不完全な切り紙細工 -65ページ目

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある



 猛禽なのだと知っているのに
 こういう姿を見ると少し驚いてしまう 
 けっこう逞しい脚をしているものだと

 トンビが鷹を産むという表現があるけれど
 鳶は鷹ではないもののタカ目タカ科の鳥なので
 その意味では
 鷹を産んでも当然のことなのだが
 鳶は何故か鷹よりも親(ちか)しく感じる

 特にこんな光景を見てしまうと
 なんだか人間くさいなと感じて微笑ましくなる
 動きがどこかのんびりしているふうなのだ



鳶も屋根に座ったまま仲間を見上げたりするのだな
飛んでいる鳶の影が屋根に映っている位置からすると陽は高い
屋根の鳶はほぼ南を向いてとまっている


 ところで
 僕にとっての鳶そのものですらあったあの鳴き声は
 いったいどういうときに鳴いていたのだろう

 ちょっとネットで調べた限りでは答えが見つからなかった
 思い返すと
 確かに数羽いるときによく聞いた気もする
 そうなればそれは何らかのコミュニケーションだったのだ
 けれど
 家の上をたった一羽舞っている鳶が鳴いたのを聞いたこともあると思う
 もっとも一羽しか居ないと思ったのは
 ただ単に僕が見上げた狭い空の範囲でのことだったのかもしれないが





 コミュニケーションなのだとして
 それはちょっとした諍(いさか)いの際の威嚇だろうか
 それとも求愛のような
 あるいはイルカたちみたいに
 空中で衝突しないように
 「そこを通るぞ今通るのは私だぞ」と言っているのか
 





 なぜ鳴くかを考える上で下の2枚の写真はちょっと面白い




 滑空しながら獲物を探しているときは
 多くの写真でも分かるように脚は畳みこまれて愛らしい形を見せるのだが
 獲物らしいものを見つけると
 猛禽類らしい脚が姿を顕わす
 このとき鳶は嘴を開けてはいない
 つまり恐らく鳴いてはいない




 しかし
 上の写真の鳶は明らかに獲物らしき物を足でつかんでいる
 それが何であるかは写真からではわからないのだが
 このとき鳶は
 あの鋭そうな嘴を開けているのがわかる
 そうだ
 このとき確かに鳶は鳴いていた
 他にも何枚か嘴を開いて飛ぶ姿を写したが
 鳴く以外の理由で嘴を開ける理由は見つからず
 そしてそういう写真を撮ったときには
 ピーヒョロロを聞いたと思う

 採ったぞ捕ったぞ餌を
 という雄叫びみたいなものだったのか
 それとも
 誰にもやるものか
 なのか
 愛の証に誰かにやろうと伝えているのか
 そのいずれであるのかはわからないのだけれど

 そう言えば鳶は
 低空飛行するときには鳴くのだろうか
 少なくとも僕にはそういう声を聞いた経験がない




 それから鳴き方のヴァリエーションというかレパートリー
 
 ときどきピーーーあるいはヒーーーと聞こえることもあるけれど
 だいたい
 鳶の鳴き声はいつもピーヒョロロでほとんど変わらない
 名だたる鳴き声の持ち主である鳥たちは
 何種類もの鳴き声・鳴き方を持ち
 それぞれにはおおよその場合と意味があるのだが

 ピーとヒョロの繰り返し方に微妙な違いがあって
 その違いに隠れた意味があるのでないならば

 鳶は
 愛情表現も威嚇もそしておそらくは独り言めいて鳴くときも
 いつもあの同じピーヒョロロなのだろう
 だとしたら
 それはそれでまた少し物悲しい鳴き方だということになりそうだ
 唯一の語彙がピーヒョロロ

 いつも風の擬音のような鳴き方だとしたら







 いつか暇を見て
 鳶の鳴き方を研究してみようかとふと思った
 僕にとって海浜の風の象徴ですらあった
 あの声が何のために何を思って鳴かれたものだったのか
 知りたくなったのだ

 それは
 この日これだけ間近に鳶の飛翔と顔を見た後で
 どうでもいい些末なことではなくなっていた

 かっては影絵のような鳶が鳴いていたのだけれど
 今や鳶は色を得て表情までわかるものになった
 そうなってしまえば
 どんなときに
 僕の愛した
 あの聞き慣れた声で鳴くのか
 知らずにはいられないと

 僕はそれほどに鳶が気にかかるのだ







 鳶は上昇気流をうまく利用して
 あの美しい風切り羽で揚力を得て舞い上がる




 だから目に見えない上昇気流の柱の周りを
 螺旋を描いて飛ぶことになり
 いわば柔らかな竜巻に乗って飛ぶ凧なのだ




 彼らの飛翔方法を帆を上げて飛ぶという意味で
 「帆翔(はんしょう)」という
 何と素敵な名前だろう

 学名 milvus migrans 
 milvus は 凧
 そして migrans はおそらくは移動する・流れていくの意味
 それをわかっての上かどうかは知らないが
 英名では鳶は kite (凧)と呼ばれる
 ああ名まで凧なのか









 凧は いかのぼり とも読み
 紙鳶とも書く
 風とは切っても切れない鳥




 遠い日に僕が最初に買ってもらった凧は
 まさに鳶の凧だった

   凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ 蕪村

 さもありなん
 この空はその日と同じ空なのだ














     

Cello Circles by Kalyan and Sambodhi Prem
このアルバム4曲目のFour Winds あるいはエンディングなどには
鳶の声を聴くような思いがする