ちゃっぷりんさんの『取引』 に
僕はとんちんかんなコメントをする
なんだかとても大切なことが生まれてくるような気がして
でもそれが何だか分からないまま
人は生きるために食う
そうだとしよう
ならば何のために生きるのか
神を知らない僕は
そりゃ多分食うためだろうと考える
あるいはもしかして
生きるために生きるのかと
生きるために食い
食うために生きる
よって生きるために生きるとは
果てしない堂々巡りの vivre pour vivre
完璧なる論理学は
いったい僕に何を教えてくれるのか
「~のために」の論理学はトートロジーよりややこしい
見上げた秋の空に
ぽっかりと真っ白な
人生の意味が浮かんでいた
論理の揺らぎの遥か上
堂々巡りから飛び出した雲
秋深し
隣は何を食う人ぞ
「生きるために食べるために」にもっとあれこれ追加してみる
「生きるために食べるために働く」
そうすると今度は
「働くためには生きねばならぬ」がやってきて
堂々巡りの輪が台風みたいに大きくなっていく
噴き出してくる空気
吸い込まれていく空気
そこに何かがもう生まれてきているのかもしれない