コールマン。
武器の扱いに長け、格闘術は一流。
そして何より、あらゆる乗り物の操縦において
天才的な才能を持っていた。

「彼らは何をした?」ジョンが尋ねた。

「それが分からない。
ただ、彼らは動いている。
そして、何かを企んでいる」

ジョンは二人を追い始めた。

---

追跡は困難を極めた。
ボブとフランクは、
軍で培った技術を駆使して痕跡を消していた。
だが、ジョンもまた一流だった。
わずかな手がかりを繋ぎ合わせ、
彼らの足取りを辿っていく。

そして、ある事実に気づいた。

彼らは誰かを殺そうとしている。

標的の名前はダン・フランシスコ。
23歳の青年で、貧しい家庭に育ち、大学進学を諦めた。
最近まで遺跡発掘のアルバイトをしていた
真面目な若者だ。

なぜ、元特殊部隊の二人がこんな一般人を狙うのか? 
ジョンには理解できなかった。
だが、任務は明確だった。
ボブとフランクを止めること。

---

ボブは高層ビルの屋上にいた。

ジョンは建物の構造を頭に叩き込み、
警備員の目を盗んで侵入した。
屋上のドアをそっと開けると、
ボブが狙撃銃を構えているのが見えた。
スコープ越しに、
彼は遠くのアパートを見つめている。

ダンのアパートだ。

ジョンは息を殺して近づいた。
ボブが引き金に指をかけた瞬間、ジョンは動いた。
一瞬の静寂の後、ボブの体が崩れ落ちた。

「一人目、クリア」

---

次はフランクだ。

ジョンはダンのアパートに急行した。
到着すると、フランクはすでに建物の前にいた。
彼は手に拳銃を持ち、
ダンが出てくるのを待っている。

ジョンは距離を詰めようとした。
だが、その時——

**轟音とともに、
フランクの体が吹き飛ばされた。**

何かが彼を殴り飛ばしたのだ。
フランクは車のフロントガラスに叩きつけられ、
動かなくなった。

ジョンは目を疑った。

そこに立っていたのは、人間ではなかった。

茶色い外骨格に覆われた体。
頭の中央から伸びる、
二本に分かれた巨大な角。
そして、背中には透明な羽根が折り畳まれている。

それは——カブトムシだった。

いや、正確にはカブトムシの姿をした人型の生物。

ジョンの脳裏に、遠い記憶が蘇った。
小学生の頃、日本に留学していた時のことだ。
夏休みに友人と森へ行き、カブトムシを採取した。
その時に見た、茶色く輝く甲虫の姿。

目の前にいるのは、それと同じだった。

---

カブトムシ人間はゆっくりとジョンの方を向いた。
複眼がジョンを捉える。

ジョンは本能的に銃を構えた。
だが、引き金を引く前に、
カブトムシ人間は背中の羽根を広げた。

透明な羽根が高速で振動し、甲高い音を立てる。

そして——飛んだ。

信じられない速度で、
カブトムシ人間は夜空へと舞い上がった。
ビルの屋上を越え、街の灯りの中へ消えていく。

ジョンは呆然とその光景を見つめていた。

---

翌朝、ジョンは報告書の前で頭を抱えていた。

「何と書けば、信じてもらえるんだ?」

標的二名は排除された。
だが、フランクを殺害したのはジョンではない。
それは——茶色くて、角の生えた、
カブトムシのような何かだった。

彼は深くため息をつき、キーボードに指を置いた。

「標的二名、任務完了。
詳細は口頭にて報告します」

報告書を送信し、ジョンは窓の外を見た。
青空の向こうに、
あのカブトムシ人間は
まだどこかを飛んでいるのだろうか。

そして、なぜダンを守ったのか。

答えのない疑問だけが、ジョンの心に残った。

**——終——**

 

 

 

たまにドラマで松任谷由実さんの

楽曲をモチーフにした作品が放映されています

自分も松任谷由実さんの楽曲が好きなので

松任谷由実さんの楽曲で物語を作ってみました

モチーフにしたのは「5cmの向こう岸」です

楽曲では学生カップルなんですが

何か学生でディスコに行くのが微妙に感じたので

まだ若い社会人同士にしました

 

 

