パワハラとただの嫉妬を混同してはいけないのです。
しかし、佐江照さんは経験上、この妬みが発端となってパワハラにつながっていく確率が高いということを知っています。
派遣社員だとその確率はなおのこと高まります。
佐江照さんは、まずできることとして、この時の会話を正確にノートに記録しました。
パワハラに関する資料を読み、「派遣の分際で」という言葉がパワハラに当たるということを知り、その資料を次長に持参し、パワハラであることを訴えたのです。
しかし、次長は、
「君のために話を大げさにしない方がいい。だって社員になりたいんだろう?前も言ったけど、根田見さんは人事権も持っているからね。彼女に嫌われると採用されなくなるよ」
「根田見さんは事務職員ですよね。どうして人事権を持っているんですか?」
「彼女はこの会社に長いから人事権も持っているんだよ。とにかく、彼女に嫌われないようにしてください」
「この件、部長にもお話ししていただけますか?」
「わかった。伝えておくよ」
そう言うだけで、パワハラの件については、一切、取り合わないという感じだったのです。
できれば、自分から部長に話したかったですが、部長と直接話す機会はできるだけ増やさない方が賢明だと思ったのです。
部長は、女性社員に人気があります。
根田見さんだけでなく、他の女性社員からも嫉妬を買う可能性があるからです。
不安材料は増やさない。
回避できることはする。
佐江照さんは、
「この会社もパワハラに関しては見て見ぬ振りか・・・・。所詮、『派遣の分際で』って次長も思っているんだろうな・・・。この会社もダメか・・・・」
そう思い始めていました。
【信頼できる協力者の存在】
佐江照さんは、もちろん社員に採用されたい。
しかし、パワハラが当たり前のように行われている会社に就職できてもまた前回と同じ目に会う可能性があるのだったら、別に就職できなくてもいい。
そう思うようにしました。
だから、
「やりたい仕事はきちんとやりたい」
そう決心し、次長の忠告を無視し、企画会議に出続けました。
そんな時、部長が会議で、
「来年(2017)年、最初の企画は大々的にやりたいので予算は考えなくていいから、なには大きな企画を考えて欲しい」
そういう提案がありました。そして、佐江照さんにはみんなの前で、
「佐江照さんは今まで2回も企画を通してるんだから、今回も期待してるよ。次、採用された社員への道も近くなるから頑張って」
と、言ったのです。
佐江照さんは、この言葉に勇気付けられ、意欲的に取り組むつもりでした。
と、同時に、
「お願いだから、そういうことをみんなの前で言わないで・・・・・」
とも。その不安はすぐに的中しました。
その直後、一緒にエレベーターに乗り合わせた根田見さんが、佐江照さんにこう言ったのです。
「予算なんか出せるわけないし、そんな企画通っても実際にやれるわけないんだから、勘違いしないでね。他の社員とのバランスもあるんだから、あなた、あまり目立たないでくれる」
ここまでストレートに言われたのは初めてのことでした。
しかし、佐江照さんは、この程度のパワハラにも慣れていたので、笑いながら、
「そうですよね〜。私の企画が通るはずもありませんし、予算もそんなに取れませんしね〜」
と言ったのです。
当然、パワハラをする人間は、相手が反発するか、悲嘆の表情を浮かべるか、それとも何か言い返してくるかを高みの見物をする思いでこのようなことを言います。
しかし、佐江照さんのさんのこの態度は、根田見さんにとっては予想外のものでした。
これまでの派遣社員は、根田見さんのこの尊大な態度に恐れをなし、屈服してきたのですが、佐江照さんのこの態度に思わず目を開いで黙り込んでしまいました。明らかに動揺していたのです。
後になって、佐江照さんが他の社員にこの時の会話を話して、
「佐江照さんは今までの派遣よりは大人だからさ、厄介だよね」
そう話したことを聞かされます。
そういうことを回り回って第3者から聞かされるということも明らかにパワハラです。
根田見さんの作戦かもしれません。
もちろん、根田見さんのパワハラは、だからと言って収まるわけではありませんから。
「だったらもっとこっちの力を見せつけてやろうじゃないの」
と、ばかりにエスカレートしていきます。
佐江照さんも、だからと言って怒りが収まったわけではありません。
本当は部長に直接話したかったのですが、それだと直接の上司である次長の機嫌を損ねることにもなるので、次長に話しました。
しかし、
「だから目立つなって言ったじゃん。頼むから仲良くやってよ。ま、一応、部長にも伝えてはおくよ」
次長はそう言ってはぐらかすだけでした。
そして、また記録を取り派遣会社の担当者に伝えました。
「次長が佐江照さんの直接の上司にあたるので、佐江照さんが直接、部長に訴えるのはやめておいた方がいいでしょう。現状では、次長のいうことを聞いておきましょう。これ以上、ひどくなったら、何か方法を考えましょう」
派遣会社の担当者は50代の女性でした。
彼女は、パワハラで辞めていったたくさんの女性をずっと目の当たりにしてきました。彼女自身も女性社員としてパワハラと戦ってきた過去を持っていたので信用できました。
「わたしは佐江照さんには、ぜひ、頑張っていただいて社員になっていただきたいのです。働く女性はパワハラとはずっと付き合っていかなくてはならない。それって絶対におかしいですよね。だから、わたしも手伝いますから、二人で力を合わせてパワハラに勝ちましょう!」
これで佐江照さんには、わたしと派遣会社の担当者という二人の協力者ができたのです。
本人が、戦う気持ちになれば、必ず、このように協力者が現れます。
つづく
