ノエル――フォア・ハンズ 4 | 菅原初代オフィシャルブログ「魔女菅原のブログ」

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些細なミスをついて襲い掛かってくる、ピラニアたち。
喰いつかれないように、隙を見せないように、その緊張を誰にも知られないように、
私は身をかわし続けていた。


 私は誰もいない音楽室で、ピアノの前に立っていた。
ノエルのあの弾き方は、私がイメージしていたものだった。
疾走する指先。落雷のようなフォルテ、フォルテシモ。


踏みつけられた手袋の悪夢が私を縛りつけていた。

ピアノの上に、両手を置いてみたが、音を出すことが恐ろしかった。
音を出した瞬間、喰らいつくピラニアの群れのイメージ。


 唐突に音が響く。いつのまにかノエルがピアノに向かっている。
合唱コンクールが迫っているのだから、練習をしにきたのだろう、
そう思っていると、コンクールの課題曲でも自由曲でもない、
聞き覚えのあるクラシックの小品を奏でている。


疾走する白い指のスピードに、私は眩暈を覚える。
その曲は雪のなかに引きちぎられて舞っていた、あの楽譜だった。


 ノエルは私の存在に無関心だ。赤茶けた海藻のような髪は、
御簾のように垂れ下がっている。だから――と私は、鍵盤に指を置いてみる。
ノエルは弾きつづける。私は指を鍵盤の上に広げて、ついに音を出してみる。


三年ぶりのピアノの鍵盤は、氷のようだった。
その冷たさ、固さ。ぎこちない音を一つ出した途端、ノエルの音が止まる。
こちらをちらと見て、微笑んだような気がするが、音をついに出せたという昂奮が私を包み、
次の音を指が探しあてている。音が連なる。音の連なりが、一つの調べになり、
ノエルが挑発するように、スピードをあげる。


猛烈な疾走が始まった。


凍えたような私の指を嘲笑うように、近づいては遠のくノエルの指、
音の追撃。奇妙な連弾はどれだけつづいたのだろうか。
音が完全に揃った瞬間、ノエルがこちらをみて笑ったようだった。


――ノエルが笑った顔が誰かに似ているということに気がついたのは、だいぶ経ってからだった。