磨かぬ鏡 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある

 
 
 磨かぬ鏡
 どっちから読んでも
 みがかぬかがみ

 なんだ
 磨かなくっても
 映るのか


 回文 palindrome は言わば
 言葉自身が鏡になったようなもの

 自己に投影された自己

 物理的な世界で考えたら
 いったいどういうことになるのだろう

 前から見ても後ろから見ても顔があり
 後ろからみても前から見ても背中があるなんて
 何だか怖いよね

 でも違うイメージもあるかもしれない

 自分の過去が今という鏡を通して未来に映る
 その場合どっちが実体でどっちが鏡なんだろう

 つまり

 これから思い出す過去は
 未来ですか過去ですか
 とか

 もしも鏡の中のあなたが
 鏡の前のあなたを鏡像だと感じているのだとしたら
 あなたは誰だ
 とか

 未来のあなたが過去を思い出すのは
 鏡を見ているのとどこが違うのか
 過去も鏡象も実体はないのだから同じかも


 みがかぬかがみ
 
 今の日本人なら左から順に読む
 でも昔の日本人なら右から読んだ

 今の日本人だって
 このくらい短い言葉だと
 一番左の「み」を見るときに一番右の「み」をちらっと見て
 実は頭の中で逆さまに読んでいるのに気づくこともあるそうな

 文字を読むとき
 左から順に読むとき実はそこで時間が少しずつ進んでる
 未来へと向かってね

 ならば
 一番右の「み」をちらっと見て頭の中で逆さまに読んでくるのは
 過去に遡っているのかな
 いないよね
 え いるのかな
 
 「未来に遡る」とかって言うのかな



 まあ何でもいいや
 どうせ言葉の遊びなんだから