# 待宵の月と5cmの距離

会場の隅の席から、
私は祝福の拍手を送っている。

百八十センチの私は、どんな場所でも目立つ。
今日も何人かの視線を感じた。
「あの背の高い人、誰?」
そんな囁きが聞こえるような気がする。
三十五歳になった今でも、
この身長は私についてまわる。

新郎は、昔の彼だった。

幼馴染の元彼。

席に戻ろうとした時、
床に何かが落ちているのが目に入った。
屈んで拾い上げる。
単2の乾電池だった。

手のひらに乗せると、ちょうど5センチ。

5センチ。

その数字が、記憶の扉を開いた。

会社の人たちは私を「しっかりしてる」
「気が強そう」と言う。
でも本当は違う。
私はいつもびくびくしている。
人の顔色を窺い、傷つくことを恐れて、
言いたいことも言えない。
この見た目のせいで、誰もそれに気づいてくれない。

新婦は小柄で可愛らしい女性だった。
彼の肩に頭がちょうど収まるくらいの身長差。
ウェディングドレス姿の彼女は、
まるでお姫様のようだった。

十年以上前、
私と彼が付き合っていた頃のことを思い出す。

当時、二十代前半だった私は、恋愛に夢中だった。
彼の身長は百七十五センチ。
五センチの差なんて、気にならなかった。
最初は。

でも、あの頃は厚底パンプスが流行っていた。
雑誌を開けば、みんなヒールを履いて
おしゃれを楽しんでいた。
私だって、あの可愛いパンプスを履いてみたかった。

でも、それを履いたら
彼より十センチも高くなってしまう。

デートの時、私はいつもぺたんこの靴を選んだ。
おしゃれより、彼との釣り合いの方が
大切だと思っていた。
彼は何も言わなかったけれど、
私は勝手に気を遣っていた。

あの七夕の日。

「パレード、見に行こうよ」

彼に誘われて、街へ出かけた。
笹飾りが並ぶ商店街は人でいっぱいだった。
彩り豊かな短冊が風に揺れて、
夏の夜はどこかロマンチックだった。

「あれ、美咲さん?」

背後から声がして、
振り返ると会社の同僚たちが立っていた。

「デート? 彼氏?」

「えっと、幼馴染で...」

言い訳のような紹介をした私に、
彼は少し寂しそうな顔をした。
気づかないふりをした。

翌週、会社での昼休み。

「ねえねえ、この前の彼、背低くない?」

「美咲さん、ヒール履いたら完全に抜くよね」

「私だったら耐えられないかも」

笑いながら話す同僚たちの言葉が、胸に刺さった。

「気にしないよ、そんなこと」

そう答えたけれど、
心の中では大きな波紋が広がっていった。

それから、私は変わってしまった。

人前で彼と歩く時、少し離れて歩くようになった。
会社の人に会いそうな場所は避けた。
二人で写真を撮ることも、なんとなく嫌になった。

「彼も気にしてるんじゃないか」

そんな疑念が頭から離れなくなった。

ある日曜日、彼が真剣な顔で私に言った。

「美咲、俺が背が低いから、
釣り合わないって思ってるんだろ?」

「そんなこと...」

「もう、別れようか」

彼の声は静かで、でもどこか決意に満ちていた。
それは、私を解放してあげようという、
彼なりの優しさだったのかもしれない。

最後のデート。彼はディスコに連れて行ってくれた。

「暗い気分になりたくないから」

彼はそう言って笑った。

ミラーボールが回転し、色とりどりの光が踊る。
大音量の音楽が、私たちの沈黙を埋めてくれた。

チークタイム。スローな曲が流れ始めた。

彼が手を差し出した。
私たちは踊った。最後だから。

我慢していた涙が、止まらなくなった。
ぽろぽろと頬を伝う涙を、
彼はおでこで感じていたはずだった。
でも、何も言わなかった。
ただ静かに、踊り続けた。

暗闇の中で、
私たちの身長差なんて、誰にも見えなかった。

今、会場のスクリーンには
新郎新婦の写真がスライドショーで映し出されている。
二人で旅行に行った写真。
笑顔で寄り添う写真。

彼は今、自分より背の低い女性と結婚する。
きっと、彼女は何も気にせず
ヒールを履いているだろう。
それでも彼女の方が小さくて、
絵になるカップルなんだろう。

あの時の私は、若かった。

