横断歩道に二人で立っていると、信号待ちの車の運転席からタバコを持った手を出して灰をポンポンと落としているドライバーがいました。
不快感を露骨に表し、
「マナーの悪いやつだな・・・」
]ボソッと口にしたわたしを見て、彼女は、
「え?どこがですか?」
そう聞きました。
「あの運転手だよ」
「ああ。風さんの嫌いそうなタイプですもんね」
「タイプとかそういうのじゃなくて、ああいうの、最低でしょう」
「え?あの人の何がいけないんですか?」
「タバコ」
「タバコを吸ってるのがいけないんですか?」
「タバコは吸ってもいいよ。でも、火のついたタバコを持った手を車外に出すのは非
常識でしょう」
「なんでですか?」
「なんでですかって・・・・。マナー悪いと思わない?」
「別に・・・。わたしそういうの、みんなうるさすぎると思うんですよね。タバコ=”悪”みたいな。神経質になりすぎてると思うんです。別にいいじゃないですか。あの人、誰にも迷惑かけてないんだし。あのまま火のついたタバコを捨てたらどうかと思いますけど。車の窓から手を出すくらいだったら誰にも迷惑かけてないでしょう」
「灰を外に落としてるよ。火の粉が飛び散ったらどうする?その火の粉が子供の目に入ったら?それでも迷惑かけてない?」
「想像力たくましすぎですよ。落ちても車道だし、火の粉は消えるし、子供の目に入る確率なんて、まずないですよ」
「ゼロではないよ」
「そういう管理社会はどうかなって・・・。なんでもダメダメって。生きづらくなるばっかりですよ」
「じゃあ、あのドライバーが君のカレシだったら?」
「あんな人とは付き合いません」
「自分のカレシだったら嫌なんだ」
「嫌ですよ。当たり前です」
「さっきは別に構わないって言ったよ」
「わたしの関係ないところでは何をやっても構いませんけど、カレだったらイヤです」
「付き合ってる途中でああいう人だとわかったらどうする?」
「やめてって言います」
「どうして?」
「タバコの煙が嫌いだから。車内に煙が入ってこないならいいんですけど、絶対入ってきますよね」
「それだけ?」
「え?他に何があるんですか?」
「それでもやめてくれなかったらどうする?」
「それはカレの価値観だから諦めます。無理強いはしません」
「諦めるの?」
「はい。だって、わたしが「やめろ!』って言う資格ありませんから」
「資格の問題なの?」
「そうですよ。だって、彼には彼の価値観、わたしにはわたしの価値観があって、彼の価値観を否定する資格はわたしにはありません」
「マナーの話をしてるんだよ。それを価値観とは言わないと思うけど」
「その人の価値観がタバコを吸わせているわけですよね。その人の価値観が根本にあってタバコの灰を落としているわけですよね」
「そういう言い方をすればね。お互いの価値観を尊重し合える関係ってこと?」
「そうです。すごく当たり前のことだと思うんですけど変ですか?この話も、風さんの価値観とわたしの価値観が違うだけの話ですよね」
「君の言う”価値観”だけで話をするとね。でも、その”価値観”って、尊重すべき価値なの?と、いうより、そんなに信頼できるものなのかな〜?その”価値観”って」
「だって自分の価値観ですよ。大事に決まってるじゃないですか!」
「他人が介入できないものなの?」
「わかりませんよ。わかりませんけど、わたしはそこに踏み込みたくないんです。わたしも踏み込まれたくないから」
「ああ、あるほどね〜。踏み込まれたくないのね。それだったらわかりやすいね。でも、踏み込まれたくなくても踏み込んでいいんじゃないの?」
「はあ?意味わからないです」
「自分の価値観が大切なんだよね。だったら、自分の価値観をもっと相手に主張してもいいんじゃないの?」
「そこまで偉くないですから」
「???偉いとか偉くないって何基準?」
「人に押し付けるほど偉くないってことです。自分の価値観は自分だけのものですよね。だから、何人にも侵されない。だからわたしも侵さない」
