死の話2 | 人生七転八倒

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「だらだら言いたいことをいう」がテーマ。
・・・だったのですが、今では素で罵詈雑言と呪詛とを書き散らす王様の耳はロバの耳な落書き帳に成り下がりました。
使用上の注意読むと気分を害する可能性があります。
フィクションです。

どうも、大仰なタイトルなので、照れくさいですが、引き続き死の話。
職場の周りには、飲み屋さんが多いので、ネズミがよく出ます。
ドブネズミってやつで、とっても大きいですが、この前、車にひかれて死んでるのを見つけました。
それはもう、ペッチャンコで。

猫でも、犬でも、ネズミでも、なんでもいいですが、こういうの見てみなさん何を思うんでしょうか。
私は、なんにも思わなかった。少し、気の毒に。と思ったのですが、涙を流すこともなくそのまま素通りしました。

ただ、なんとなく、死の話ってタイトルで日記書いたので思いだしたのですが、生き物って簡単に死ぬのですね。
そのネズミも、もしかしたらお母さんネズミで、子供が待っていたかもしれません。
若いネズミで、これから家族を作る途中だったかもしれません。

でも、死んじゃったのです。そして、それは、そのうち朽ちるか、カラスか、他の生き物の栄養になるかな運命なわけですが(帰りがけに路の端っこに寄せられてた。)とてもあっけないなと思いました。
私達はたまたま、日本と言う、人が死ぬ事が、比較的少ない国に生まれており、食物連鎖の頂点に君臨している人間に生まれたので、あんまり考える機会は無いですけど、生き物って最後は死ぬのね。

子供の頃、アリンコの行列に水を流したり、踏みつぶしたりした事がある人、たくさんいるんじゃないかな。
あれって、アリンコにしてみれば、まったくもって理不尽な事ですよね。

普通に生きていて、一生懸命働いていたら、突然、人間の子供がやってきて、命を奪っていくのです。

ネズミだったり、蟻だったり、だから気が付きにくいですが、人間だって特別では無いんだなと思うのです。

死は、理不尽に訪れるものであるのです。

日本に生まれて、人間であるので、忘れがちですが、視野を広くしてみると、私達だってカヨワイ小さな生き物なんだよね。

だからこそ皆一生懸命なんだよなーと思います。

この世の中は、厳しいなぁ。って思うのです。ほんとうに偶然、なんら落ち度もなく、優しくて、真面目で、努力家な人が、あっというまに命を奪われる。事がある。そしてそれは、完全には予測できない。

現実ってすごく残酷ですね。

とても残酷です。

神様を作りだしたくもなるなと思います。

神様が、死んだら天国があるよと言ってくれたら、少しは救いがありますから。

・・・・・・・書いてて思う。なんだこの内容。暗いなぁ。

もともと、私の頭んなかは暗いんだよね。

んで、クッソ面倒くさい事をあーだこーだ考える、友達にいたら面倒だなと自分で思う残念なタイプ。

でもなんでこんなこと書いてんだ?と分析してみたら、最近やけに「死にたい」って思うわけです。

この「死にたい」は、別段、深刻な感じではないので、心配は無用なんですが、本当に無用です。無用なんです。大事なことなので、三回言いました。

死にたくは無いんですよ。私自身は物欲のかたまりなので、欲しい物を手に入れてからじゃないと、死んでも死にきれないし、なんだかんだで、人生楽しいんですよね。

ですけど、ちょっと、苦しい事が起こると、今ここで、「恐怖も、痛みも苦しみもなく、周りのだれにも迷惑かけず」に、死ねたら、すごく楽なんじゃね?って思っちゃうんだよね。

ものすごい、条件付きの死にたいなんすよ。「恐怖無も、痛みも苦しみもなく、周りのだれにも迷惑かけずに、できることなら、快感を伴うなら」が、省略されてる、「死にたい」なんだよね。

要は目前の、面倒事に対する逃避の表れなんですが、あんま「死にたい」「死にたい」頭の中で繰り返してるから、ちょっとはみ出たみたいで、この日記になってます。

ってか、「死にたい」にかわるステキ表現ないですかね。

気持ち的には、この辛い現実から逃げだしたい!っていう心の叫びをさわやかに一言で表現できる感じがいいんですけどねー。

おわり。