今日の労働判例

【エイチ・エス債権回収事件】(東京地裁R3.2.18労判1303.86)

 

 この事案は、大手金融機関(X退職時の社員数1万人弱)で定年退職までの10年間監査業務にかかわっていた従業員Xが、定年退職後に監査業務担当として、債権回収会社Y(X勤務時の従業員数50~60人)に、66歳で雇用されたものの、(70歳以降も勤務していた従業員がいるにもかかわらず)69歳で更新拒絶されたため、更新拒絶が無効であるとして、従業員の地位にあることなどを求めた事案です。

 裁判所は、Xの請求を否定しました。

 

1.更新の期待と更新拒絶の合理性

 裁判所は、労契法19条の構造に沿って判断しています。

 すなわち、①更新の期待があるとしたうえで、②更新拒絶の合理性がある、という2段階の判断をしています。

 このうち①では、監査業務は臨時的でなく常用性があり、70歳を超えて働いている従業員もいることなどを理由に、更新の期待がある、と評価しました。しかし同時に、この更新の期待は大きいものではなく、「強度な期待」はない、としました。更新の期待は、有るか無いか、という二者択一の問題ではなく、程度の問題である、とした点が注目されます。

 次に②では、Xの態度の悪さによるコミュニケーション上の問題(苦情や業務遅延)が継続していて、何度も改善を指示されていたことや、監督官庁である法務省から監査の遅延が指摘されていたが、その原因は主にX側にあったこと、を大きな理由として、更新拒絶の合理性を認めました。

 ②で指摘された内容だけでも、十分合理性があるようにも見えますが、①との関係で、会社側から見た場合のハードルが下がっているようですので、①と②のバランスに関する実例として、実務上参考になります(判決文をぜひ実際にご覧ください)。

 具体的には、例えば実際の業務を通したトラブルや損失について、社内で揉めていた、といういくつかのエピソードはありますが、法務省から問題を指摘された、という点が、会社経営上の実際の損害・悪影響と言えるでしょう。けれども、最近の裁判例の傾向を見れば、会社業務への損害や悪影響は、実際に行政指導を受けたか、あるいは実際に契約者の解約が増えて損害が発生したか、等のようなより具体的で深刻なものが要求される可能性があると思います。具体的で現実的な影響と、その影響が相当程度大きいことが必要、という裁判例の傾向がもしあるとすれば、この裁判例は、②に関してそこまでのレベルの「合理性」を要求していない、なぜなら①のレベルが低いから、という整理ができるかもしれないのです。

 

2.実務上のポイント

 ②の合理性の問題は、例えば解雇の合理性(労契法16条)や、人事処分の合理性(人事権の濫用)の問題と共通する問題です。すなわち、合理性を認めるために、どのレベルの合理性が求められるのか、その一要素である会社側の不利益に関し、どこまで具体的で現実的でなければならないのか、という問題に共通するポイントです。

 上記のように、具体性が低くても、この合理性を認めた事案である、という整理も可能でしょうが、逆に、①のレベルが低いことが前提だから、具体性がなくてもよい、という判断は、一般化することができない、という整理も可能です。

 会社の人事権行使の合理性の判断は、その判断枠組み(ルール)も、事実認定やその評価についても、事案ごとに異なる多様な問題であり、なかなか一般化することができない問題領域ですが、更新の期待との関係性、という点が、今後議論していくうえで、ヒントになるのではないか、と思われますが、どう感じますか?