今日の労働判例

【医療法人社団Bテラスほか事件】(東京高裁R5.10.25労判1303.39)

 

 この事案は、女性歯科医師Y2が経営する歯科医院Y1に勤務する女性歯科医師Xが、産休・育休の前後にパワハラを受けた、などとして損害賠償などを求めた事案です。

 1審・2審いずれも、請求の一部を認めました。

 

1.パワハラ該当性

 Xがパワハラと主張するエピソードは、72にも上りますが、裁判所がパワハラ(厳密には、労働施策法30条の2の「業務上の必要」の欠如や、「就業環境を害する」への該当)と認めたのは、1審が4つ(損害賠償金額合計約160万円)に対し、2審が5つ(損害賠償金額合計22万円)です。

 大多数のエピソードについて、パワハラ該当性が否定されましたが、その典型的なものには、①Y1のXを侮辱する言動などがそもそもなかった、という判断がされたもの、②Y1がXに良かれとした言動(言動はあったが、パワハラに該当しない)、③Xの診療担当患者を変えるなどの業務内容の指定や変更(Y2の現場では業務の配点がY2の権限とされている)、に整理できるでしょう。③については、より医師の独立性が高く、それぞれの医師と患者の関係が近かったり、診療した回数や負担に応じて報酬が決まったりするような場合には、評価が異なるかもしれません。

 ①②については、同様にY1に反感を抱いていた者の報告が証拠として提出されている部分もありますが、そのような証拠がカバーしていないエピソードも含め、多くに共通するのは、Y1の言動をXが悪意に受け止めていた、という点です。セクハラも含め、ハラスメントの成否につき、被害従業員が苦痛を感じればそれでハラスメントが成立する(主観説)のではなく、客観的な観点から判断されますが、このような判断基準が、これらの判断につながっているように思われます。

 他方、パワハラを認定したのは、Xに無断で診療予約の予約内容や予約時間を変更し、予約を入りにくくしたエピソード(4つ)と、Xのいない場でY1がXの悪口を言ったというエピソード(1つ)です。

 予約を入れにくくすることは、経済的観点からみると、Xに損害を与えることになるのかどうか、よくわかりません。上記③のように、診療した患者の人数等で報酬が決まらないようだからです。けれども、自分のスケジュールが勝手に変更されたり、(そのため)仕事を干されたりすることが、プライドなどを傷つけるでしょうから、そのような意味で、パワハラを認定したのでしょうか。

 また、直接本人に対して悪口を言っていないので、直接の侮辱などに該当せず、したがって直接本人の感情などを害したとは言えませんが、代表者が特定の従業員の悪口を言うことは、気まずい雰囲気を作り出したり、本人に対する悪感情を生み出させたりして、働きにくい環境を作る、という意味でパワハラを認定したのでしょうか。

 このように、パワハラを認定した部分を見ると、直接的な攻撃でなくてもハラスメントが認定される場合がある、という事例として、参考になるように思われます。

 

2.実務上のポイント

 2審段階ではY1が代表者を退任していますが、Xは依然として出社していません。この間、Y2は賃金支払義務があるのかどうかも、論点となっています。

 1審は、パワハラの加害者Y1が代表者であることなどを理由に、民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」に該当するとして、支払義務を認めました。これに対して2審は、代表者退任後は、働きにくい職場環境になっていた原因はXの側にもあること、等を指摘して、支払義務を否定しました。

 「債権者の責めに帰すべき事由」という単語を素直にみれば、債務者(X)の側の事情を考慮すべきでないようにも見えますが、特に2審がこの点を考慮しているところが、536条2項の解釈に関し、非常に注目すべきポイントです。

 民法536条2項の意味については、労基法26条との関係も考慮しなければなりませんが、この点により踏み込んだ判断を示した「バイボックス・ジャパン事件」(東京地判R3.12.23労判1270.48読本2023年版57)も参考にしてください。