花屋のことと花のこと | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある




拾われた花はまだ萎れない

でも触ればすぐにひとひらふたひらが散り落ちる

もろくなりかけた花びらの

瑞々しさと軽さの不思議な平衡

死の淵の開花のように








 小さい頃から僕はときどき

 花屋になりたいと望んだものだ

 梅雨空に傘さして歩いた街の小さな花屋の前で

 広い敷地の倉庫のような大きな花屋の中を歩きながら



 満ちている茎と葉の匂いは

 手折られ切り落とされた故に

 鮮やかだったのかもしれない
 
 花の甘ささえ茎の緑色した匂いに染まっていた



 大きなガラスのショーケースの霧のような空気の中の

 いくつも気ままに並べられたバケツの中の

 それから花屋のセンスを歌うように生けられた大きな瓶の

 花の香り 生きていることの匂い



 けれど花は無意味だ

 何一つ実質的な益を人間にもたらすことはない

 そしてまた花にとってさえ

 やがて色褪せて捨てられ意味を閉じるもの

 たったひとときだけのお互いの夢



 それなのに

 いや

 それゆえに

 ただそこに咲いているだけで

 花は生きて人を酔わせる



 少年の日々 美しき花は悲しい故に甘きもの

 やがて 花はその苦さの故に甘きものになり



 花は美しく咲き匂えば

 虫たちを鳥たちを集めて受粉を助けさせる

 けれど人の目に鼻に美しさの限りに訴えかけても

 彼らは愛でるだけで

 花に飛び込んで湯浴みしたりもしなければ

 鼻を近づけて息で花粉を舞い上げたりもしないのだ



 その中で花屋は花を売りはするけれど

 唯一花に奉仕する人たちに思えたのだった

 彼らは花を野辺から切り取って

 命の未来を断つけれど

 生きている間ただ美しく在るようにと

 全力を尽くす人たちなのだと



 琥珀は植物由来の宝石

 ときには虫たちをあるいは葉や茎を閉じ込めて

 長い時を渡る船

 ガラス製の偽の琥珀を花瓶にしつらえて

 花たちがしばしでもより長く

 より本物のように咲き続けるようにと



 花屋の営みは時に女衒のようだけれど

 ほとんどは微かに色づいた琥珀のように

 花のいのちを未来まで運ぼうとする

 たとえその未来がすぐそこの

 明日のようにほんの少しの未来

 無意味なほどの未来であっても



 それはきっと花の出来事にに喩えれば

 花の時間を操る者たちなのかもしれないと

 幼い僕はそう思っていたのだろうか