もしも | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 もしもあのとき
 あんなことが起きなかったら

 そう思うことに意味があるだろうか

 よく言われることだ
 過去の事実に反する仮定

 たとえばAという事が起きてしまったからBになった
 もしAという事が起きなかったらCになっただろう

 つまり過去のAという出来事が起きたか起きなかったかで
 今がBになったりCになったりする

 タイムマシンの空想小説ではよく
 「未来の人間は過去の事実を変えるような関わりを持ってはいけない」
 という話が出てきて
 過去を変えてしまうとその過去に從って起きた事が皆ひっくり返り
 結果として今の世界が全然違ったものになる
 という落ちがくる


 例えば今
 僕の机の上のキーボードの15cmほど横に
 一輪のトルコキキョウの花が
 円いガラスの容器に活けてある






 それからマグ・カップがある




 でもそれが実は

 Aが起きていたら
 誰かがトルコキキョウをガラスの器に入れて僕の机に置くような事が起きたのであり
 Aが起きていなかったら
 僕がコーヒーを飲んだマグ・カップをその同じ位置に置いたのだとしよう

 一方でAは確実に起きてしまったのであるから
 もう取り返しがつかない歴史上の事実になってしまっている
 それを覆すような「反A」が起きてほしいという願望を僕たちが抱いても
 それがかなうことがないからこそ
 世界は一通りの在り方しかしないわけなのだけれど
 
 Aが起きてしまったことは認めざるを得ないから認めることにして
 でも「反A」も起きてほしい
 そう強く強く僕が願って
 もしも何かの加減で「反A」も起きてしまったら

 それはきっとこんなことになるのじゃないだろうか


 





  それは一本の光が時間の中で屈折して







 ふたつに別れて飛ぶようなことなのだろう


 すごい!!
 


 でもやっぱりトルコキキョウはマグカップには入らないんだろうな

 そんなことが起きたら僕はトルコキキョウを呑んでしまうことになり

 でもってコーヒーはいったい何処にいくのかな

 誰かさんの胃袋の中?

 もちろん僕はBAKABAKASHIIKOTOを言っているのであって

 コーヒーを切らしていたのにさっき気がついて

 こんなことを考えただけなのさ