鳥にも記憶はあるだろう
渡る鳥に限ったことではない
それなのに鶏は
三歩歩くうちにすべてを忘れると
揶揄される
鶏がそうならば小さな鳥も同じだろうと
そう考えても可笑しくはない
でも心理学者たちは
鳩が素晴らしい記憶を持つことを
いろいろな形で立証してきた
鳩だけに限ったことではない
もしかしたら人の記憶のほうが
鳥たちの記憶より劣っているかもしれないほどだ
散歩していて出会った鳥たちの何羽かは
明らかに僕を覚えていた
ならばなぜなのか
なぜ鳥たちは記憶が劣った生き物のように
言われることが多いのか
僕はずっと気になっていた
あの素晴らしい飛翔でさえも
生まれた時からの能力ではない
もがき地に落ち転んでは覚えてきた技だ
若い鳥たちと長く生きた鳥たちの
飛び方は明らかに異なっている
ならばなぜなのか
なぜ鳥たちは記憶が劣った生き物のように
言われることが多いのか
僕はずっと気になっていた
今朝僕は通りすがりに見た川で
その謎に僕なりの答えを見つけた
名も知れぬ鳥だった
水草の小さな種か小虫でも食べていたのか
僕が驚かせたわけでもなく
猫か何かが近づいたわけでもなく
ふっと真空が通り過ぎたみたいに
鳥は飛んだ
数十センチ先に跳ぶだけかと見えて
高く舞い
そして遥かに飛び去った
水を濁さず波紋も残さずに
あの飛び方なのだ
そう僕は考える
まるで今まで餌をついばんでいたなどとは思えぬ気軽さで
そんなことをしていたなどさっさと忘れたかのように
高く舞い上がって遠くまで一気に飛んでしまう
あの飛び方が
飛ぶ瞬間
それまでのすべてを捨てて
それまで何事もなかったかのように
瞬く間に風に乗る
その際立った飛び立ち方が
人に思わせるのだ
鳥は何も覚えていないのだろうと
飛ぶ前の鳥は飛んだ後の鳥ではない
そう言いたくなるほどに
鳥たちは後を濁さずに行き
飛び立つことを少しも厭わない
飛ぶ前の鳥は飛んだ後の鳥ではない
そう思いたくなるほどに
鳥たちは自分を見事に区切るのだ
水面を歩み餌を得る自分と
大空をゆく自分とを
さっきまでの我とこれからの我を
その特別な不連続ゆえに
鳥は
飛ぶ一瞬にふっと静かに宙にとどまり
今までの空気を吐いて
大空の空気を吸おうとする
そうだ
確かに僕は時が止まり
鳥がその一瞬の間だけ静止するのを見た
いつも些細なことにすら思いを残し
名残を惜しみ旅立つことをためらう人間には
鳥のあの飛び立つさまが
記憶のない者の旅立ち方に見えるのに違いない
けれど
それはおそらく根本的に僕たち人間の誤りだ
鳥たちは記憶を持たぬのではない
ただ飛翔の一瞬に
それまでの慣性を断ち切って飛ぶ
あの空を飛ぶとはそういうことなのだ
大空の自由とは
風を速やかに切ってゆくために
大きかろうと小さかろうと
すべての飛翔に
踏み切るには
美しすぎる
あの不連続が必要なのだ
僕は今
そこにはいない鳥に礼を言い
もう一度空を見上げ直した