フィアスコ(fiasco)には「失敗」という意味があります。ガラス職人が売り物にはならないガラス瓶の失敗作をfiascoと呼んだと言われます。ボトルの強度不足を補うためにわらの覆いをほどこしたワイン。「キャンティ・フィアスコ」のイメージでした。
イタリア・トスカーナ州ワインの代表格「キャンティ」の近代史は、1716年にメディチ家出身の第6代トスカーナ大公だったコジモ3世が「キャンティ」というワイン名を名乗ることのできるぶどうの生産エリアを設定することから始まりました。
現在のイタリア共和国が成立したのは第二次世界大戦後の1946年です。その前身となるイタリア王国が成立したのは1861年です。イタリア北西部とサルデーニャ島を領有していたサルデーニャ王国が北イタリアからシチリア島まで領域を広げ、王国としてイタリア統一を果たしました。
トスカーナ大公がイタリアの統一前に定めた「キャンティ」エリアに関するルールを定めたのはイタリア王国が成立する145年も前のことです。ルールは次第に守られなくなっていきました。指定されていないエリアで栽培されたぶどうを使ってワインを造り、「キャンティ」を名乗ることが横行しました。
現実を追認する形で、「キャンティ」エリアは1932年に大きく拡大されました。指定エリアを拡大したことで、「キャンティ」には多様なワインが含まれることになりました。キャンティ・エリアは7つのサブエリアに分けられ、1917年に設定した地域を含むサブエリアは「キャンティ・クラシコ」(Chianti Classico)という名前になりました。
1963年にイタリアのワイン法が施行されました。このワイン法による格付けでは「キャンティ・クラシコ」を名乗っていたワインは「キャンティ」ワインに含まれることになりました。「キャンティ・クラシコ」が「キャンティ」から独立した呼称になったのは1996年です。
現在の各サブエリアの面積は次の通りです。周辺地域を除くと、Classicoはサブエリアの中で最大の面積を持っています。なお、サブエリアの一つColli Fiorentiniは2002年にColli FiorentiniとMontespertoliの二つに分かれました。
Classico 7,142ha
Colli Senesi 3,550 ha
Colli Fiorentini 905 ha
Rufina 740 ha
Colli Aretini 649 ha
Montalbano 318 ha
Colline Pisane 150 ha
Montespertoli 57 ha
周辺地域 10,324 ha
キャンティの指定地域はトスカーナ州に広がっており、赤ワインの「Brunello di Montalcino」や 「Vino Nobile di Montepulciano」、白ワインの「Vernaccia di San Gimignano」の指定地域と重なっています。