給料の金額が少なすぎる件
佐江照さんは部長さんに言われたので、根田見さんに入社について話を聞きに行きました。
そこで、根田見さんから書類を渡されます。
「そこにあなたの採用条件が色々と書いてあるので確認をしてください。疑問点がなければ来週末までにサインをしてわたしに返してくれる?その時、履歴書も出してね」
佐江照さんはその書類を確認しましたが、初任給の額が想像していたよりかなり少ないのです。
社員なので昇給とボーナスがあるとはいえ、派遣でいただいていた給料よりも少ない金額がそこには書かれていました。
佐江照さんは40代半ば。中途で採用なので新卒と同じということはさすがにないとは思いましたが、あまりに少ない額にかなり落胆しました。
「これだったら派遣の方がいいかも・・・・」
これは正直な感想です。
社員になれば、派遣とは比べ物にならないほどのやりがいが出てくるでしょうが、その分、責任も多くなります。
にもかかわらず、
「この金額でこれまで以上の仕事をしなければいけないなんて・・・・、なんか割に合わない・・・」
そこで、この件に関しても派遣の担当者に相談したのです。すると、こんなことを言われたのです。
「わたしの杞憂かもしれませんけど、この金額、本当でしょうか?これ、もしかしたら嘘かもしれませんよ」
「どういうことでしょうか?」
「金額のところだけ手書きですよね。根田見さんが、わざと派遣のお給料よりも低い金額を書いたのかもしれませんよ」
「どうしてそんなことを?」
「だってこの金額を見て佐江照さん、ショックを受けたでしょう?社員になるのをやめようかって、思ったんじゃありません?」
「思いました。今より給料が低くなるなんてやってられないなって」
「そういうことですよ。この書類を見て、社員になるのを辞めるかもしれませんよね」
「そんな理由で、こんなことします?」
「佐江照さんがそれでも社員になりたいってサインして渡してしまえば、あとで『金額のところ書き間違えてました』で済む問題ですから、根田見さんが意図的に少ない金額を書いたかどうかなんて誰にもわかりませんよね。ありえると思うな。根田見さんだったら、これくらいのことはするし、わたし、こういう小細工をして社員に嫌がらせをする会社をいくつも見てきましたから」
説得力のある言葉です。
「でも、それをどうやって確認すればいいんでしょうか?」
「わたしが部長さんに挨拶に行って、その時に待遇についてどうなっているのか聞いてみます」
「よろしくお願いします」
それから三日後のことでした。
「やっぱり、あの額ではありませんでした」
「本当ですか!?」
「実際の額は、書かれていた額の1.5倍です。この会社のお給料は、中途採用の場合は職歴と年齢、そして佐江照さんの保有している資格など、そういう部分からお給料を算出する計算式がきちんとあって、それに該当するお給料の額が支払われるようになっていました。佐江照さんが根田見さんからもらった書類に書かれていた金額は新卒の初任給と同額でした.」
「根田見さん、間違えたんですかね〜?」
「部長さんも同じことを仰ってました。『根田見さん、ボケちゃったのかな〜』って。でも、わたしはそうは思いません。事務の責任者が間違えることではありませんよね。意図的だと思います。でも、それを確認するすべはありませんけど」
「そうですね。やっぱり根田見さん、怖いな〜」
「そうですよ。入社するまで、まだまだ油断できませんよ」
履歴書、その場で開封の件
翌日、
「佐江照さん、ごめんなさいね。なんかお給料のところ、間違えてたみたいね。はい。こちらが正しい書類。じゃあ、こちらにサインして履歴書と一緒に返してね。よろしく」
根田見さんは悪びれるでもなく、いつものそっけない態度で書類を渡してきました。
そして、さらに翌日。
佐江照さんは書類にサインをし、履歴書を封筒に入れ、きちんと糊で封をして二つの書類を根田見さんの元へ持って行きました。
すると、根田見さん、
「どうして履歴書の封筒に糊付けしてるの?これじゃあ、わたしが確認できないじゃない」
そう言うのです。
「これは個人情報ですので、人事の方が封を開けるまでは誰にも見られないようにするのが普通だと思うんですけど」
佐江照さんがそう言うと、自分の机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、
「はいこれ。あなたが封を開けて。わたしが開けるわけにはいかないから」
「・・・・どうして根田見さんが確認するんですか?ここにはわたしの個人情報が書かれているのでお見せできないんですけど」
「だからわたしが確認するんじゃない!派遣の間はわたしがあなたの上司なのよ!早く開けなさい!」
佐江照さんが渋々開けると、根田見さんは履歴書を取り出し、ざっと目を動かすだけでほとんど読むこともせず、履歴書を封書へ入れ、
「はい、確認できました。じゃあ、この書類はわたしから人事の方へ渡しておきます」
そう言ったのです。
佐江照さんには、根田見さんのこの行動に一体なんの目的があるのかさっぱりわかりませんでした。
この件もすぐに派遣会社の担当者に報告しました。
担当者はすぐに会社の人事課に報告しました。
人事課と根田見さんの間でどのようなやり取りがあったかわかりませんが、これを機に、根田見さんが佐江照さんにあれこれ難癖をつけてくることはなくなりました。
正確には、完全に佐江照さんを無視するようになったのです。
そんな時、今度は、次長がすごい剣幕で佐江照さんのところにやってきたのです。
「佐江照さん!社員採用されたんだって!」
「はい。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!」
「ありがとうございますじゃないよ!僕は君の採用が決まったなんて全然知らなかったよ。なぜ、一言も言わないんだよ!僕があなたの採用のためにどれだけ尽力を尽くしたと思ってるんだ。次長の僕を飛び越えて勝手に決めちゃうって、どう言うつもりなんだよ!」
一難去って、また一難なのでありました。
つづく
