第5話 沈黙の山並み 


澄んだ空気が、胸いっぱいに広がった。
遠くに連なる山々の輪郭が、くっきりと空に浮かんでいる。

「……空気がいいわね」

シンシアが軽く伸びをしながら言う。

そして隣を見て、呆れたように眉をひそめた。

「アルナ。
あんた、来なくても良かったんじゃない?」 


視線の先。

アルナは完全な重装備だった。

頭にはヴェール。
大きなサングラス。
長袖の服に、手袋までしている。

「その格好……」

シンシアがため息をつく。


アルナは胸を張った。

「請け負った仕事は、きちんと見届ける。
それが私の道理よ!」 


「アルナ……」

スペンサーが額に手を当てる。

「そこまでしなくても、父のところで待っていればいいんじゃないのか」

「うるさい!」

アルナが即座に言い返した。

「見届けるったら見届けるの!」 


その頑なな様子に、レヴィが小さく呟く。

「……頑固なんだな」

そして、ぽつりと続けた。

「なんか、百合夜みたいだ」 


そのときだった。

レヴィのポケットの中で、かすかな鈴のような音が鳴る。 


リン――

小さな光が、ひょいと飛び出した。

淡く揺れる風の粒。

大気の妖精、マナだった。

「……マナ?」

レヴィが手を差し出す。

マナはその指先の周りをくるりと回り、どこか落ち着かない様子で宙を漂った。


「何その子?」

シンシアがレヴィに尋ねる。


「マナだ。まぁ……色々あって、今は大樹の友達らしい」 


「へぇ……」

ライが興味深そうに覗き込み、手を差し出す。

「可愛いなぁ。
俺らとは相反する存在だから、あんまり寄ってこないのにな」


その様子を見て、スペンサーが不思議そうに首を傾げた。

「……あの、皆さん。
何か見えているのですか?」 


「あ」

シンシアが小さく笑う。 

「そうね。スペンサーさんには見えないのね」

エルがそっと手を差し出した。

「マナくん……だったかな。
何か、伝えたいことがあるのかい?」


マナはリン、と小さく震える。

次の瞬間。

ふわり、と風が舞った。  

スペンサーの持っていた資料が、ばさりと宙に散る。 


「おっと……」

紙が舞い落ちる中、
そのうちの一枚だけが、ひらひらとエルの前に滑り込んできた。

エルがそれを拾い上げる。

そして、目を細めた。

「……これは」

レヴィも覗き込む。


「スペンサー。
試掘の場所が変更されているな。知っていたのか?」

地図には、当初の予定地点からわずかにずれた場所に印が付けられていた。


まるで――
そこに穴を開けること自体が目的であるかのように。

スペンサーは少し困ったように肩をすくめる。

「ええ、把握はしています。
現場の技術者が、途中で進路を変更したそうで」


「……」


「現場の判断に任せることも、ないわけではありませんから」 


「そうか」

エルは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。


その足元で、マナが小さく揺れる。

レヴィは軽く指を差し出した。

「マナ。迷子になるなよ」

そう言って、そっとポケットに戻してやる。

小さな鈴のような音が、もう一度――

リン、と鳴った。

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