「まあいいや・・・・実はね、俺はね、23歳までタバコ吸ってたんだよ。ものすごいヘビースモーカーでね」
「へ〜意外〜」
「それで奥さんはタバコが嫌いだから俺に『タバコをやめてほしい』って言ったんだよ。「健康が心配だから」とかじゃないんだよ。「タバコを吸う人間が大嫌いだから」って。だから俺はやめるって約束したんだけど、でもやめられなくて、隠れて吸ってたわけ。で、3回くらい見つかったのかな。その3回目の時、『嘘をつく人とは付き合えない』って言われて、それで本当にやめようと思ったんだ。でも、本当はやめたくなかった。でも、別れたくないからやめたんだよ。今ではすごく感謝してるんだよね。あれだけ強く何度も言われたからやめられたって。あんなに言われなかったら、多分今でも吸ってたよ。だって、未だに吸いたいって思うこと何度もあるもん」
「なるほど〜」
「君の論理でいうと、奥さんは自分の価値観を俺に押し付けて俺の価値観を認めてくれなかったことになるけど、そのおかげでタバコを止めることができた。だからものすごく感謝してるんだよ。他人同士の関係を良好に保つためには、そういうことも必要なんじゃないかな」
「価値観を押し付けることですか?」
「価値観を押し付け合えって言ってんじゃないんだよ。実は、みんな我慢してるんだよ。恋人同士でも我慢してることばかりでしょう?だから、ここだけは譲れないってことはきちんと相手に主張するってこと、大切だと思うんだよ。主張されると嫌がる人もいるけど、嬉しいって思ってくれる人もいるはずでしょう?『なんだ、そのクソみたいな価値観』って思ったら言ってあげる。そう言う親切もあるんじゃないの?」
「ん〜〜〜〜。なるほど〜。なんとなく理解できます」
「人と深く関わるには、勇気が必要なんだよ」
きちんと話せば理解はしてくれます。
だからと言って、もちろん彼女の考え方が変わるわけではありません。
でも、彼女は、わたしとこのような”面倒臭い”会話をしたことによって、
わたしのような考え方を持っている人もいるということを知ったのです。
そして、同時に、その時の
”わたしの熱”
も、彼女は感じ取ったはずです。
言葉や考え方、感じ方には、必ず、熱があります。
SNSのやり取りだけでは、決して感じ取ることができない
”言葉の熱”
が、そこにあるのです。
その熱を感じられるからこそ、
「自分とは全く関係ない」
とは、思わないのです。
つまり、
受け入れる、受け入れないに関わらず、世の中には多様な考え方があって、それは自分とは関係のない考え方などではなくて、どこかで自分の考え方と繋がっている。
と、いうことを忘れてはならないのです。
いや、
退化させてはならないのです。
わたしとコンビを組んでいる女性カメラマンもスマホから目が離せない一人です。
会話をしていても、ふと気がつくとスマホに目が行っています。
そんな彼女に、
「今から6時間、どうしても必要な時以外は見ないというゲームやって見ない?」
そう提案しました。
「6時間、全く見ないなんて経験ないからできるかどうかわかりません」
そう言いつつも、彼女は電話やラインの応対以外は6時間一度もスマホを見ませんでした。
ただ一度だけ、
「ああ、耐えられない。でも、見ちゃ行けないんだよな〜。あああ〜苦しい〜〜!」
と、声をあげました。
「何を調べたいの?」
「映画のタイトルを思い出せないんです。もう気持ち悪くて〜。でも、別にわからないからって何も困らないんですよね。思い出せないって状態が気持ち悪くて〜」
「思い出そうという脳の使い方をどれだけ長い間やってなかったかってことだよね。そう考えると恐ろしくない?どんどん頭がバカになっていってるんだよ」
「ほんとそうですね〜」
それ以来、彼女は少なくともわたしとの仕事の間は必要以上にスマホを開かなくなりました。
続く
