架空の話
わざわざ断るまでもないことだが
「私に触ってはならぬ」と基督が言ったのは
また戻ってきてしまったこの世を疎ましく思っていたからだろう
憂さを紛らわすために彼は独りで居たかったのだ
基督はときどうそうやって一人になることを好んだ
苦痛に喘いだゲッセマネにおいてだけでなく
もし彼が復活を遂げたのが夜半のことで
岩屋から歩き出た野に
清けく満ちた月が
あの独特の黄とも白ともつかぬ輝きを放っていたら
月の光に洗われた彼は
言っただろうか
「私に触ってはならぬ」と
おそらく何の理由も無いことなのだが
僕は基督の「触ってはならぬ」を思い出す度に
月の光を浴びて一人荒れ野に立つ彼の姿を思い浮かべる
月光の基督の顔(かんばせ)
それは確立された教義の遥か遠くから
後世の教父たちを笑っているような気がする