1月にチュニジアで市民革命が勃発し、2月にニュージーランドのクライストチャートで
大地震が発生しました。いずれも、ことのほか大切にしていた国での出来事に、よもや3月も、
と不安に思ったのですが、まさか日本で、東北でこのような事態になろうとは。
GW休日を利用して、東北地方を旅したことがあります。早朝に八戸で降りて、海が光る久慈へ。
宿の女将さんが海女さんで、ほやを初めて美味しいと思い、翌朝わかめ採りを手伝いました。
そこから宮古、桜が満開の吉里吉里、釜石と南下し、大船渡、碁石海岸、気仙沼、松島などの
風光明媚な一帯を渉猟しました。
それらのすべてを地震と大津波が襲い、無残に壊滅し尽くしました。
人生において、NY世界貿易センタービルと同じく、曾遊の地の崩壊です。
東京でも「死ぬかと思った」という言葉を多くの人から聞くほど、揺れにゆれました。
交通手段は遮断され、多数の帰宅難民を輩出しました。
しかし翌日の東京の街は、何事もなかったように平静に戻りました。
通りの車は普段どおりか、やや少なめ。
いまも停電や電車等の停止、中断は続いてますが、静かです。
宇都宮のワインバーから連絡が入り、グラスがほとんど大破したとのことで
「トップテン」などを至急に配送しました。
東北に続いて強度の地震が相次いで襲った新潟では、震源地に隣接した新潟安塚の雪ダルマ高原の
スキー場が「トップテン」などを利用していましたが、センターハウスの屋根が崩れ、
スキー場はシーズンを残して終了し、「雪ダルマ温泉」も断水で暫く利用できなくなったそうです。
当初は東京の不便さを心配した信州の友人へは、今度は地震のたびにこちらから連絡を入れています。
海外の報道は NHKと民放の最も悲惨な映像を流すので、世界中で仰天したはずです。
一方で被災者、市民の冷静さも称えています。
日本はこれまで世界中を援助してきた。だから今度は世界中が日本を助ける、というメッセージに、
多くの日本人が鼓舞されました。
現在は放射能汚染の事態が予断を許しません。
海外の大使館は自国民保護のため、関東圏からの離脱、帰国を勧告しています。
未曾有の国難に「信用」「安心」は失墜しましたが、「忍耐」「努力」の期待は
世界中から大きく寄せられています。
被災された方々の労苦、悲しみを国民で平たく分かち合い、大変ですが、焦らず、慌てず、諦めずに、
そして行動するときは果断に、新たな信頼に満ちた日本の再興に努めたいと思っています。
これまで以上に、一緒に支えあって生きて参りましょう。
2011年3月17日 有限会社ワインパートナー代表取締役 橋口秀樹

























