【お薦めシングルレビュー 41】 個性派女優が残した感情表現豊かな極上アイドルポップスの贈り物! | 歌謡曲(J-POP)のススメ

歌謡曲(J-POP)のススメ

音楽といっても数々あれど、歌謡曲ほど誰もが楽しめるジャンルは恐らく他にありません。このブログでは主に、歌謡曲最盛期と言われる70~80年代の作品紹介を通じて、その楽しさ・素晴らしさを少しでも伝えられればと思っています。リアルタイムで知らない若い世代の方もぜひ!

 ‘80年代という時代は、新人歌手に新製品のCMソングを歌わせて、新製品のヒットと新人歌手のプロモーションを同時に行うケースが数多く見られたものです。いわゆる“CMタイアップ商法”というヤツですね。当時は、我が国の経済がちょうど右肩上がりに伸びた頃に当たり、新製品や新人歌手を売り出す側に宣伝費を景気よく投じる気運がありましたし、また、歌手としてデビューできるハードルが’70年代よりも下がったこともあって、売り出す新人がいくらでもいた・・・つまり、需要サイドと供給サイドの思惑がうまく合致した時代だったんですねぇ(ちょっと遠い目)。

 さて、今回はそうした“CMタイアップ商法”により生まれた佳曲を一つご紹介しましょう
。この手のCMソングでは、商品名が歌詞に入ってくるケースから単にイメージのみのケースまで様々です。今日取り上げる作品は、ペンタックスのズーム付きコンパクトカメラのCMソング(←これだけでもう曲と歌手名が分かった強者が何人かいそうでコワイ)で、前者の典型的なパターンですね。何しろ、レコードジャケットの写真はCMのワンシーンでしたし、カメラ店とレコード店に貼る宣伝ポスターが同じデザインという“徹底ぶり”でしたから。もっとも、レコードタイアップとしては完全に失敗に終わってしまった(さすがにちょっとやり過ぎの感が…)ので、曲の一般的な知名度はほとんどなきに等しいと思います。これですね()。


「Zoom」(佐倉しおり)
作詞:戸沢暢美、作曲:和泉常寛、編曲:新川博
[1987.11.10発売; オリコン最高位55位; 売り上げ枚数0.8万枚]
[歌手メジャー度★★; 作品メジャー度★★; オススメ度★★★★]

    



 佐倉しおり…ご存知でしょうか
 名前だけでピンと来ない方には、映画「瀬戸内少年野球団」のキレイなお姉さん役、はたまた「アリエスの乙女たち」「花のあすか組」に出ていた個性派女優さん、ってことでいかがでしょう。彼女のパブリックイメージは「いつもちょっと病弱な感じということになると思いますが、私の周囲では「多重マブタが個性的すぎる」、「ちょっとラクダっぽい(←ひどすぎる)」なんていう声も聞かれましたっけ。

 それはともかく、女優としての彼女は役柄によって見せる表情やイメージがガラッと変わるという印象が強かったですね。当時大学生だった私は、「これだから女はコワイ…
と思ったとか思わなかったとか。ま、それだけ彼女は女優としての“偏差値”が高かったということでしょう。

 歌手としての佐倉しおりは、3枚のシングルと1枚のオリジナルアルバムを置き土産に、約2年という短い歌手活動を終えています。シングルA面は3作とも和泉常寛センセの手による作品ですが、岡村孝子の世界を髣髴とさせるデビュー曲「Zoom」が最も秀逸
ではないかと思います。少なくとも、彼女に「病弱」なイメージを持っている方は、爽やかで心地良い歌声とのギャップにきっと驚くに違いありません

