過ぎていく万籟の五月 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 風には四季折々の風があり
 また一日の気温の変化につれて吹く風がある
 それぞれの季節の風には
 それぞれに似合った時間が決められているかのようだ

 それだけではない
 風は季節の中で生きるものたちに
 それぞれの意味の力を与えさえする

 例えば春風は冬の退潮を教え
 明るくなり始める日射しの中で吹く
 例えば夏の涼風は朝吹けば朝顔の露揺らし
 清々しい緑の目覚めを運んでくるようで
 夕(ゆうべ)に吹けば夕涼み
 炎熱の日中(ひなか)の日焼けを癒やすように吹く

 「風薫る」と特別あつらえの言葉を与えられた五月の風は
 さまざまな花の香りだけでなく
 新緑の若葉の深い吐息の中を過ぎてきて
 僕たちの肺を緑色に濡らしていくようだ

 それだけではない
 時に強まって吹く風は
 鯉のぼりと吹き流しをぱたぱたとはためかせ
 からからからと矢車を鳴らして行く
 午後も遅くなると湿度を考えるのか
 鯉のぼりも吹き流しも降ろされて
 ただ矢車の音だけが鳴り続く
 
 この世の中のすべてのものには風に鳴動して
 響きだす音がある
 その万籟(ばんらい)を呼吸する肺で聴く五月

 昼から夕へ
 時は進み風が我らに与える万籟も
 時間とともに変わりゆく
 音の強さ高さ旋律をも変えて
 風の音楽となって
 過ぎていく

 一日また一日過ぎ去っていく
 この五月
 僕はいつも
 鮮やかで清けき風の吹く中で
 甘く過ぎていく時の旋律を
 肺腑を焦がすほどに愛おしみ

 満ちては退(ひ)くいのちの意味を
 過ぎゆくことの意味を
 この身をもって思案せずにはいられない