入国

初めて降り立った地中海の国、チュニジア。道路は広い。4車線が基本。
その道路が、鏡のようにすべすべに見えます。
夏の盛りには40℃を越え、ときに50℃にもなるこの地の道路には、特有の舗装技術がいるようで
表面が熱射でも溶けないように、一見タイルを貼ったようにつるつるとした舗装。

道路は直線が続く。 そこを大勢の車が自由自在に走る。車線は全く無視されている!
「オ~、アラブ!」とアラブのタクシー運転手が言った。
車運転に自信がある人は、度胸が試される。というより肝が潰れる。
左右からウィンカーをつけることもなく、勝手気ままに車が入り込み、一瞬も気が抜けない。
運転の初心者は、容赦なくクラクショを浴びることになる。
でも気に病むことはない。自分がここを通ってますよ、という通知と思えばいい。

ローマの遺跡

チュニジアは、古代の強国カルタゴ。
古代ローマと覇権を争い三度戦い、最後に国土は絶滅された。
その後ローマ軍がチュニジアに都を築き、現在のチュニスにローマの遺跡を残す。
現在の地名はカルタージュとして、瀟洒な郊外に散見される。
観光、観光していないところもいい。


男 性

入国したときはラマダンの最終週だったので、日没までは人通りが少ないが
日没と共に家族で食事を終えた男たちが、出てくるわ、出てくるわ。
夜8時、9時過ぎに点在するカフェ、暗い樹の下は男たちの塊になる。女性はいない。
思わず足を引く感じだが、近づいてみると、いかつい男たちの右の耳になんと小さな花が乗ってるんだ。
別に気取った風ではない。
たしかに一風のお洒落なのかもしれない。
そういえば、道端に小さな花を売るかごを持った男性もいる。
チュニジアの人々は穏やかです。風貌はがっしりしてますが・・・

画像は、ラマダンが明けた普通の昼の姿です。
男たちがいつもひがなカフェにいる。名付けて「オヤジカフェ」。

女 性

チュニジアの女性は、実にきれいです。
総じてとても細い。しかしキャシャではなく、引き締まった痩躯で背も高く、人当たりがいい。
敬虔なイスラム教国なのでスカーフを巻いた女性も多く、
たっぷりと豊満な姿の方も見受けますが
開放的に闊歩する女性も多い。
他のイスラム教国では、エジプトと同様です。

これからのソムリエ

禁酒を宗旨とするイスラム圏にあって、酒の仕事につくのは結構大変だと思います。
なにせ、普段は飲まないのですから。
かつてマレーシアで素晴らしいマティーニを作るバーテンダーに、話を聞いたことがあります。
修行中の二年間は自分が飲むのではなく、お客様に悦んでもらうためと思い、味を覚えたと。

チュニジアは観光が大きな産業なので、表立って外国人が酒を嗜むことも出来ますが
多少の慎みは必要です。
酔っ払うのは論外で、気軽にお酒に誘うことも憚られます。

酒の仕事に従事するからには、チュニジアンにも西欧スタイルのマナーが求められ
少しばかりの知識の伝達も必要です。
ホテルではにかみながらサーブしてくれた彼は、砂漠地方の民です。
ラマダンが明けたのに故郷の家族と一緒にいられず、ここで働いているのは淋しい、と言っていました。
数年で立派なソムリエ君に成長してくれることでしょう。


お気に入りの土産屋さん

チュニジアの大きな産業は、地中海で獲れる魚の輸出、ずばり、マグロです。
日本の市場にも、チュニジア産のみごとな黒マグロが並んでいます。
次いでの産業となると、各種の農作物、オリーヴオイル、ワインなどですが、主なものは観光収入です。
その観光客に喜ばれる土産品となると、チュニジア各地の製品になるのですが
彩色陶器や織物、細工された鳥かごなど、大きくてもろく、重いものが多いのです。
国の北部は地中海に面した海洋国ですが、南はサハラ砂漠に続きます。
やはりエキゾチックな羨望で、ラクダの置物が多くなります。

気に入った店は、表に素焼きの壺などがたくさん置かれた店ですが
店中には、彩色されて様々な意匠、大きさの陶器、有名なタジン鍋などがあります。
ラクダにちなむものも、それなりに愛嬌がある。
やはりチュニジアンの人がいいので、ツイ買い込んでしまいます。


からすみ

立派なからすみが、普通に市場でたくさん売られています。
いわずと知れたボラの子を燻製にしたもので、歴史的にはギリシャやエジプトを起源として
長崎や台湾などに伝わったとされています。
エジプトでも格安で見ましたし、イタリアはチュニジアに近いサルデーニャ島産も有名ですが
チュニジアのからすみは、大きくて身が厚く、大変立派です。
生は炙って食べるのだとか。これほどの生が並んでいるのを初めて見ました。
チュニジアでは普通に魚類が食べられるので、日本人には暮らしやすい訳です。
多少高いのですが、日本の比ではありません。
買って来ればよかった、と今も悔やんでいます・・・