身長差なんて、本当はどうでもよかったはずなのに。
彼も気にしていなかったのに。
勝手に気を遣って、勝手に疑心暗鬼になって、
結局、自分で関係を壊してしまった。

会場に拍手が起こる。ケーキ入刀だ。

私も手を叩く。
大きな手のひらから、小さな音が響く。

不思議なことに、胸の奥に後悔はあるけれど、
それと同時に妙な微笑ましさも感じている。

「幸せになってね」

心の中でそう呟いて、私はまた拍手を続けた。

もう若くない。でも、まだ人生は続いている。

いつか私も、
この身長を気にしない誰かと出会えるだろうか。
いや、この身長を気にしない
自分に、なれるだろうか。

会場を出る時、彼と目が合った。

彼は少し驚いたような顔をして、
それから柔らかく微笑んだ。私も微笑み返した。

さよなら。ありがとう。

そして、ごめんなさい。

夕暮れの空の下、私は一人、駅へと歩いて行く。
ぺたんこの靴を履いた、百八十センチの私。

今度こそ、誰のためでもなく、
自分のために生きてみようと思った。


 

第三弾と同じく桃太郎を元に

考えたお話です

第三弾とは全く違った感じにしましたが

相変わらず主人公サイドは鬼側です

どうも自分は桃太郎って

弱い者虐めにしか見えないんですよねぇ~ 苦笑

 

 

 

# 境界線の向こう側

## 第一章:辺境の冒険者

異世界に転生して五年が経った。

俺、鷹也──前世では高校の弓道部に所属していた
──は、辺境の村で冒険者として生計を立てていた。
最初は右も左もわからず、
ゴブリン退治で死にかけたこともあったが、
前世で培った弓の技術が命を救った。
この世界でも弓は有効な武器だ。
射法八節を応用し、独自の戦闘スタイルを確立して、
五年でA級冒険者まで登り詰めた。

ギルドの仲間たちは俺を「ホークアロー」と呼んだ。
名前そのままだが、悪い気はしない。

「鷹也、また無茶な依頼を受けるつもりか?」

ギルドマスターのグレンが、険しい顔で声をかけてきた。

カウンターに貼られた依頼書
──王国直轄の大樹海に関する調査任務
──を見つめながら、俺は答えた。

「興味があるんです。
オークの里と王国騎士団の戦争、本当なんですか?」

「噂だ。だが、あそこは我々の管轄外だ。
何があっても、ギルドは助けられん」

わかっています、と頷いて、俺は大樹海へ向かった。

## 第二章:隠された真実

大樹海の奥深く。
そこにあったのは、予想外の光景だった。

整然と区画整理された畑。
水車が回る灌漑設備。
木造だが精巧な建築物。
そして──日本語で書かれた看板。

「ようこそ、新天地へ」

心臓が跳ねた。

オークの里、と呼ばれていた場所は、
実は転移してきた日本人たちが築いた村だった。
彼らは元の世界の知識を駆使して、
この異世界で快適な生活を作り上げていた。
しかし、その豊かさが仇となった。
王国がその技術と資源を狙い、
征服しようとしているのだ。

「あんた、冒険者か?」

警戒した目で俺を見る男性。
腰には手製の弓が見えた。
俺も自分の弓を示しながら答えた。

「俺も、元は日本人です。弓道部だった」

「嘘つけ。その顔は完全に異世界人だ」

転生者であることを説明したが、
彼らの目は冷たいままだった。
当然だ。
彼らは異世界で迫害され、
命からがらこの地に逃げてきた。
異世界人の顔をした俺を信用できるはずがない。

村には様々な者がいた。
人間だけでなく、ゴブリンやオークといった
他種族も暮らしていた。
しかし、それを受け入れる者もいれば、
拒絶する者もいた。
同じ日本人でも、考え方はバラバラだった。

「俺は戦えます。
王国と戦う手助けをさせてください」

村長──元は商社マンだったという初老の男性
──は、長い沈黙の後に言った。

「一年、ここで暮らせ。それから判断する」

## 第三章:戦士としての覚醒

一年が過ぎた。

俺は村の装備と戦闘術を学び、
オークの戦士集団「鉄牙団」の一員となった。
彼らの戦い方は理にかなっていた。
日本の武術と異世界の魔法、
そして現代の戦術を融合させた独自のスタイル。

