蒼き水に沈む静謐

蒼き水に沈む静謐

何でもあるし
何にもない

伐採される樹からの挿し木
廃棄される鉢植え
抜かれる雑草

謎の生物が、築44年の賃貸アパートの一室で、そんな植物たちと小さな森を育てていくブログ。

ブロ友のお姉様方と飲んでいたとき、


「ブログのイメージより、なんか、こう、かわいい感じ」


と言っていただきました、双月です⊂(T▽T)⊃


そうですそうです

僕はかわいいんですw(T▽T)←


やー、だってブログって、当たり前だけど、少なからず思考を言語化する場所じゃないですか。

つまり、ここはある程度「考えていること」を出す場。

しかも僕は文体がやや硬い。


自分で自分のブログを読み返してみても、だいぶ物事をお堅く思い詰める人物像が見える気がします。


だけど僕の日常なんて、大部分がノンビリしたものですよ。

「考えていないこと」は書けないから、ブログでお見せできないだけ。


口癖は昔から


「まあ、いっか」。


リアルだけの知り合いからはずっと「悩みなさそうでいいなあ」とか、今でも「双月さんは元気で羨ましいですよ」とか言われ続けている、ノホホンです(笑)。



の話もですね、「他者との間に壁を作る」なんて言うと、人を寄せ付けないイメージが浮かぶかもしれません。

でもこれ、逆なんです。


壁のおかげで人からの攻撃もダメージとして届かないんですから、基本、誰とでも付き合えるんですよ。


攻撃性を周囲に撒き散らしている理不尽な人とも、こちらからは普通に接し続けているうちに、何だかんだで打ち解けます。


なんかね、その人がそうなった背景、そこから負った傷、痛み、そのせいでご自分の心を守るために誰彼かまわず牙を剥いてしまっている心理なんかも、同時に視えてしまうし…。


それでおそらく結果的に、ナウシカの


「怖くない 怖くない」


をやってる(何)。


人はテトみたいに一回のやりとりで関係が成立するわけじゃないけれど、その人が少しずつ安心した笑顔を見せてくれるようになり、攻撃という名の防御を解いて、他の人とも話すようになってきたりすると、


ああ、よかったなあ


って思います。


それこそ比喩的に言えば、相手に憑いている魔が薄まっていくところ、行く先々で見てる。


これ、「健やかな境界線」があるからこそ、人の『負』とも長く柔らかく付き合えるんですよね。


(まあ、だからといって、ブログでわざわざそういう人と交流はしませんよ🙏)



えーと、つまり僕、けっこう人好きなんですよ。

ニンゲン嫌いだけど。


どうやったらリアルのキャラでブログって書けるんだろう…笑


アラフィフのおっさんに


「ギャップに萌えてください♥️」


とか言われてもだしなー(T▽T)



夏休みの田舎の風景みたいな、僕の住む町