 ちなみに、和泉常寛センセといえば、「はしだのりひことエンドレス」の元メンバーを経て、’70年代中盤から’80年代にかけて女性アイドルを中心に多数のシングル作品を提供したコンポーザーです。一般的には、後期オメガトライブ(1986オメガトライブカルロス・トシキ&オメガトライブ)のシングル群(「君は1000%」「Super Chance」など)や、ラ・ムーのシングル群(「愛は心の仕事です」など)の作家として知られていますね
。もっとも私にとっては、幼少時に見ていたテレビアニメ「ハゼドン」のエンディング・テーマ「ハゼドン音頭」で(お世辞にも上手いとは言えない)トボけた歌唱を披露した兄貴、というイメージが強いのですが・・・

 閑話休題。作品の紹介に戻りましょう
。曲の構成に関してはちょっと迷うところもありますが、とりあえず、A(サビ)-A-B-C-C’-A(サビ)-A-B-C-C’。11月にリリースされたこの作品ですが、ほのぼのした春の雰囲気を装った作風がいかにも新人アイドルのデビュー曲らしい上々の仕上がりです。で、この作品で特筆すべきは、やはり歌詞でしょうね。作品全体で一連の物語になっているので、ちょっと書き下してみましょう。


(Aメロ) ♪ Zoom 見つめ合いたいの Zoom いつも逢うあなた
       待ち疲れた 図書館
(Aメロ)  Love 少し距離あけて Love 席を選ぶ人
       もし近視なら 悲しい
(Bメロ)  どうしよう 切ない気持ち 止まらない
(Cメロ)  恋をしている Poker Face 輝いている瞳
       すぐそばで 見てくれたら分かるわ
(C‘メロ)  辞書を引いてる Poker Face 'kiss'のページを裂いて
       ヒコーキにして 送ろうかしら 名前さえ知らないの
(Aメロ) ♪ Zoom あなた知りたいの Zoom そっと近づくの
       黄昏れてく バス・ストップ
(Aメロ)  Love 同じ揺れ方ね Love 今の私たち
       つり革越し 目が合った
(Bメロ)  もうダメ 心のヴェール 脱げそうよ
(Cメロ)  恋をしている Poker Face 二人 瞳でほどく
       くちびるが 微笑んだら嬉しい
(C‘メロ)  バスを乗り越す Poker Face あなた住んでる町へ
       ついてゆく まだそばに居たくて この次は送ってね
(セリフ)  「友達に話して いいですか?」


 物語の主人公(ヒロイン)は、図書館でいつも見かける名前も知らない男のコに恋した女のコ。きっと高校生くらいなんでしょうね。図書館の中では、「Kissのページを裂いてヒコーキにして送ろうかしら」などと妄想に耽っても表情に出さずにいた彼女ですが、切ない想いが募るあまり、バス停で急接近男のコと同じバスに乗り込んで、ようやく自分の存在に気付いてもらえたようです。本来なら先にバスを降りないといけないところを、もっと彼と一緒にいたいから乗り越してしまう…という微笑ましいシチュエーションは、いかにも実際にありそうな感じ。「この次は送ってね」という心の中のセリフも、“はやる心”と“実際は口に出せない”ジレンマがよく伝わってきますね

 そして何と言っても絶品なのが、ラストのセリフ 「友達に話して いいですか?」です
いかにも二人のビミョーな間柄(=友達以上、恋人未満)を象徴するかのような曖昧なセリフで、人によっては“じれったさ”のようなものを感じる向きもありましょうが、ヒロインの方から勇気を出して言える精一杯のセリフとしておそらくこれ以上の“正解”はないのではないか終始リアリティを保ちつつ、ヒロインの心の機微を鮮やかに浮き彫りにしてしまう戸沢暢美センセの手腕には、思わず脱帽なのであります

 最後に、「Zoom」(佐倉しおり)と、「ハゼドン音頭」(和泉常寛、コロムビアゆりかご会)のYouTubeを貼っておきます
声量こそないけれど、豊かな感情表現で“聴かせて”くれる佐倉しおりの可憐な歌声を、ぜひ皆さんもご堪能下さいね。それでは、今回はこの辺で またお逢いしましょう~