コート・デュ・ヴィヴァレ(Côtes du Vivarais)は1962年にVDQS(原産地名称上質指定ワイン)を取得、1999年にAOC(原産地統制呼称)に格上げされました。このAOCは14の村で構成しています。

 赤、白、ロゼを造っていますが、全生産量の8割を赤が占めています。赤ワインのぶどう品種はグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)とシラー(Syrah)を主体に、補助的にカリニャン(Carignan)とサンソー(Cinsault)が使われています。

 フランスのワイン生産地にはコート(Côte、複数形はCôtes)やコトー(Coteau、複数形はCoteaux)が名前についているものがたくさんあります。コート(Côtes)もコトー(Coteau)も斜面や丘を意味するフランス語です。コトーはコートよりも規模の小さい斜面または丘を指します。

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 AOCグリニャン・レ・ザデマール(Grignan-Les Adhemar)は2010年までコトー・デュ・トリカスタン(Coteaux du Tricastin)というAOC名でした。AOCを取得したのは1973年です。
2008年7月にトリカスタン原発(Centrale nucleaire du Tricastin)で大量のウラン溶液が誤って放出されるという事故が起こり、2010年ヴィンテージから「トリカスタン」という名前を避け、グリニャン・レ・ザデマールという新しいAOC名を採用しました。

 北部ローヌの気候は大陸性気候で、日当たりの良い斜面でないと、ぶどうが熟さないので、ぶどう畑がローヌ川に沿う東向きや南向きの斜面にあります。これに対し、地中海性気候で温暖な南部ローヌでは、ぶどう畑は比較的平坦な場所にまで広がっています。

 グリニャン・レ・ザデマールは赤、白、ロゼを造っています。南部ローヌの北端に位置し、気候は大陸性気候と地中海性気候が入れ替わる場所になります。AOCは21の村を含み、ぶどう畑の面積は2800ヘクタールほどです。約70の生産者が多様なワインを造っています。

 ここで造られているワインの約9割は赤です。ぶどうの品種はグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)とシラー(Syrah)がメインで、補助的にサンソー(Cinsault)やムールヴェードル(Mourvedre)や カリニャン(Carignan)が使われます。
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 1860年代にアメリカ大陸からフィロキセラという害虫がフランスに持ち込まれ、フランス全土のぶどう畑は壊滅的な被害を受けました。すると、水増ししたワインやラベルの記載とは異なる品質の劣るワインが出回るようになりました。

 こうした偽ものワインを追放することを目的に、シャトーヌフ・デュ・パプ(Chateauneuf-du-Pape)のワイン生産者、シャトー・フォルティア(Chateau Fortia)のオーナーだったピエール・ル・ロワ(Pierre Le Roy)男爵は1923年に仲間とともにワイン造りに関するルールを策定しました。このルールはワイン造りのルールを決めるAOCの原型になりました。

 ル・ロワ男爵らがルールを策定してから12年後の1935年に、AOCを管理する組織としてINAO(Institut national de l'origine et de la qualité)が発足しました。

 AOCシャトーヌフ・デュ・パプで認められているブドウ品種は18種類です。ル・ロワ男爵らがルールを定めたとき、認められていたのは10種類でした。1936年に3種類が追加されました。そして、2009年に5種類が追加され、現在は18種類になっています。

 最初の10種類は、栽培されていた品種をそのまま追認したのだと思われます。その後に種類が増えたのは、DNA鑑定などの技術が進んだ結果、従来は1つの品種と思われていたぶどうが、字際には2つの品種だったことによるようです。

 種類は18種類と多いのですが、栽培面積を見るとグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)だけでほぼ7割を占めます。これにシラー(Syrah)とムールヴェードル(Mourvedre)を加えた3品種で約9割を占めます。
 南部ローヌのAOCであるシャトーヌフ・デュ・パプ(Châteauneuf-du-Pape)は1966年に成立しました。AOCはシャトーヌフ・デュ・パプのほかに、ベダリッド(Bedarrides)、クルテゾン(Courthezon)、ソルグ(Sorgues)の4つの村で構成しています。

 シャトーヌフ・デュ・パプという村名は「教皇の新しい城館」という意味ですが、この村名になったのは1893年です。以前はカストロ・ノヴォ(Castro Novo)という村名でした。

 ワインに使うぶどうの品種は一般に南に行くと種類が増えます。AOCシャトーヌフ・デュ・パプは南フランスの都市、アヴィニヨンの近くに位置し、使うことができるぶどう品種は合計で18種類もあります。主力になっているぶどう品種はグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)で、作付け面積の約7割を占めています。

南部ローヌ
アヴィニヨン教皇庁

 西ヨーロッパ社会の封建制度が安定していた西暦1000年ころから1300年ころまで、度重なる十字軍の遠征が行われました。しかし、カトリック教会の西ヨーロッパ諸国による聖地エルサレムの奪還はなりませんでした。この結果、ローマ教皇の権威は弱まり、遠征を仕切った王の権威が強まりました。

 13世紀末に教皇の地位に就いたボニファティウス8世(Bonifatius Ⅷ)は、諸国の王は教皇に服従すべきであると宣言し、王権の拡大を図っていたフランス国王フィリップ4世(Philoppe Ⅳ)と衝突します。フィリップ4世はイタリアのアナーニという町でボニファティウス8世を捕らえます。

 財政的基盤を強化したフィリップ4世は、1309年に教皇庁をローマから南部ローヌのアヴィニョン(Avignon)に移し、教皇はフランス国王の監視下に置かれました。1377年に教皇がローマに戻るまで、アヴィニョンには別の教皇が立ち、教会は分裂した状態が続きました。

 AOC(原産地統制呼称)の名前にもなっているシャトーヌフ・デュ・パプ(Chateauneuf-du-Pape)はアヴィニョンの北部にある村で、「教皇の新しい城館」という意味です。シャトーヌフ・デュ・パプはAOC(原産地統制呼称)の名前にもなっています。教皇庁がアヴィニョンに移されて2代目の教皇だったヨハネス22世(JohnXXII)は、第2の住居としてシャトーヌフに要塞を建設、近辺にぶどう畑を開墾したと伝えられています。

 写真はアヴィニョンの教皇庁です。2013年に撮りました。内部にはフレスコ画が残っていたものの、ほかには特筆するようなものは何もなかったと記憶しています。

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