鷺は比較的大きな鳥だからよく目立つ
雪が舞っていようが全く気にしていないのだろうか
でもどこか
飛び方が夏とは違っているようにも思える
一羽で自由気ままに飛んでいた夏
仲間が残り少なくなったせいかもしれないが
番(つがい)になっているのかと思えるほどに
ずっと対になって飛ぶ二羽がいる
僕は鳥の専門家ではないので
そういう鷺たちの変化の理由はわからない
僕に分かるのは連中が飛ぶ背景となっていた水辺の空間が
鮮やかに変わってきたということだけだ
木々の色はただの緑から錦のように色づいた
そして今日は雪
ただ紅葉した葉を見るだけではなく
そこに粉のように舞ってくる雪がある
鮮やかな紅葉と白い雪が
飛ぶ者たちを自分たちの中に解かしこんでしまう
それはまるで自然が創りだした隠し絵のようだ
枝に留まっている雪の白が鷺の白を
分からなくするせいなのだろうか
いやそれだけではないはずだ
この一枚には一羽
鷺の姿は飛んで移動しているのを見ている僕には分かるのだけれど
その一瞬をとらえた写真を見ていると
鷺の姿を見失ってしまいそうだ
きっとそのことにも自然は何かしらの意味を与えたに違いない
上の5枚の写真には
二羽の鷺が飛んでいるのが写っているのだけれど
見つけられましたか
たぶん一番上の二羽が一番分かりやすく
だんだん下に行くに連れて分かりにくくなっているかな
あの「ウィリーを探せ」の安野光雅さんにでも
「鷺を探して」と送りたくなる
写真としては鷺が見えないのは悲しいのだけれど
絵に描いたら
あるときはっと鷺が目に飛び込んでくるような
絵になるかもしれないとほくそ笑む
確か日本画でも
こんな秋の錦を描いた絵があったような記憶がある
あれは誰の絵だったのだろう
寒々と粉雪の舞う林の錦に二羽の鷺
恋隠れたる師走かな
しかし
こっちはそうはいかない
こっちは若山牧水の歌でも思い出しておくべきか
忘れがたき色彩の中を鷺が飛んだ雪の一日
舞っていたのは何色の何?
鵜たちも負けてはいない
雪の中を高く飛んでいく
かと思うと
水の生き物だということを思い知らされる
騒がしい水上滑走から離水しては
どこかで水に潜っては漁を繰り返す
その姿を見ながら
鵜匠に飼われている鵜とは違う生き方なのだろうなと思う