観光シーズンは終わり

ラマダンが終わって、チュニジアもすっかり秋模様になりました。
夏場の酷暑が去り、夜は冷たい風が吹くようになりました。
今でも昼間は暑くて日差しが強いのですが、乾燥しているので、カラリとして過ごし易いのです。
観光客も少なくなり、歩道のそぞろ歩きも少なくなりました。

写飲食堂     写飲食堂

街路樹の剪定が進み、繁ったやしの葉も寂しくなりました。
次の季節を迎える準備が進んでいるようです。

チュニジアからの報告を-完了します。
チュニジアには、古来から葡萄とオリーヴはどこでも栽培されていました。

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現在のチュニジアは敬虔なイスラム教国ですが、歴史的な経緯や文化の中で
ワインやスピリッツを醸造または蒸留し、有力な輸出産業として奨励しています。

写飲食堂

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ただし現在でもラマダン(禁欲月)には一切の酒類販売が禁止され
お祈りで午後休みとなる金曜日には、スーパーなどでの販売が止められています。

地中海ワインとして、平均してロゼワインや白ワインが多く
まさにこの風土に根ざしたワインなのですが
優れた赤ワインも多く、全くボルドータイプです。
2代目になる若い造り手は爽やかで、勢いを感じました。

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コルクの木の数も、確か世界第4位。
大陸性のワイン文化が育っています。

新装された醸造所の歴史は新しく、製造工程は素晴らしく近代的で、すべてがコンピューター制御。
認識を新たにします。

長期熟成用としてストックしている地下のセラーには仰天しました。
この造りや規模は、ボルドーのメドックにもそうそうありません。


ただし、葡萄の収穫期の7月、8月には40℃を超え、50℃にもなる栽培地の厳しい条件での
労働の過酷さには頭が下がります。
4時くらいの早朝から収穫して11時にはやめるようですが、同じように過酷になる南豪州では
夜間に機械による収穫が普通ですが、チュニジアではすべて手摘みです。
葡萄の葉は、熱射で乾燥しきって変色していました。


またオリーヴオイルにいたっては、イタリアやスペインがチュニジヤからバルクで大量に買い
自国産として再輸出しています。
日本に来ているオリ-ヴオイルは、ひょっとしてチュニジアの産物だったのでは?
としたら、チュニジア産を適正価格で買い求めたほうがいいというもの。

左から色が薄い順に並べて見ました。
しかし味わいと個性は、色に比例するものはありませんでした。
中に、際立って他と違う個性豊かでポリフェノールたっぷりのオリーブも味わいました。
さて、どれでしょう。
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今回5箇所のワイナリーやメーカーを訪ねてワインを学び
10社に及ぶオリーヴオイルも味わいました。
いずれも個性豊かで品質の高いことでは、折り紙付きです。
日本でこれらの商品群が並ぶ日も近いことでしょう。
イチジクにとどめをさしますね。

日本でもイチジクは結構好きな方でしたが、これほどずっしりと密で味わいが濃厚なのは初めて。
これからがシーズン。イチジクでリキュールが造られている訳も納得です。
葡萄もしっかりとして美味しいですよ。

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野菜や果物に本来の味がして美味しい。地中海性トロピカルです。

下の画像は、大概毎日口にした野菜の数々。
ニンニクが美味しく、マッシュルームも大きくて、しっかりした味と香りがあります。
トマトの旨さはもちろん。
きゅうりはやたら大きいので、皮を剥いて。
名産のオリーヴオイルを惜しげもなく使って、毎日パスタが楽しいのです。

                                 近くの市場の野菜屋さん
豚肉はご法度ですが、スーパーには置いてあります。
これは羊や牛肉。この塊から注文に応じて自在に切り分けます。

                                  鶏だってこのとおり  
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地中海の民は魚もたくさん食べます。
左は市場の魚屋さん。お姐さんがうろこや内臓をきれいに掃除します。

                                 ぼらの卵巣(つまりからすみのもと)が
                                 たっぷりあって驚きです
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チュニジアの人は、野菜や肉に魚を食べるので日本人にも不自由ありませんが
オリーブやハーブ、胡椒もこのとおり。
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                                 地元産の小さなお菓子たち
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話しませんが懇意にしているパン屋のオヤジ
(ウッディ・アレンを老けて膨らませた感じ)      クレープのお姉さんは愛嬌があります

パンは小さなクロワッサンが10円ほど!
国の補助があるようですが、たいがい1個50円以下です。クレープは250円~300円。
食べ尽くしますよね。グルメの国としても高い評価になります。
チュニジアへは、ロンドンから2時間半のフライトでした。
近い、近い。
日本からでいえば、成田から上海までよりも短い飛行機

