こんにちは。
不妊カウンセラーの ほりたたかこ です。
新聞記事から思ったことなんですけど、
記事自体は不妊関連のものではないし、記事についてのことではなくそこから考えたことなので
ブログで書いてみます。
きっかけになった記事はこれ。
●高校家庭科「生活設計」重視へ
~なぜ結婚、どんな子育て 少子高齢化対応 授業先行の県も~
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13443177.html?rm=150
結婚のメリットとデメリットを考えた後、自分は結婚したいかどうかを生徒同士で話し合う。
~中略~
「生き方が多様になった今だからこそ、どう生きるのかを考えてもらう意味がある」
「生徒自身が大事にしたい価値観を見つけ出し、人生を切り開く。」
結婚や子育てを高校の授業で考える。
それは、不妊カウンセリングや講演などで私が投げかけている
「なぜ、子どもが欲しいか」について考えてみてください、ということにも似ていると感じました。
以前、Fineの活動でメディアから取材をうけたときに聞かれたのです。
「なぜ、子どもが欲しいと思ったのですか?」
みんなが子どもを生むから、結婚したら自然にできるものだと思っていたから
だからほしいと思った。
小学校、中学校の次は高校生になるというくらい、自分の人生の先に当たり前のようにあるものだと思いってました。
だから、けがや病気で学校に行けなくなると、「ああ学校に行きたいな~」と思うのと同じように
なかなか子どもが授からないとなると、「子ども、欲しいなあ」となっただけだ思ってました。
だから愚問であるのと同時に、普通に授かっている人には投げかけられない質問を
治療をしていたら言われてしまうんだ、とすこし傷つきもしました。
でも、それから始まる不妊治療は、果てしもなく長い期間で、
精神的にも追い詰められてしんどい経験だったので
治療中に、または始めるときに、「自分にとって子どもを生むってどういう事だろう」
と考えることが必要だったと、あとから思いました。
それは、治療をやめるときに「こういう理由だったから頑張ったけど、それだったらこう考えたら諦めることができる」とアタマを切り替える手立てになるからです。
みんなが生むから、生むのが当たり前だから という理由で頑張りつづけるのはしんどいし
達成するまでやめられません。
自分が大事にしている価値観とそれは合致するのかどうか、考えることは大切なことだと思います。
学校に行くことと同じ、とたとえましたが
いじめやしんどいことがあって学校に行きたくなくなる時、学校に固執しなくてもいいというのは
よくいわれること。
行かなければと葛藤し、逃げるために命を絶ってしまうこともあるくらいなら、
行く必要はなく、その場から離れたらいい、学校だけが生きていかなくてはならない世界ではないから、
大事なのは生きていくこと、と言われますし、私もそう思います。
翻って不妊治療、わたしの場合は、
最初は夫との二人の子どもなら育てたいと思って検査をし治療に突入したのが始まりでしたが、
治療に執着してしまってしんどくなってきたのは、
仕事も辞めてしまって肩書や役職や居場所がなくなってしまってからでした。
子どもをうむことで、それらの代わりとして母としての居場所を手に入れようとしていたのです。
治療がダメだった、私の居場所はこの社会にやっぱりない、という感じに
治療の成功に、変な意味を付け加えてしまって一喜一憂していたのです。
「なぜほしいか」の理由がわかって
居場所を別の方法で手に入れて、
子どもがいる、いないで、自分の価値が上がったり下がったりしないことを
理解できてからは、すっかり気持ちは吹っ切れています。
そこまでになったは、ずっとずっと後だったのですけどね。
「なぜ、子どもが欲しいと思ったのだろうか」
「自分にとって、子どもを生むってどういうことだろうか」
ということを、
どう生きるのかに照らし合わせて考えてみること、お勧めしています。
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4月の予定です。
1回2名~5名の少人数で行います。
日ごろなかなか話せない不妊のことを想いきりおしゃべりしましょう♪
◆ 4月27日(金) 14:00~16:00
◆ テーマ:「特に設けません。どんな話題でもOKです」
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