海辺の求道者たち | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある

 

 時折
 高い空を鴎が力強く飛んでいく








 僕は鴎やウミネコに思い入れがある
 
 白鳥は 悲しからずや 空の青 海の青にも 染まずただよふ
 かの若山牧水の歌を思うからだけではない

 「悲しからずや」を受けて
 「いや悲しいに違いない」とは僕は思わない
 染まず漂うさまそれ自体を美しいと確信するけれど
 悲しみはわからない

 ただ鴎を見
 思うのは鴎が漂っているようには見えないということだ
 むしろ
 彼らは明らかに何かを求めて飛んでいると僕には思える
 
 それは空を飛ぶことだけのために生きようとした
 あの鴎のジョナサンの話を思い出すからなのだろうか

 どうしてもあの美しい白い飛翔が
 強く何かを求め焦がれてさえいるように僕は感じるものだ

 僕は鴎と街と女性の顔を一枚の絵に描いたことがある
 その絵の題に僕が選んだのは
 「鴎は鴎」
 他にどのような生き方があるのかと






 波音に包まれていた朝が次第に昼の時間に移る頃
 海辺にも三々五々と人がやってくるようになった

 日光浴に
 あるいは波に乗るために

 青い海を背景に
 遠くから目に鮮やかな黄衣の僧服が近づいて来るのが見えた
 ふと僕はダライ・ラマの連想からチベットを思い浮かべたが
 その色はむしろタイかビルマ辺りの上座部仏教の
 黄色のウコンで染めた僧服であるのか
 
 僧形(そうぎょう)の人物を二羽の鳩が先導しているように見えた
 鳩が僧侶を知っているとは思えなかったから
 あるいは僧が鳩を追わぬように歩調を合わせていたのかもしれない





 手に鈴(りん)と鈴棒を持って歩いてくる

 宗派は知らず
 そしてまた特定の宗教に付き従って
 何者か絶対者を崇拝する意思を僕はもはや持たないが
 この人の顔には
 盲信者のものでない油断のない知性と
 心やさしい平静さがあるような気がした






 彼につづいて弟子と思われるもう一人の僧形が続き
 更にその後に思い思いの姿で
 思い思いの歩き方をして十人ほどの集団が現れた

 おそらくは崎の岩場にまずやってきて
 それからゆっくりと浜を歩いて来たのだろう



後から他のものを写した写真の遠く後方に写っていたのを見つけたので追加


 やがて彼らは
 海に向かって静かに立った





 どのくらいの時間が経ったのか僕にはわからない
 時間が止まったような錯覚に落ちた

 彼らはずっと黙ったまま海を観ていただけだ
 いわばこれは
 海の瞑想なのか
 あるいは何思うこともせず
 ただ海に対峙して立ち
 海と同化しようとでもしているのか

 海を観る禅
 そんな言葉が浮かんできた





 僕の耳には鈴の音は聞こえなかったが
 指導者と思われる僧が声ではない何かの合図をしたのだろう
 集団はまたゆっくりと元来た方向へ歩きだした





 帰りもまた何故か
 鳩が彼らを先導するように見える

 鳩たちもまた海辺を
 波音を聞きながら並んで歩き





 時に立ち止まっては
 海を観ていた





 その歩みはどこか僧に導かれた人たちの歩みに似ていると僕は思う

 鳩は特に仏陀を崇めはしないだろうが
 その眼差しに僕は静謐を観る





 彼らが求めているのは解脱ではなく
 その日の糧に過ぎないのかもしれないが

 では
 食すべきものを求めることと
 生きるべき道を求めることにどのような違いがあるのだろう

 キリストは「人はパンのみにて生きるに非ず」と言ったけれど
 パンも道も
 それなくしては生きて行けないものであるならば
 それはいずれも尊きものであるはずだ






 一団がまた静かに歩き去るのを見ながら
 昔ながらの
 そして恐らくは永久に答えられることのない質問が
 頭を過(よぎ)ったのに僕は気づいた

 生きてあるものはなぜに生きるのか











 かなり以前に
 ポケットに入る厚手の手帳に書き留めて以来
 折に触れて思い出す断片を
 思い出した

 それから僕は少しも進歩せず
 同じ道を歩いているらしかった






          「海に行けばよい」



     苦しいときには
     海に行けばよい
     死ぬためにではなく
     生きるために

     避けるため耳を塞ぐためにではなく
     聴くために
     繰り返す
     この星の命の呼吸を聴くために

     繰り返し
     何度でも
     海に行けばよい
     この星の命の強さを聴くために

     見えぬもの
     聞こえぬものにすがるのでなく
     しかと
     ここに在るものに会うために
   







     

Air Vibrations by Sasha Merkulov