パリからは2時間で一日4便。ローマからは1時間半で日に3便。
フランスの上空を越え、地中海を渡ったら、チュニス空港へ。
上空からは、白い壁とチュニジアンブルーが光ります。

チュニジアは、地中海に面した地中海性気候に恵まれた、また歴史に詳しい方には
「カルタゴ」と呼ばれた国、といったほうが分かりやすいでしょう。
連戦連勝の英雄「ハンニバル将軍」の名を記憶に留めているかもしれません。
チュニジアは、かつて(紀元前8世紀あたりから近世まで)フェニキア人による「カルタゴ」として
古代ローマを凌ぐ軍事力と海上交易で栄華を極めた海洋都市国家だったのです。

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歴史を紐解くと大変面白い国です。
また、現在は禁酒国のイスラム教国であるチュニジアで、ワイン作りが盛んなのかも
歴史的に解明できるようで、ワインマニアには、大変貴重な存在の国です。

強大過ぎるこの国は、覇権を競うローマと数百年に及ぶ抗争を繰り返し
ついに三度の戦争で完全に破壊され尽くし、キリスト教の基礎が築かれたあとには
オスマントルコの支配が長年続くことになりました。
それが19世紀には西欧、ことにフランスの支配を受けるようになり、1957年に独立を達成しました。

写飲食堂     写飲食堂

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したがってチュニジアは歴史的にも、民族的にも、宗教的にも、数層の文化・文明が重なり
鮮やかなモザイク文様として、錯綜した輝きを見せて現在に至っているわけです。

敬虔なイスラム教徒としてアルコールを口に含むことはありませんが
フランス植民地の影響でワイン産業が興り、政府の奨励を受け、ワイン産業は盛んです。
紀元前に起源を辿るブドウ栽培地があるのも、古代ローマ、そして東ローマ帝国との確執の結果で
このアフリカ大陸の北端に位置するチュニジアには、極東の民には知られていない西洋文明、イスラム文明
それらに溯る古代文明に起因するワインの変遷を辿る愉しみが潜んでいるようです。
まさに、ようこそ、チュニジアではありませんか。
英国の料理はとかく評判が芳しくはないけれど・・・

英国の食事は、朝は王様のごとく、昼は王子のごとく、夜は乞食のごとく、と揶揄される。

朝が実に豊かで、温かい食事で栄養を摂る。


代表的なメニューのフル・イングリッシュ・ブレックファストは

*卵料理 目玉焼きなりオムレツなりスクランブルなり茹卵なりを注文。大概3個と多い。

*焼ソーセージ and/or ベーコン炒め

*マッシュルーム炒め

*焼トマト

*煮豆

*トースト ブラウンパン or 白パン

*紅茶 or コーヒー

これに果物、ヨーグルト、シリアルなどが自在に取れる。


もちろんメニューは選べるのだが、今回の団員たちはフルセットを見事に食べること。

海外で食が細いと心配だが、このパワーならなんら問題ない。


昼は合唱団の移動の都合で、前もって予約したコース料理だったが

注文が可能なときはフィッシュ&チップス。写飲食堂

鱈の大きなフライにポテト(フレンチフライではなく

ジャッケト・ポテトと呼ぶことを知りました)

それにグリーンピースがどっさり。

この青豆が存外に美味しかった。


公演前は酒類厳禁!

画像はギネスビールを使った名物のミートパイです。


公演が終わって、希望者による美味しいフレンチ「ザ・フレンチ・ホーン」でのディナーが

待っていました。当初は8人ほどと聞いていたが、英国の関係者も集って20数人の大所帯に。


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    ザ・フレンチ・ホーン

レーンエンドから数十離れたクラシックなフレンチレストランで
スタッフ同士の会話までフランス語。

いつも利用される方が上得意のお客様なので、店の対応も大変丁重。

料理も実にクラシック。これほどがっちりとして古典的なフレンチを食べるのも久しぶり。
食べたい素材でセットが組まれており、大満足。


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                           ブロッコリースープ
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    オマール海老に温野菜               鴨のロティ写飲食堂     写飲食堂


 焼パイナップル            プティフールもクラシックに


最初に白ワインが用意されており、ニュージーランド・マールボーロのピノ・ブラン。
鴨には、ボルドー・メドックのポンテ・カネ1987が手頃な価格だったのでオーダー。
デキャンティングさせ、ソムリエに試飲させ、味を調和して出したデキャンタが6本。
熟成が楽しまれたが、最後のボトルの頃はまだサンジュリアンの硬さが残っていた。
しかし、組み合わせでベターだったと思う。


英国の料理は不味い、というのは今や迷信。美味しく、たっぷりと味わえたのでした。