不完全な切り紙細工 -37ページ目

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある









 夕刻
 強い睡魔に襲われて眠った
 ずっと疲れていたかのように

 その間に
 昼間の風は鎮まって

 暗い空には薄雲

 月は見えない
 見えたとしても新月が近い
 きっと消え入りそうに細い眉月だろう

 沸き上がる熱き蒸気の雲は何処へ行ったのか

 まるで来るべき嵐の前に
 ひととき影をひそめているかのように
 空気は息を殺している

 今は引き退いて身構えているのか


 潮の干満さえ停止したように
 のろい時の歩み


 微かな風はまだ湿度が高い

 遠景が滲んでいるような気がする
 湿度の高い空気は屈折率が違うのだろう
 ところどころ大きく光が曲がる
 だから
 こんなふうに夜が見えるのに違いない

 太い絵筆で描いたような夜景

 僕の目はいつもそんなつまらないことに夢中になる


 潮騒も遠い

 遠い
 何もかもが
 濡れて膨れ上がっているくせに遠い

 暗い紺色の空の薄皮のような雲

 どうやって
 どうやってと急に思った

 いや生きていくことについてではない
 
 ただ
 この夜がどうやって明日の
 朝ぼらけに移り変わっていくのかと

 でも
 それは数時間のことであるはずなのに
 今後何年もの
 推移であるように
 気の遠くなるほどに長い時間のように思える

 ベランダに置いた椅子に座って
 風呂上がり
 微かな風にすがりながら
 夜を見る

 遠い昔
 人の夜の時間はどのように長かったのだろう
 特に
 星も見えない今夜のような夜には

 僕はきっとその長さに耐え切れずに眠るだろう