香りの記憶 | 蒼空の霽月

蒼空の霽月

もう何でもあり。

冷たい雨に濡れる沈丁花の香りは、湿った土の匂いと混ざり合って満ち、寒さの中に春が訪れていることを教えてくれる。



小学生時代を過ごした借家は、毎年この季節になると沈丁花の香りに包まれていた。


(かといって、自宅の、ではなかったらしい)


(庭にあった気がしていたのだが、母に確認してみたら記憶違いだったようだ)



まったく同じ種類の木であっても、花の香りには木それぞれで微妙な個体差がある。


↑というこれは、私が嗅覚に頼る生き物だからでしょうか。

そう言う人とあまり会ったことがないのだけど。



この季節がめぐるたび、霧が立ち込めるようにたゆたう沈丁花たちの香の中から、私はずっと記憶の中のそれと似た香りを探していたように思う。


しかし一方では、遭遇したくない気もしていた。

子供の頃の記憶は、どんなに楽しいはずのものでも、嬉しいはずのものでも、必ず眩暈のするような息苦しさを抱き合わせで思い起こさせたからだ。




今年、出会えてしまった。




その庭先に1本ぽつりと立つ沈丁花は、たくさんの毬のような花のかたまりから、幼き私の風景を濃密に香らせていた。



ただ、ただ、甘く、切なく、懐かしく。



胸はもう、痛くはなかった。






「終わりかけだけど持ってくかい?」



そう言って切ってくださった沈丁花の枝は小さな灯火となって、私はその香りを手に、春の雨の家路を急いだ。







3/10

振:800

四:500

巻:500

棒:300

拳:300


3/11

振:1,000

四:500

巻:500

棒:300

拳:300


3/12

振:800

四:500

巻:500

棒:ーー

拳:300