来年の春には仕事をやめることを決意して
親に表明することで意識を高めようと思った


久しぶりの電話に上機嫌の母

あたしの明るい将来を考えて楽しそうに話す母

まず、そんな母の声を聞いて考え直すべきだったのかもしれない



しかし、あたしは止まらず決意を言い出す

もちろん母は反対


父は

「貯金はあるのか、
 金はあるのか」

と言う。


あたしは泣いた


いろいろな仕事の経験から教養を得た父をどこかで尊敬していた

だからこそ父だけでも安定したお金を捨ててでも経験を求めるあたしを理解してくれると思っていた

「なんで今お金の話をするの?
お金より大切なものってあるんじゃないの?」

口から出そうになった言葉を抑えて泣いた


そうだった
お金だ
世の中金だった

よくわかっているはずだったのに
なに浮かれてたんだよ

ただ親に不安と心配を募らせただけじゃないか


何のために働くか?あんなに考えた

アホらしい

目的は金だろ

ただあたしが働くとこ、頑張ってるとこ見せることで
親食わせれんのかよ

金なきゃ何も始まらない

      
資格が自分のやりたいことじゃないと嘆いた日々も馬鹿らしい

やりたいとかじゃない
この資格は金を手に入れるための唯一の武器だ
今はそれしかないんだ、使う外ないだろ
他に武器を手に入れたならまた戦い方を考えればいい


そう思ったら
もやが晴れた


あたしは働いて金をもらう


















今ここで働いている意味がわからなくなった

2年間自分でバイトして稼いで得た資格を無駄にしないようにとついた仕事

お金を貰って罪悪感を感じて

上司との仕事に対する気持ちの差を感じて

やりがいを見いだせなくて

おばさんの噂話に相づち打って笑って

どっかで沸いていた感情をごまかして1年半働いた

たかが1年半

それでも1年半あっという間に過ぎてしまった


友人の言葉をきっかけに自分のこの先を考えたら

職場に向かうときも
仕事中も
帰り道も
ひたすら泣いた


きっと誰もが仕事を辞めたいという壁にぶつかるのだろう

それでも時間が経つとまた普通に仕事をするではないだろうか

自分もきっとほっとけばそうなるんだろう

でもそんな人々に埋もれたくないんだ

なんとなくごまかして生きるのが嫌なんだ



親の面倒はみたいし
親に楽な生活をさせてあげるくらい稼ぎたい

だから、親のために働くのか?


自分は傷ついても転んでもいい
成長できるなら
何か人より多くのもの得られるなら
淡々と過ぎる生活を飛び出して
興味にしがみついて生きたい

では、ひたすら自分のために働くということなのか?




考えれば考えるほど

今の仕事に意味を見いだせず

また逆に不安や家族の顔が浮かぶ














友達から教えてもらった

片づけとは
ときめくものだけを周りに置くこと

だってさ
本読んだ結果そうなんだって


なんかおもしろしろかったので
まずはケータイから始めてみた


そしたら友達のブログ全部消えた


よく考えたら他人の日常生活にときめきは感じないみたいだ



よかったかもしれない
あると読んで勝手に解釈して
イライラしたり
落ち込んだりする
めんどくさい性格のあたしに適した片づけができたんじゃないか




ところで、また人は言う

「わかってることを言われると傷つく」って

「正論は人を傷つける」

と似てる気がする
なんでなんだろう

この文で言うといつも傷付ける側のあたしはなかなか理解できない

理解できたらもっと人に優しく接することができる気がする