魔女とレヴィ 第2話 霜が降りる頃に
「シンシアは、お前にご執心だからな。」
レヴィは無言で睨み返す。
それでも、心のどこかがざわついていた。
――呼ばれても、外へ出たくない。
その事実が、ひどく奇妙だった。
台所から、百合夜の小さな笑い声が聞こえる。
その音が、不思議なほど遠くて、温かい。
レヴィは息を吐き、低く呟いた。
「……飾りだ。ただの……俺は。」
エルは微笑を消さず、目だけでレヴィを見た。
その意味を、百合夜だけが知らない。
レヴィは眉間を押さえ、深く息を吐いた。
胸の奥にまだ残るざわめきを追い出すように、ひとつ深呼吸をする。
「……ちょっと行ってくる。」
それだけ言い残して、静かに立ち上がった。
玄関を出て庭の中心に足を踏み入れると、
風がふっと渦を巻き、草の上に淡い光の輪が描かれていく。
――フェアリーサークル。
妖精が遠くの地へ渡るための門。
リビングの窓からそれを見ていた大樹が、目を丸くした。
「わぁっ、ママ! ミステリーサークルだ!」
「ちがうわ、大樹。あれは……フェアリーサークルよ。」
百合夜が穏やかに笑う。
その横で、エルは紅茶を啜りながら、どこか懐かしげに光を見つめていた。
「ねぇ、エルお兄さん。ゲームしよ!」
「こら、大樹! レヴィのお客様に失礼でしょ!」
「……ふむ、仕方ないな。レヴィが帰るまで、相手をしてやろうか。」
エルは苦笑を浮かべ、大樹の差し出すゲーム機を受け取る。
その表情には、どこか“兄貴分”のような柔らかさがあった。
――風がひとすじ、静かに舞い上がる。
レヴィの足元が淡く光り、
次の瞬間、彼の姿は遠いウェールズの丘へと転移していた。
* * *
そこは、濃い蔦が壁を覆い、無数の薔薇が咲き誇る古い石造りの屋敷。
花の香りと魔力が入り混じり、空気が微かに震えている。
鳥の声すら魔法の旋律のようで――
まるで“人の世界と妖精の境目”そのものだった。
「……来たわね、レヴィ。」
階段の上に立つのは、長い金髪と紅い唇の女。
レディ・シンシア。ウェールズ国随一の大魔女。
妖精を呼び使う“呼び手”にして、
人でありながら妖精界の祝福を受けた、特別な存在。
その瞳には、怒りと焦燥が燃えていた。
「どういうことなの、レヴィ! 私の呼び出しに応じないなんて――前代未聞よ!」
「……悪かったな。気づかなかっただけだ。」
レヴィは片手を上げて軽く謝るが、その声には面倒くさそうな響きが混じる。
「“気づかなかった”ですって? あなたは私の契約妖精なのよ! 呼ばれたら応じる、それが掟!」
「どうせ――また魔女たちのパーティに付き合えって話だろ。」
低く吐き捨てるように言うと、シンシアの眉がぴくりと跳ねた。
「な……だからなんなのよ!」
「図星かよ。」
レヴィは小さくため息をついた。
「……契約は契約、か。わかったよ。」
「そうよ。あなたは私の呼び出しに応じる。それが掟。それに――何なのその服! さぁ、着替えて。」
「はぁ……めんどうだな。」
風が再び彼の周囲を包む。
シンシアが何かを命じる声の奥で、
百合夜の笑い声が――まだ、微かに残っていた。

