死の話 | 人生七転八倒

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「だらだら言いたいことをいう」がテーマ。
・・・だったのですが、今では素で罵詈雑言と呪詛とを書き散らす王様の耳はロバの耳な落書き帳に成り下がりました。
使用上の注意読むと気分を害する可能性があります。
フィクションです。

死の話って題名はちょっと穏やかでないですが、このブログは”基本、誰も読まない。”という空間なので、ちょっとだけ。

生き物と死は切り離せない話ですね。

(注意事項。このブログを書いている本人は、リアルではとても幸せで、精神的にも、金銭的にもなんら不自由してません。あと、完璧自己満足なので、間違えて来た人は、すぐに御帰り下さい。こういう内容を見て、有料のボランティアのオファー等は、遠慮してます。この文章の意味がわからない方は、そもそも、この文章を読まない方がいいです。ってか読まないで下さい。)

さて昨日、臨場ってTVドラマをやっていたので、見たのですが、物語としてとてもよくできているなと思いました。
原作の方も大変面白かったです。

それを見ながら思いだしたのでちょっと。

二か月ほど前に、合コン崩れの様な飲み会に参加しました。

そこで、何やら、サバイバルゲームの話になりまして、その中の男性が、「俺、ああいうゲーム嫌い。銃とか大嫌い。人殺しごっこでしょ?銃打ちたいなんて悪趣味だよ。」と、おっしゃったのが印象深かった。
また、「グロテスクな趣味だよ。気分悪いし、人殺しのまねごとするなんて、気がしれない」とも言ってました。

サバゲーの話になったのは、ささいなことで、そういや、そういう遊びがあるよね?くらいの事でしたが、彼の反応が、かなりの剣幕でしたので、皆びっくりしたのです。

私はというと、びっくりしたどころではなく、ドン引きしました。

もちろん、私は、人を殺す行為を到底肯定などできません。銃が(一般的に)無い国に生まれたことを、心から感謝していますし、戦争は、絶対に起きて欲しくないと思います。
また、私自身、殺されるのも殺すのも、嫌ですし、そんな状況に陥ることを想像すると、背筋が寒くなります。

私が、彼の何に引いたのかってぇと、拳銃や、人殺しごっこを、真っ正直に否定した所です。そういう行為を行っている人間は、馬鹿な人間だ。悪い人間だと、言い放った事です。

紅顔の少年から発せされた言葉で有れば、真っ正直で、真直ぐで、好意的に受け止められたのですが、土彼は三十代も後半の方と言う事で、なんだかなぁと思ったのです。

人それぞれ、信条がありますので、彼の考えを否定する気はありませんが、三十越えて、なんといいますか、ここまできっぱり、人間の疑似戦闘衝動に対して「悪い事だ」と言い放てる所がなぁ。

どうも、前後の言動も相まって、年に比べて、精神の未熟さを感じてしまいまして、引いちゃったんですよね。

何度も言いますが、私自身殺すのも殺されるのもまったくもって、ごめんこうむります。

しかし、生物としての衝動は押さえられるものではないとも思います。精神の根底に存在する闘争本能は、きれい事で収まるほど、浅いものではありません。

昨日の臨場しかり。大抵の物語は、人の死を前提にして進行するか、誰かの死によって魅力を増すようにできているのです。ミステリーは人が死ななければ、存在すらできない。
誰かの死によって、復習が遂行され、愛が深まり、謎解きが始まる。人は、他人の死を楽しめる生き物なのです。

人が死ぬことは、良くない事である。悲しいことである。悲劇である。しかし、人は他人の死を楽しめる。状況が整えば、他人の死を望みさえする。さらに言えば、本能に潜む闘争への衝動と、安定を望む平和への希望。このジレンマ。パラドックス。こういうものを、大人になったら有る程度頭に置いて発言した方がいいなと思うわけです。

私は、偉そうなことを、たまに言ったりしますが、基本的に、言える資格は無いと思っていますので、声を大にして、彼を非難しませんでした。する義理も義務も、関係でも無いので。

でも、なんというか、人間は、年を採る毎に経験と思考を深めて欲しいなと思ったりするわけです。

直球で言うと、なんかオマエ、軽いよなーって思っちゃっただけの事なんですわ。
いや、実際、たかが飲み会の席の下らない会話ですよ。
んで、実際、件の彼が、間違ったこと言ったかっつーと、そうでもないのね。
あと、ついでに彼が何を発言するかなんてどうでもいいことだし、受け取る側は気に入らないなら流せばいいってだけ。

死の話なんて、大仰なタイトルつけてますが、結局の所、ソイツの発言が、自分の信条と合わないってだけの事なんすけど、しっかしでもまぁ、なんつーか、

三十路も大分過ぎた、言ってみれば三十路のベテランくらいの年齢のいい男が、真っ正直に正論を垂れるって、見た目、ガキ臭いよ?

いや本当に。

世間一般で、道徳とやらが百鬼夜行並みに、巷をうろうろしてます。で、一面では正しい事は、実は角度を変えると正しくないなんてこた、ザラですわ。
ってか、仮に正しくないってことも、目をつぶんないと、進行しない。とかね。

この世は、灰色。ヘドロ見たいなものだと思うの。白と黒なんて無いんだよね。

人間ってば、ヘドロみたいに、どす黒い部分と、きれいな部分とまじりあって、そこに存在してるの。

年取るって、そういうものを受け入れてくものよ。と思ってた。

んでも、きっぱりはっきり、自分より年食ってるヤツが、おきれいな事言ってて、なんか腹が立ったなって事ですわ。

んで、最後に、臨場の話なんですが、そもそも、検察官の話なんで、人は死ぬ死ぬ。

その中に娘を殺された、お母さんの狂気の描写があって、(とても良い演技でした。迫真の演技。)もちろん視聴者はそれに胸を打たれるの。

実際私が、彼女であっても、そうなると思う。八つ裂きにしても飽き足らない。と思ったり。

んで、実際に自分はこうはなりたくないけど、心の中で、彼女とシンクロして、悲劇のヒロインに似た感覚になるんですよね。で、あれこれ想像して、で、涙を流したりします。

それもこれも、娘の死っていう大前提があって、作りものとは言え、他人の死を利用して、私今、完全にそれをエンターティメントとしてとらえてる。と思ったわけです。

我ながら、たかが、TVドラマでここまで七面倒な事考えるのってスゴイわ。と思いますけど、ますます!人間が嫌いになりました。

おわり。