春の森から | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 晴れて暖かな
 まるで小さな夏が来たみたいだった日
 緑が初々しく伸びる森の中で












 もうシャボン玉遊びなんか卒業していそうな
 女の子たちがシャボン玉を膨らましていた

 きっと春の空気が君たちに
 シャボン玉で遊んだ日を思い出させたに違いない






 シャボン玉は静かで暖かな春風に乗って
 虹色に輝きながら飛んだ






 森の中から街の方へ
 君たちの胸いっぱいの空気を包んで






 数えきれないほどのシャボン玉が






 春の街に溢れて行った






 ふふふ
 それはちょっと小さな嘘で

 本当は舞い落ちてくる花びら
 幾百も幾千もの
 ピント外れの花の形が舞っていた

 街の歩道を車道を
 カフェテラスのテーブルにまで






 いろいろな人にとっての新しい季節

 4月の春の

 花吹雪の中を人たちが歩いて行く






 花びらはシャボン玉のように
 宙に浮かんでパチンと消えた
 せっかく膨らませたシャボン玉が割れたら
 あ~あと人は言うけれど
 悲しんでいるわけじゃないだろう

 あ~あ

 そう言ってシャボン玉を愛(め)で
 シャボン玉を楽しんだと言っているのさ

 あ~あ

 笑ってそう言うことができるだろう

 とうとう
 酣(たけなわ)の春になれば
 春の憂いは消えていく






 花が散るのは花だから

 目に鮮やかに散るのは花が美しいから

 それを悲しむ必要はもうなくなった






 道にも
 建物の外壁にも春の温もりの色






 そして空にも
 鳩たちの春が膨らんでいる






 温かい春の風は

 空に上に向かって膨れ上がるのだ

 だから鳩たちはそれが嬉しくて

 高く低く自在に飛び込んでくる

 




 水も

 もう冷たくはない

 小さな子も髪の毛を濡らさないようにと抑えながら

 足で水の中の春を探っている






 きっとシャボン玉の女の子たちも

 こんなお転婆な少女だったのだ

 水がまるで世界中の不思議と驚きと

 喜びを代表するとでも思っているように

 水に近づいて水と戯れずにはいられない









 勢いよく噴き上がる水の柱が

 君たちの喜びに応えて尚高く

 尚膨らんで春の列柱になる

 




 鳩までが水遊びを始めたがる季節






 この日に

 扉を

 そして明日をひらけと

 「啓(ひら)く」という文字を贈られた君たちの春

 なぜだか「啓」の字が「明日」という字にも見えてくる