五月 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある

 
 
 五月
 生温い風なのに
 肌に快く感じられるのは何故だろう

 気温に誘われてすっかり薄着になったせいか
 かすかな手足の気怠さも
 始まろうとする初夏への酔いのせいなのだと思えてくる

 レースのカーテンをはためかせて吹き込んでくる
 その風の揺らめきが明るいフロアリングに
 初夏の葉影模様を幾重にも織っては覆す

 鳩が庭の木に巣を作る
 もう卵を産んだのかじっと座っている
 父親になる予定の鳩がときたま餌を運んでくる

 ハナミズキはどれものびのびと枝を広げ
 五月の風のような花が数多の蝶の羽のように開く
 梅の実は膨らんで匂い始める

 芝のなかに伸びた雑草の見事な勢いの中を
 アゲハやモンシロが揺れていく
 明るいのに濃い緑の葉の中の紫の花

 芝生に寝れば空を横ぎっていく鳥の影
 膨れあがるように聞こえる潮騒
 小湾を天馬のように一文字に横ぎる海鳥をずっと眺めていた

 きっと今日の夕暮れに吹く風は
 熱きもの燃え上がるものを運んでくるだろう
 もう既に暖かさを超えた温度の身体にも

 来たるべきものの息遣いがそこにある
 生きていくものの身震いするように
 まるで懐かしい友のように五月がやって来る