もうすぐ桜が開花する。
桜といえば思い出すのは、大学生のときに付き合っていた2歳年上の彼女。
3年生のとき、「話があるんだけど…」と呼び出された私。
桜の花が咲き乱れる中、渋谷の坂を上って待ち合わせの喫茶店に行ったっけ。
彼女は先に来て待っていて、
とりとめのない話を少しした後、
「預けているものを返してほしいんだけど…」
と切り出してきた。
預けているもの? 俺なんか預かってたっけ? とお目出度い私は彼女が何を言っているのかわからなかったが、それを察した彼女は、
「鍵よ。私の家の鍵」
と済まなそうに言った。
「ガ~ン!」
そのとき私は、彼女の話が「別れ話」だということを悟ったのだった。
(*_*)
付き合って3年、私はよく彼女が一人暮らししている家にいた。新宿にある3LDKのマンション。
彼女の両親は医者で、お嬢様だった。
そのマンションの居心地は良く、自宅にあまり帰らない時期もあった。ゴルフ部の練習や合宿に彼女の家から出かけることもたびたび。
しかしここ最近は様子が違っていた。
あまり家に上げてもらえなくなっていたのだ。
デートをして一緒に戻っても、彼女は一人で先に部屋に入り、私は後からインターホンを押して鍵を開けてもらうようになっていた。たまに「母親が来ているから」などと帰されたりして…。
後から考えれば新しい彼氏がいるのがバレバレなのだが、ウブだった私は、「そうか、お母さんが来てるんじゃ仕方ないな」などと思いながらそそくさと自宅に帰ったものだった。
それでも全く疑わなかったわけではない。
彼女の気持ちがトーンダウンしていることには気づいていたので、彼女の女友達にそれとなく聞いてみたこともある。
「○○ちゃんは遊び人だからねえ…」なんて言われたこともあったっけ。
もちろん最初はそんなこと言わなかったけど、私があまり相手にされていないのが可哀そうだと思ったのだろう。その友達は悲しげな瞳で私を見つめ、「もうやめたほうがいいと思う……」と言った。
そんなの違う! 派手だからそう見えるかもしれないけど、違うんだ。彼女は優しい子なんだぞ。
ベッドルームにはぬいぐるみがたくさんいるんだ。大きなカメやキリンとか、部屋いっぱいのぬいぐるみに囲まれて僕たちは眠りに付くんだ! いや、正確に言うと付いていたんだ。半年前までは…。
渋谷の喫茶店で固まっている私の脳裏に、楽しかった思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
いやだ! 別れたくない!
心の中で叫んでいると、彼女がこう言った。
「カズ君との思い出をいつまでも大事にしたいから、ひとつお願いを聞いてもらえるかな?」
「うん、いいよ。何?」
「最後にぬいぐるみをプレゼントして。それをカズ君だと思って大事にするから」
「え?!」
「なるべくおっきなのがいいな。ね、お願い」
その瞬間、私は彼女のベッドルームに生息する数多きぬいぐるみの意味を知ったのだった。チーン。
ちなみにその2日後、私は銀座で巨大なクマのぬいぐるみを買い、
そのクマをランドクルーザーの助手席に乗せて、彼女のマンションまで届けたのさ。