小諸では懐古園に保存されているC56144を訪ねました。
C56144
1938年 6月:新製日立製作所笠戸工場 No.987配属旭川区
1938年 6月:配属旭川区
1972年 8月:吉松区
1972年11月:中込区
1973年 1月:廃車
今回の信州紀行では、非常に状態の良い蒸気機関車ばかり見てきたので、このC56144号機の状態はことさら酷く見えました。しかしこの状態が、多くの全国の保存蒸気の現状なのでしょう。
私が疑問に思うのは、このC56144号機のように「地元で活躍した機関車が地域の嘆願により街の顔になるような場所に保存され、多くの地元の人や観光客の目に触れるのになぜきちんと整備されないのか?」です。このようなケースは多いと思います。これでは街の顔になるどころか、逆に「ここは文化財の整備もできないんだ」とイメージダウンに繋がってしまうとは考えないのでしょうか?そしてそれが問題になると、すぐに解体という話が持ち上がってしまいます。単に景気悪化による予算不足、人材不足という理由で片付けられてしまうのでは、あまりに蒸気機関車がかわいそうですね。
※2012年10月7日訪問
1938年 6月:新製日立製作所笠戸工場 No.987配属旭川区
1938年 6月:配属旭川区
1972年 8月:吉松区
1972年11月:中込区
1973年 1月:廃車
私が疑問に思うのは、このC56144号機のように「地元で活躍した機関車が地域の嘆願により街の顔になるような場所に保存され、多くの地元の人や観光客の目に触れるのになぜきちんと整備されないのか?」です。このようなケースは多いと思います。これでは街の顔になるどころか、逆に「ここは文化財の整備もできないんだ」とイメージダウンに繋がってしまうとは考えないのでしょうか?そしてそれが問題になると、すぐに解体という話が持ち上がってしまいます。単に景気悪化による予算不足、人材不足という理由で片付けられてしまうのでは、あまりに蒸気機関車がかわいそうですね。
※2012年10月7日訪問