そんな時、今度は、次長がすごい剣幕で佐江照さんのところにやってきたのです。
「佐江照さん!社員採用されたんだって!」
「はい。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!」
「ありがとうございますじゃないよ!僕は君の採用が決まったなんて全然知らなかったよ。なぜ、教えてくれないんだよ!僕があなたの採用のためにどれだけ尽力を尽くしたと思ってるんだ。次長の僕を飛び越えて勝手に決めちゃうって、どう言うつもりなんだよ!」
前回はここまででした。続きです。
あまちゃん
突然の次長の剣幕でした。それに対して佐江照さんは、
「すみません。部長さんから伺っていると思ってました」
「・・・だとしても、僕にお礼を言うべきじゃないのか!」
「・・・・先日、次長は『社員採用できないかもしれないからあまり期待しないでね』と仰っいました。『バイトでもやれば』と言われたのでわたしの採用には反対されているとばかり思っていたので・・・・すみません」
「でも、採用が決まったらわたしに報告をするのが筋でしょう!?」
「だって、次長は『バイトでもすれば』って仰ったんですよ。わたしもすっかり諦めていたし、次長は私の採用を快く思ってないと感じていたので・・・」
「快く思わないはずないでしょう!?」
「でも、『バイトでもやれば』って言われれば、『採用してもらえないんだな』って思います。じゃあ、次長はどういうおつもりであんなことを仰ったんですか?あんなことを言われて、わたしが喜ぶとでも思ったんですか?」
「・・・・・まあ・・・『バイトをすれば』と言ったのは僕の言葉のあやで・・・。でも、良かったじゃん。採用されて」
「・・・はい。ありがとうございます」
「とにかく、採用が決まったら、君には僕の下で色々とやってもらおうと思っていたんだ。よろしく頼むよ」
「・・・・はい」
「まあ、僕の秘書的な仕事とでも言うのかな。僕は一人でたくさん仕事を抱えてるから大変なんだよ。だから、僕の仕事を中心にやってもらうから」
「秘書?そうなんですか?」
「そうだよ。あれ?聞いてない?」
「部長さんからですか?」
「人事から」
「聞いてません」
「あれ〜?言っておいたんだけどな〜。まあ、いいや。部長は人事には関係ないから」
「それは決定なんですか?」
「うん。そうだよ」
「そうですか・・・・。わかりました」
佐江照さんは、いくら社員に採用されたとはいえ、あまり信用できない次長の秘書的な立場になるということに少なからずショックを受けました。
とはいえ、会社が決める人事です。従わないわけにはいきません。
しかし、その二日後、根田見さんがまた血相を変えて佐江照さんのところにやってきて、こうまくし立てたのです。
「あなた、なに勝手に次長の秘書になっちゃってんの?そんなこと誰が決めたの?」
「一昨日、次長さんに言われましたけど」
「それは内示なの?内示って言ってた?」
「内示とは言ってなかったです」
「次長はあなたに頼まれたって言ってるわよ」
「え?わたし、頼んでません」
「次長はすっかりその気だし、部長さんはとても驚いてたわよ。『それは困ったな〜。どうしてそんなことになったんだ?』って。あなた誰のおかげで社員になれると思ってるの?部長さんのおかげでしょう?」
「ちょっと待ってください。わたし、本当に次長に秘書にしてくださいなんてお願いしてません。根田見さんも今までの経緯を見ていたらわかりますよね。わたしが次長にお願いするはずないじゃないですか!できれば部長さんの下で企画の仕事をさせていただきたいって思ってます。だから次長に突然言われて困ってたんです」
「なるほど〜。大したものね。そうやって、あることないこと派遣会社に告げ口するわ、次長と部長さんの下でどちらにもいい顔をするわ、本当に恐ろしいわ」
「・・・・・・・」
「でも、いいわ。それも女が会社員として生きるために必要なことかもしれないわよね。わたしはそういうの嫌いだけど」
「ちょっと酷くないですか?本気で仰ってるんですか?」
「あのね。わたしにとってはそれが嘘でも本当でも、どっちでもいいことなの。あなたが部長さんの下で働こうが、次長の下で働こうが」
「じゃあ、なぜそんな意地悪を言うんですか?」
「意地悪?そうか・・・・あなたにとってはこれは意地悪なのか。だから、あまちゃんなんだよね」
「なんですかそれ?」
「この際、はっきり言わせてもらうけど、いつまでも甘えてんじゃないってこと」
「わたし、甘えてるつもりはありません」
社員の覚悟
「いい?あなたは派遣から会社員になるのよ。上司から見れば、あなたは今までは言いづらかった派遣から、なんでも言えちゃう部下になるの。社員になるということは別に偉くなるわけじゃないの。派遣よりもっともっとつらいことが増えるわけ。その覚悟があなたにはないの。そこにムカつくわけ。派遣のあなたにとって、わたしはただの職場が同じおばさんだったかもしれないけど、社員になればわたしはあなたの先輩。もう派遣会社はあなたを守ってはくれないの。わかる?立場をわきまえろってこと」
「・・・・・・」
「社員になるってことはそういうことでもあるの。あなた、ずっと社員って何か、わかってないまま生きてきたんじゃない?」
「・・・・・・」
「あなたがそういう甘えた考えで、いつまでも覚悟がない態度を取り続けるから次長に付け入れられるの。派遣は言われた仕事をやればいいのかもしれないけれど、社員はそういうわけにはいかないの。言いたくはないけど、派遣が長いとそうなっちゃうの。次長から言われれば『はいはい』。部長さんに言われれば『はいはい』。それが混乱を招くことになっても『自分には責任ないから』?。社員になってもそれじゃあダメなの。わかる?」
「・・・・・・・」
「まあいいわ。じゃあわたしから次長には言っておくわよ。佐江照さんは部長さんの下で働くことになりますって」
「え?」
「わたし、次長、嫌いなのよ。たいした能力もないくせに偉そうに。あの部長さんの下にいるからいい思いしてるだけなのに。それにあなた、部長さんのお気に入りだしね。仕方ないわよね、今度から同僚になるんだし。でも、勘違いしないで。わたし、あなたのこと許してないし、これからも絶対に許さないから。で、わたしはあなたの先輩だから!」
佐江照さんは、根田見さんの本音が全くわかりませんでした。
(もしかしたら悪い人じゃないのかもしれない)
そう感じる瞬間もありました。でも、
(わたしのことは許さないし、これからも許してくれないんだよな)
はっきりと「絶対に許さない」。そう言われたのです。
(でも、部長さんの下で働けるようにしてくれるらしい。それは嬉しい。本当はいい人なのかな?)
社員の本音
根田見さんの本音はなんなのでしょう?
佐江照さんに、果たしてわかるのでしょうか?
根田見さんは佐江照さんを許すのでしょうか?許さないのでしょうか?
根田見さんは本当はいい人なのでしょうか?それとも・・・。
全て、答えを出すには難問過ぎます。
答えはおそらく出ないでしょう。
それ以前に、どうでしょう。
それらの疑問に答えを出す必要が本当にあるのでしょうか?