俺は弓兵部隊に配属された。
前世の弓道の技術に、この世界の魔法を組み合わせる。
会、離れの瞬間に魔力を込めれば、
矢は驚異的な威力と精度を持つ。
百メートル先の的を
正確に射抜くことができるようになった。

そして何より、
俺には他の戦士にはない強みがあった。

異世界人の外見。

「鷹也、お前に偵察任務を任せる」

鉄牙団の団長、オーク族のゴルザが言った。

「王国支配下の小都市、リーヴェンに潜入しろ。
敵の動きを探れ」

## 第四章:スラムの抵抗者たち

リーヴェンのスラム街は、
腐臭と絶望に満ちていた。

王国の圧政に苦しむ人々。
不平等な税制。
貴族たちの傲慢。
ここには、王国に不満を持つ者たちが大勢いた。

情報を集めていると、ある夜、路地裏で囲まれた。

「冒険者風情が、こんなところで何してる?」

武器を構える若者たち。
だが、彼らの目には敵意よりも警戒が強かった。

「反王国ゲリラ、か?」

俺の言葉に、彼らは動揺した。

「俺も、王国の敵だ」

## 第五章:それぞれの正義

反王国ゲリラ組織は一枚岩ではなかった。

「赤狼団」は急進派で、貴族の暗殺も辞さない。
「自由の翼」は穏健派で、民衆の啓蒙を重視する。
「鉄鎖の民」は奴隷出身者の集まりで、
復讐に燃えている。

そして、彼らとオーク軍の思想も必ずしも一致しない。

「異種族なんかと手を組めるか!」

「いや、敵の敵は味方だ」

「奴らは人間を食う化け物だぞ!」

激論が交わされる中、俺は必死に調停役を務めた。

最終的に、「自由の翼」のリーダー、
エリアスが手を差し伸べた。

「あんたの話、信じよう。だが、証明してもらう」

「どうやって?」

「王国の牢獄に、俺たちの仲間と、
転移してきた日本人たちが囚われている。
彼らを救出する作戦だ。手を貸してくれ」

## 第六章:救出作戦

月のない夜。

オーク軍の精鋭部隊と、
「自由の翼」のゲリラたちが、
王国の牢獄を取り囲んだ。
俺は偵察員として、内部に潜入していた。
冒険者の装備に身を包み、弓を背負っている。

「警備の配置を確認した。東門が手薄だ」

通信魔道具で報告する。

作戦開始。
魔法による陽動。
混乱に乗じて突入する突撃部隊。
俺は牢獄の奥へと走った。

廊下の角から警備兵が現れる。
咄嗟に弓を構え、魔力を込めた矢を放つ。
音もなく飛んだ矢が、兵士の肩を貫いた。
殺さず、動きを封じる。
これも弓道部で学んだ、
的を正確に射る技術の応用だ。

牢の奥にいたのは、痩せ細り、
絶望に染まった日本人たちだった。

「助けに来た。今から脱出する」

「あんた、誰...?」

「同じ日本人だ。弓道、やってた。信じてくれ」

扉を破壊し、囚人たちを解放する。
ゲリラたちも、仲間を救出していた。

だが、王国軍の増援が迫っていた。

「急げ! 時間がない!」

炎と魔法が交錯する戦場を、俺たちは駆け抜けた。

## 終章:境界線の向こう側

脱出に成功した。

犠牲も出たが、多くの命を救えた。

「ありがとう、鷹也さん」

救出された日本人の一人、
若い女性が涙ながらに言った。

「俺は、この世界で生まれた。でも、魂は日本人だ。
弓道部で学んだ礼儀と技術が、今も俺の中に生きてる。
あんたたちを見捨てることはできない」

エリアスが、俺の肩を叩いた。

「次の作戦も、頼むぜ」

ゴルザが、獰猛な笑みを浮かべた。

「お前は立派な鉄牙団の戦士だ」

境界線は、確かに存在する。

転生者と転移者。
異世界人と日本人。
人間と他種族。
王国派と反王国派。

だが、俺たちは少しずつ、
その境界線を越えつつあった。

完璧な理解は無理かもしれない。
完全な信頼も、すぐには得られないだろう。

それでも、共に戦い、共に生きることはできる。

俺は、この分断された世界で、
橋渡しになろうと決めた。

境界線の向こう側へ。

(終)