風と水面 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 あなたは風のように生きた人だった
 旅立つときも人に知らせることもなく
 ふっと思い立ったように出掛けていった
 帰るときもいつの間にか
 庭のマロニエの木の下で笑っていた

 あなたは風の友だちだったのか
 よくその忙しい手を止めて
 耳を澄まし風の声が野を渡るのを聞き
 風の手が木々の葉と草を揺らすのを
 じっと眺めていた

 そしていつものように
 誰にも知らせずに旅に出て
 風と道連れになり
 やがて自らも風になったまま
 二度と家には戻らなかった

 私は風を聞くのでもなく  
 その足跡を追うこともないけれど
 もしかしたらこれがあなたかもしれないと
 花びらのように薄着をして
 いつも風のなかにいるだろう

 私は風になれずに
 風になることも選ばずに
 風に騒ぐ水面(みなも)となって
 風の懐にいるだろう
 風と生き風になったあなたへの
 哀惜と悦びの象(かたど)りとして