不完全な切り紙細工 -66ページ目

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある

 

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 鳶(とび あるいは口語的には とんび)

 懐かしい鳥なのだ
 この地に住んでいたとき家の上を鳶がいつも旋回していた
 ときどきあの独特の
 篠笛を悲しげに吹くような声で鳴く

 ずっと聞いていた声
 それを聞いて育った声だった


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 浜に出かけて砂に寝そべっているときも
 波打ち際で波に濡れているときも
 風のようなその声が聞こえてくる

 僕は上空を旋回する鳥影と
 尾を引いて上から聞こえてくる声をよく知っていたが
 姿を真近に見たことがなかった
 見ようともしなかったと言うべきだろうが
 僕は遠い高い上空の声と
 微かな影だけを鳶として愛していた
 つまり僕の世界に
 鳶はほとんど声としてだけ存在していたのだ


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 鳶はその嘴や爪のある足
 鋭い目つきからもわかるように猛禽なのだが
 鷹や鷲のように地上の動物や飛ぶ鳥を襲ったリすることは少ない
 臆病というのではないのだろうが
 釣り人が釣果と思わず投げ捨てた小魚や
 時には小動物の死骸や人の残した食べ物を
 空の高みからその良い目で見つけ出し
 そのときは素早く風から降りて強い足でつかんでさらっていく


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 最近は色々な所で鳶たちは嫌われ者になってしまった
 公園のピクニック客から
 運動会の子供たちから
 舞い降りた鳶が食べ物を奪って行く
 そのときに鋭い爪でひっかかれたりする人間たちにとって

 でも僕は思うのだ
 それは鳶たちの罪ではないと
 観光客が置いていった食べ残し
 レストランから不用意に捨てられた食材の残り物
 鳶にとって
 盗むという言葉に意味はない
 餌があれば手に入れて食べる
 ただそれだけだから


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 でもそうやって
 味をしめた鳶たちが街に増えて盗人の群れになったとしても
 それは贅沢に慣れすぎた人たち
 そして躾の悪い観光客が
 そこに鳶たちが命をつなぐ餌を
 大量に撒き散らしていった結果なのだから
 今この空を舞っている鳶の数は
 以前に比べて余りにも多かった

 僕は鳶たちに同情しているのではない
 ただ彼らの生き方を人も認めるべきだと思う
 そして彼らを盗人にしてしまった人間の行為を恥じるべきだとも


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 獲物がないとき鳶はただ空を
 足を短く畳んで舞い続ける
 とんび凧なんていうのがあったっけ
 確かに凧みたいな鳥だ

 巧みに上昇気流をとらえて
 風に乗って空を滑る
 そしてときどき仲間内で連絡し合うのか
 あるいは餌の権利を主張するのか
 あの笛のような声で鳴く

 ただそれだけなのだ


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 その声は
 海辺の潮風の快さにいつしか結びついていた
 砂に寝て
 陽射しに焼かれながら
 やさしく肌をくすぐるような潮風のなかにいるとき
 その声はどこからともなく
 聞こえてくるのだった
 だから
 その声は僕にとって海の快感に結びついた
 美しく印象的な信号だった


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 鳥の写真を撮るようになって
 僕は鳶を思い出すようになり
 かって真剣に見たこともないその姿を
 捉え返してみたくなったのだ

 先日
 久しぶりにこの地の海に戻った日にも
 鳶たちは空を悠々と舞い
 ほんの時々その声を空から送り届けてくれたので
 僕は何枚も写真を撮ったのだけれども
 いつかまた語るかもしれない愚かな理由で
 それをすべて失ってしまった


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 数日のハードワークの後で
 ただそれを取り戻すためだけに海に戻ったのだけれど
 それがここ一連の海の話になったのだ

 だから
 このページには物語はない
 あるのはただ空を舞う者たちの様々な飛翔の姿だけだ
 

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Cello Circles by Kalyan and Sambodhi Prem
このアルバム4曲目のFour Winds あるいはエンディングなどには
鳶の声を聴くような思いがする