月と基督 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 架空の話
 わざわざ断るまでもないことだが

 「私に触ってはならぬ」と基督が言ったのは
 また戻ってきてしまったこの世を疎ましく思っていたからだろう
 憂さを紛らわすために彼は独りで居たかったのだ
 基督はときどうそうやって一人になることを好んだ
 苦痛に喘いだゲッセマネにおいてだけでなく

 もし彼が復活を遂げたのが夜半のことで
 岩屋から歩き出た野に
 清けく満ちた月が
 あの独特の黄とも白ともつかぬ輝きを放っていたら
 月の光に洗われた彼は
 言っただろうか
 「私に触ってはならぬ」と

 おそらく何の理由も無いことなのだが
 僕は基督の「触ってはならぬ」を思い出す度に
 月の光を浴びて一人荒れ野に立つ彼の姿を思い浮かべる

 月光の基督の顔(かんばせ)
 それは確立された教義の遥か遠くから
 後世の教父たちを笑っているような気がする