第三百六十三弾「 偽りの勇者 ―K2転移録―」

第三百六十四弾「 偽りの勇者 ―K2転移録― その2」

第三百六十五弾「 偽りの勇者 ―K2転移録― その3」

第三百六十六弾「 偽りの勇者 ―K2転移録― その4」

第三百六十七弾「 偽りの勇者 ―K2転移録― その5」

第三百六十八弾「 偽りの勇者 ―K2転移録― その6」

第三百六十九弾「 偽りの勇者 ―K2転移録― その7」

の続きです

 

# 偽りの勇者 ―K2転移録―

## 第二十八章 領主の判断

「領主!」

 街の領主が執務室で書類を検めていると、
慌ただしい足音と共に補佐官が駆け込んできた。

「領内で戦闘が行われています! 
どうやら、あの組織が絡んでいるようで……!」

 息を切らし、額に汗を浮かべた補佐官の言葉に、
しかし領主は顔を上げることなく、
既に手元にあった騎士団からの
報告書に静かに目を通していた。

「慌てるな。もう知っている」

 落ち着き払った声だった。
補佐官はなおも荒い呼吸を整えられずにいた。

「相手は、王国の暗部らしいな。
それでも、ここまで表沙汰になるほどの
騒ぎになっているとは。
組織の強さは、わしの想像を超えていたようだ」

 領主の口調に、動揺の色はなかった。
むしろ、どこか感慨深げでさえあった。

「一部の領民団体が、組織に対する
抗議行動を起こしているようですが……」

 補佐官は、額の汗を拭いながら報告を続けた。

「どうせ、隣国の工作員に扇動された
反国家主義者どもだろう。
まったく、馬鹿な真似を」

 その言葉に、補佐官は困惑を隠せなかった。
何故、それが馬鹿げた行為だと言うのか。
大々的に抗議の声を上げれば、
それは組織を排斥する世論の形成に
繋がるはずではないのか。

「解らんのか」

 領主は、いくらか呆れた様子で続けた。

「だから、文官出身の、
机上の勉強ばかりが得意な世間知らずは困る」

「……と、おっしゃいますと」

「相手はおそらく、王国暗部と魔法師団の選りすぐりだ。

すなわち、王国が誇る最高戦力と言って過言ではない。
人知れず、確実に標的を屠る、暗殺の専門集団だ」

 領主は、報告書に目を落としながら続けた。

「それが、ここまで大っぴらになるほどにしか、
組織を制圧できていない。
それどころか、騎士団からの報告では、
むしろ暗部と魔法師団の方が劣勢だと書いてある。
つまり――王国の最高戦力ですら、
あの組織には通用しないということだ」

 補佐官の顔から、みるみる血の気が引いていった。

「彼らは、暴力の行使に一切の躊躇がない。
抗議している領民団体は、
自分たちが暴力を振るわれることはない
という前提で行動しているのだろうが、
あの組織にとって、人を秘密裏に葬ることなど、
造作もないことだ。
数日中に、その領民団体の何人かが、
領外のどこかで骸となって発見されたとしても、
何ら不思議ではない。
そして、誰もそれを咎めることはできまい。
下手をすれば、
自分自身の命に関わることなのだからな」

 領主は、それだけの危険を正確に理解した上で、
なお冷静さを崩さなかった。
それこそが、彼なりの覚悟の表れなのだろう。

「わしとて、対応次第では、
明日の朝日を拝めるかどうか、定かではない」

 その言葉に、補佐官は震えを抑えられなかった。
だが領主は、その恐怖を押し殺すように、
静かに言葉を継いだ。

「わしの立場としては、
たとえ彼らが反国家主義的な行動を取っていようと、
領民に被害が及ばぬことを、ただ祈るしかない」

 そう口にしながらも、領主の胸中では、
彼らがどうなろうと不思議はない
という冷徹な覚悟が、既に固まっていた。

「取り急ぎ、騎士団には領内の巡回警備を続けさせよ。
ただし、決して戦闘には関与させるな。
見て見ぬふりをさせておけ。
領民の生命が直接の危険に晒された場合のみ、
行動を許可する。
それ以外は、断じて動くな。厳命しておけ」

 補佐官は、深々と一礼すると、
慌ただしく執務室を後にした。
残された領主は、静かに窓の外へと視線を移した。
この街の平穏な日常が、
すぐ隣で繰り広げられている激突の余波を、
どこまで免れられるか。
それだけを、静かに案じていた。

## 第二十九章 晴れた霧

 マリアの頭の中に長く垂れ込めていた霧は、
堰を切ったように、急速に晴れていった。

 これまで思い出そうとしても、
どうしても手が届かなかった記憶の断片が、
次々と鮮明さを取り戻していく。
師の死の真相。
あの夜、自分自身の手が振るった凶刃。
その裏で、巧妙に仕組まれていた恋という名の罠。
すべてが、一つの物語として繋がっていく。

 込み上げてきたのは、耐えがたいほどの後悔だった。
マリアは、その場に膝をついたまま、
声を殺して泣いた。
涙が、次から次へと頬を伝った。

 それを見下ろすK2の表情には、
しかし、労わりよりも先に、
呆れの色が浮かんでいた。

「今、お前がすることは、泣くことなのか」

 その言葉に、マリアは泣き腫らした赤い目を上げた。
目の前に立つ男の外見は、
前世で見慣れた姿とはまるで違っていた。
それでも、その身に纏う魔力の質感には、
間違いなく覚えがあった。

「師匠……」

 震える声で、ようやくそれだけを絞り出した。
懐かしさと、拭い去れない罪悪感と、
押し寄せる後悔が入り混じり、
マリアの思考はぐちゃぐちゃに乱れていた。

「お前は、恋愛に溺れた結果、油断した。
それが、どういう結末を招いたか
――ようやく、思い出したか」

 マリアは、何も言い返せなかった。
かける言葉すら、見つからなかった。

「恋愛を大事にしたいのなら、
ただの一人の娘のままでいればよかった。
力を得れば、それに群がる寄生虫が近づいてくるのは、
当然のことだ。
それに対処できなければ、
自分にとって大切なものを失うのは、
火を見るよりも明らかだ。
欲望は、自身を高めると同時に、自身を貶める」

 それは、かつて師であった頃のK2が、
マリアに幾度となく説いてきた言葉だった。
それでも当時のマリアは、自らの欲望に
――誰かに愛されたいという、ごくありふれた願いに
――抗うことができなかった。

 K2は、無言のまま、
一つのペンダントをマリアの足元へと投げた。
マリアはそれを拾い上げ、
戸惑いながらK2を見つめた。

「洗脳阻害の魔道具だ。
誰にも鑑定できないよう細工してある。
ただのアクセサリにしか見えないはずだ」

 どこか気恥ずかしさを隠すように、
K2はマリアから顔を背けながらそう言った。

「今日のところは見逃してやる。
部下を連れて、王都に帰れ。
暗部の方は、一人を残して片付けておく」

 それだけを言い残すと、
K2は踵を返し、夕闇の中へと歩き去っていった。

 マリアは、その後ろ姿が完全に見えなくなるまで、
その場に立ち尽くしたまま、じっと見つめ続けていた。
手の中のペンダントを、
痛いほどに強く握りしめながら。

――以降、続く