『論理トレーニング』第Ⅰ部 議論の流れ
インフルエンザで1週間休んだ後は、仕事の”負債”を返す日々。こういう時は、なんだか何もかもが後手後手にまわっているようで(ようで、っていうか、後手後手にまわっているんですけど)、せっかちな私は落ち着きません。が、それもよう~やく、出口の薄明かりが見えてきました。今日一日はあまり予定を入れなくてすんだので、がっちり書類仕事が出来れば、もう少し出口に近づけるはず勉強の方もはかどっていません。こちらは、インフルエンザ後の副鼻腔炎のせいで、頭痛がひどく、勉強する、というところまで、身体がついていきませんでした。でも、それもようやく軽快に向かっている感じ。まだ頭は痛く、声は変なのですが、多少ましになってきたかな。勉強できない分、あれこれ本は読めたので、そこは楽しかった。この間読んだ本は、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』(やっと読んだ。感想は後で書きます。)、『英仏文学戦記』(再読)、工藤庸子さんの『フランス恋愛小説論』、そして、今途中まで読んだのは、石井洋二郎さんの『美の探索 生きられた時空への旅』です。偶然にも、オースティン以外は、東大の先生の著作が続きました。この石井洋二郎さんの本も面白いので、また今度記事に書きたいなあと思います。さて、今日は、時間がたってしまったのですが、野矢茂樹さんの『論理トレーニング』の続き。ちょっとレポート書きをお休みして、そもそも論理的に文章を書く、という練習をしよう!と思い立って、始めたのが、この『論理トレーニング』。問題を解いていく形式なので、練習になります。論理トレーニング (哲学教科書シリーズ)/産業図書 ¥2,520 Amazon.co.jp 中身は、12章から成っているのですが、これがちょうど、大学の半年の講義(12回)にあたる、ことを想定して作られたとのこと。この12章は、大きく分けると、4つの部分に分かれます。その4つのうちの、まずは1つ目。第Ⅰ部では、ある程度まとまりのある議論について、特に接続関係と指示関係に注意しながら分析するトレーニングを行います。まだ、扱う議論の量は少なく、せいぜい数パラグラフ程度。これを、文と文がどういうふうに接続されているのか、ということと、「それ」とか「その」という指示語は何を指しているのか、という点に注目しながら、分析する練習です。接続には、順接と逆説、の二つがあります。「そして」とか、「つまり」とか、そういうふうに、文章を前へ前へと進めていく装置と、「しかし」とか、「ただし」といって、文章に変化をつける装置に目をつけて、この文章全体が、どういう構造で、何を言いたいのか、を掴む練習をする、というわけですね。「そして」とか、「しかし」とか、簡単じゃない?と思いませんか?私は思いました。しかし、実際やってみると、難し~いあり得ないというほど、練習問題が解けません。たぶんこれ、大学受験のセンター試験で、いわゆる難関大学に受かるために、現代文の対策もしっかりやった、という人なら、大丈夫だと思うんです。(野矢先生も本の中で、こういうトレーニングに似たものは、今の日本だと、大学入試の参考書にしかないと言っています。)でも、センター試験を受けた人でも、現代文はあまり勉強せず、なんとなく点数を取ったよ~、という私のような人間は、歯が立たない。なんとなく、ではなく、理屈として、しっかり議論の枠組みを掴む、という練習をやってこなかった、ああ、18歳の時の私は馬鹿だった・・・。でも野矢先生についていけば、すこしはましになれるんじゃないかという希望も持てます。また続きをやったら、記事を書きます。